第21話 西しまこ

「あなたはそうして、わたくしから全てを奪っていくのね」

 フィオレは真っ黒な瘴気の中で恨めしそうな声を出した。


「なんだ、この瘴気は!?」

 アズールが言う。

「もしかして、混沌の欠片が残っていたのかもしれません。或いは、もともと、うちに抱えていたものが顕在化したのかも」

 ルーナジェーナが眉をひそめて言った。


 黒い瘴気はフィオレを中心に湧き出てきて、渦を巻き意志を持つように、謁見の間を黒いうねりで満たそうとしていた。



「クレタ! フィオレの心と繫がるのよ。そして、フィオレの心の声を聴いて!」

 懐かしい声がクレタの耳に届いた。――母さん?

 次の瞬間、クレタの意識はフィオレの内部に跳んだ。


 *


 ダーリオさま。

 ダーリオさまは、わたくしを選んでくださった。

 まだ正式には妃となっていないけれど、わたくしはダーリオさまの妻になったのだ。

 フィオレは長い赤茶のウエーブがかかった髪をさらさらと揺らした。

 フィオレはダーリオを見つめる。

 ダーリオもフィオレを見つめ、そしてキスをする。

「愛している」

「はい、わたくしも。お慕い申し上げております。心から」


「フィオレ、すまない」

「どうしたんですの?」

「妃は、正妃は、ダイアナに決まったのだ」

「え? どうして? わたくしを妻にするとおっしゃってくださいましたよね?」

「――すまない。ダイアナの力は強く、その強い力を受け継いだ子が必要なんだ」

「……ダーリオさま……」

 ダーリオさま。

 わたくしのお腹には赤ちゃんがいるのです。まだ人の形もしていない。

 この子は、王にはなれないのですか?

 力がないと、駄目なんですか?

 ああ、どうか。

 この子が赤の国の王としての力を持っていますように。


 ダイアナさまが生んだ子は、クレタは力が強いという。

 カルロにはそういう力は発現しなかった。

 ああ! こんなに愛しているのに!

 

 ダイアナさまがいなくなった……! 嬉しい。わたくしはこれでようやく妃になれる。

 クレタまでいなくなった……! よかった! これでカルロが、王になれる。

 カルロは力はなくとも、優秀で優しい子。王として立派にやっていけるわ。


 カルロは八年間、赤の国の王として真摯に国を治めてきた。

 それなのに、死んだと思っていたクレタが現れて――奪われてしまう! 


 *


 その感情は憎しみなのか深い愛なのか、或いは悲哀なのか、判然としなかった。


 クレタは黒い靄の中心にいるフィオレに、めぐみの炎をそっとかざした。すると、めぐみの炎を中心として黒い靄が晴れて行った。

 そして、泣き崩れるフィオレの姿が露わになった。


 フィオレがクレタを見つけ、何事か言おうとしたそのとき、「もうやめなさい!」と、強い声がした。それは黄の国の女王スファレの声だった。


 フィオレは涙を流した顔をスファレに向けた。

「あなたは?」

「わたしはスファレ。黄の国の女王だ。――もうやめなさい」

 スファレは優しくフィオレの頬を撫でた。

 フィオレは一瞬優しい目をしたと思ったが、次の瞬間、ダイアナを捉えて憤怒の形相となった。

「……あなた! 生きていたの!? どうしてここに? ――またわたくしから奪うの!?」


「まずい! クレタ、【水ゼリー】を!」

 スファレに言われ、クレタは【水ゼリー】を取り出した。

 樹の刻印が押してある【水ゼリー】。

「これは?」

「【はじまりの泉】の水を元に作られたものさ。いにしえの技法でな。――浄化の力を持つんだ」

 スファレはにやりと笑って言った。




書き手:西しまこ https://kakuyomu.jp/users/nishi-shima

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