第23話  綴。

 鱗粉が流れ出て姿を消し去ったあとの広間は、しん と静寂に包まれた。

 さっきまで聞こえていた嗚咽はいつの間にか聞こえなくなり、ほのかに甘い香りが広がっている。

 きょとんとした表情のエクリプスの横で、ルナイとセレナは視線を合わせ、肩を竦めて微笑んだ。


 フィオレは脱力して床に倒れ込み、スファレがそっと近づいていく。フィオレが握りしめていた水ゼリーが入っていた袋から、ぽたり と雫が広間の床に静かに落ちる。

 小さな雫の染みがぷるんっと揺れて光を放った。



――ざわざわ、ざわざわ。


 小さな小さな音を立てながら、床に落ちた雫が少しずつ少しずつ光を集めるように繋がって上へと伸びていく。

 柔らかく優しい光は集まって金色こんじきの小さな樹の形へと変化していく。細い枝を少しずつのばして美しい樹へ姿を変え、しゃがみ混んでいたクレタと同じくらいの高さへと成長した。



――ぱっちーん。


 美しい形になった金色こんじきの樹は砕けるように弾けて小さな光の欠片へと変わる。そして広がった雫の染みは跡形もなく消え、見覚えのある革でできた水袋が残されていた。

 さっきまで目の前で光っていた、金色こんじきの樹の刻印がほどこされている革の水袋。

【はじまりの泉】の水や水ゼリーを入れる袋だった。



――はじまる……


 

 クレタは脱け殻になって動かないままの機械を抱きしめたまま、ゆっくりと立ち上がり水袋を拾い上げ、広間に集まっている大勢の人々を見渡した。今、目にしたその光景に驚き言葉を失っている。

 その夜蒼の瞳に向けられるたくさんの視線の中に、強く反発を抱くものを感じてクレタは瞳をぎゅっと瞑る。

 

 



「……ダイ、アナ……」

 小さく呟いたのは車椅子に乗ったまま広間での光景を見つめていたダーリオだった。クレタが感じる強い反発を抱くものは、ダーリオから伝わってくる。



――やっぱり、お前は本物だったのか。

――俺よりも強い力を受け継いでいるもの。

――赤の国の国王になった時に聞いたことがある、ムーンフォレストのあるじだけがもつめぐみの力。その力は柔らかく優しい光を天から降らせる。

――その力を受け継いで生まれてきた、クレタ……




 ダイアナに心を奪われていたのも確かな事実だった。フィオレを心底愛していたのだが、赤の国やムーンフォレストを守り抜く為にダイアナを選ばなければならなかった。

 赤の国に受け継がれているものを絶やしてはいけない! と、周りに強く言われて決めたことだった。確かにダイアナは美しく、力も持っていたため妃として迎えることに決めたのだ。



 ただ、フィオレをなだめるのには相当な苦労をした。


「どぉしてよ! 私を妻にしてくれると約束したじゃない!」

「……すまない、フィオレ」

「そんなバカな話、どうして受け入れるのよ! 私だって赤の国を守れる力を持つ子供を産めるはずよ! なによ、少し白の国の血筋を持ってるからって、力を持つ子供が産まれるとも限らないわよ!」

「フィオレ、落ち着いてくれよ」

「落ち着けるはずなんてないでしょ!」



 負けん気が強く退屈を嫌い、いくつになってもいたずらっ子のようなフィオレを手放すこともしたくはなかった。何とか彼女を落ち着かせ、部屋を与え一緒に過ごしてきた。

 フィオレのお腹の中に命が宿ったと知らされたのは、ダイアナを妃として迎えた、すぐあとだった。



 ダイアナとの時間も悪くはなかった。フィオレとは逆でとても穏やかな性格だ。

 彼女が微笑むと光が舞い、彼女の言葉は歌うように美しく心に届いてくる、そんなダイアナを妃として迎えて良かったとも思えた。

 ただ、時折ダイアナからの強い力を感じ羨ましく思えてくるようになった。

 そしてその気持ちは日を増すごとに増え、少しずつ嫉妬心が芽生え始めたのだ。


 ダイアナとの間に生まれてきたクレタは、彼女よりももっと強い力を持っているとすぐにわかった。その頃の俺は嫉妬心を抑えることができなくなっていったのだ。

 赤の国の国王として、妃よりも力を持たないことが国中に広がってしまったら困る。



――何とかしてダイアナの力を消すことはできないのだろうか。

  

――ダイアナよりも強いクレタをどうすれば良いのだろうか。



「簡単なことだわ! ダイアナを消してしまえばいいじゃない。ダイアナが消えてしまえば、クレタが赤の国の国王にはなれやしないんだもの!」

 

 二つ並んだ揺り篭を気だるそうに揺らしながらフィオレが口にする。


「そうすれば私は妃になれるし、カルロが次の国王になるのよ! あぁ、なんて素敵なんでしょう」


 あの日、そう言いながら俺の肩に腕をまわしてきたフィオレの赤みがかった茶色の髪の毛が頬に触れた。


 

――あぁ、そうか。ダイアナを消してしまえばいいのか。


――妃がフィオレに変われば、次の国王はカルロになれる。


――この国で一番強いのは俺なのだ。



 そう考えるようになると、少し気持ちが楽になっていった。やがてそれは計画へと変わっていく。

 

 そしてある日、ダイアナが忽然と姿を消した。城の中を探し回っても、敷地の中を探し回っても、ダイアナの姿はどこにもなかった。


 


 車椅子の肘置きに置かれたダーリオの拳にはぎゅっと力が込められて小さく震えている。きらきらと輝きながら鱗粉が飛んで行った先をしばらく見つめていた。

 次第に眉間に寄せられていた皺がほどけ、倒れ込んでいるフィオレを見つめて言葉を発した。



「クレタ・オルランド! カルロ・オルランド!」





書き手:綴。 https://kakuyomu.jp/users/HOO-MII

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