第22話 結音(Yuine)

 フィオレが 水ゼリーを口にする。 途端、

「うわあぁぁぁ」

 せきを切ったようにあふれる涙。やりきれない思い。

 悔しさ。戸惑い。慈しみ。愛。憎しみ。後悔。野望。羨望。孤独・・・・・・

――ダーリオ様に見初められたのは、わたしだったはずよ。

  わたしがダーリオ様の妻に?

  わたしの赤ちゃん、なんて可愛いの。

  命を懸けて、あなたを守るわ。

  なぜ、あの子が?

  あんなこと、言わなければよかったの?

  この子が、この子こそが!

  どうして、いつも あの人は……

  どうして、いつも わたしだけ……

 串に残った水ゼリーが、ぷるん と、揺れた。


――ね、

  わたしたちは、少し似ていたのかもしれないわね。


 ダイアナがそっとフィオレに近づく。

『お願い。この国を、クレタを、あなたの息子を、生まれてくる新しい命を。そして、消えかけている夫の命を。あなたは最後まで見届けて。あなたは、もう苦しまないで』

 鳴き声は止まない。

 広間には、つられて泣く者の声が混じった。


『クレタ、あなたは立派な王になるでしょう。だから、もう大丈夫』

 ふわり

 ダイアナの身体が舞った。

 ふわり

 蝶のような鱗粉が きらきらと 光った。

 ふわり

 甘い香りがクレタを、ルーナジェーナを、ルナイを、アルテミスを包んだ。

『……』 告げられた最期の言葉。それは、彼らだけが聞くことができた。

――愛してる。

  あなたなら、大丈夫。

  わたしの身体は消えてしまっても、わたしの魂はあなたと共に。

  ありがとう。


 スファレが、何かを察し、つぶやいた。 「ついに、逝くのか……」

 ふふふ

 やわらかな笑い声を残し、昇天する女王ダイアナ

「待ってください!!」

 透き通る女王の幻影にすがり、叫ぶ声。節足動物のような機械が ガシャリと、床に倒れた。

 代わりに少女巫女が現れた。先刻、クレタと夢の中であった時より大人になった姿であった。

「巫女様……」と、ルーナジェーナの驚愕が漏れる。

「ワタシもお供します、女王ダイアナ様」 そう言って、ダイアナの後を追う巫女アステミス

「アルテミス?」 茫然ぼうぜんとするクレタ。

 クレタの足元に落ちた機械は、動く気配がない。

「大丈夫です、クレタさまなら。ほら、こんなにも大勢の人があなたの味方なのですから。を見せてくださって、ありがとうございました」

 ふふふ

 にこりと微笑んで、ダイアナとアルテミスは消えた。


 謁見の広間に、嗚咽が広がった。 抜け殻になった機械は、冷たくそれを受け止めて、もう二度と動くことはなかった。クレタはその重みを今更ながらに感じて、抱き締めた。

 隣でリライが問いかける。

「赤の国に愛がしみわたり満たされる日は、もうすぐそこまでやってきてるの?」

「愛って美味しいの?」 エクリプスの疑問に、

「それは、もちろん!」「とびっきり!」 ルナイとセレナの声が重なった。


 きらきらと 月の光を粉にしたような 鱗粉が 広間から流れ、赤の国を超え、ムーンフォレストを目指し、海へと渡っていくのを ルーナジェーナだけが知っていた。


 フィオレが手にした串に水ゼリーは残っていなかった。




書き手:結音(Yuine) https://kakuyomu.jp/users/midsummer-violet


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