第15話 綴。
「……やっぱり……」
悲鳴がつむじ風と混ざりあって海の方へと消え去っていった後、悲痛な表情でルーナジェーナがため息混じりに呟いた。
言葉を失ったクレタのその手には、しっかりと【はじまりの泉】の水が入った水袋が握られている。その顔や体は少しヌメヌメとした水に濡れ、金色の髪の毛からポタリと滴が落ちる。
アルテミスの足元にカメリアの花びらが一枚残されていた。
「リアーナ? リアーナ! どこに行ったんだ! リアーナ――――!」
カルロのすぐ側にいたリアーナの姿が消えていた。カルロの顔は蒼白くなり、目が血走っている。
「もしかして、さっきの悲鳴は!」
「どうして? 次の
セレナはいちご水の瓶に入れたヌメヌメの欠片を眉間にシワを寄せながら見て、不思議そうな顔をしている。瓶を振るとヌメヌメがゆっくりと動き、生臭さと甘いいちご水の香りが混ざって広がる。
「あぁー! 気持ちわるいっ! ねぇ、持ってて!」
セレナはクレタにその瓶を渡した。
「リアーナ! 俺の大事なリアーナ!」
カルロの心は乱れ、赤い髪の毛を両手でぐしゃぐしゃにしながら膝から床に崩れ落ちた。
アルテミスはクレタの頭の上に乗り、ヌメヌメが入っている瓶を覗きこんでいる。
「もしかしたら、リアーナのお腹の中に赤ちゃんがいたからかもしれません」
しばらく黙り込んでいたルーナジェーナがクレタを見ながら言った。
その時クレタは、リアーナの平らなお腹が光っているような気がしたのを思い出していた。
「……そんな……。リアーナとお腹の子供を
ガックリと肩を落として動かないままのカルロの前にクレタは歩いて行き、しゃがみこんだ。下を向いたままのカルロの肩に手を乗せて声をかける。
「カルロ兄さん! 行こう! リアーナを助けに行くんだ!」
クレタの夜蒼の瞳はしっかりとカルロの金色の瞳が写っている。前に進まなきゃ、ムーンフォレストの
「でも、どうやって?」
クレタはカルロにこくりと頷いて見せた。
「アズール! ハレー! 青の国の門はいつでも開いていたよね?」
「もちろん!」
アズールはすぐに返事をし、ハレーは大きく頷く。
「急いで用意して欲しい物があるんだ! お願いできる?」
「キミの頼みなら、急いで用意するよ!」
アズールとハレーは笑顔で答えた。
「カルロ兄さん、船はすぐに用意できますか? 出来るだけ大きな船を!」
────────
いつもは穏やかでキラキラと輝いている海が大きくうねりをあげて荒れている。
「くれぐれも気をつけて……」
ルーナジェーナ、セレナやバートに見送られて海へと出発した。
カルロは船が波にのまれないように、しっかりと舵をとる。
「リアーナ! どうか無事でいてほしい!」
何度も何度も心で願いながら。
アズールは船の帆をしっかりと握り、両足を開いて立っている。
ハレーはクレタに頼まれて持ってきた樹の刻印が押してある【水ゼリー】が入った袋をしっかりと両手に抱えて、荒波に揺れる船にしがみついている。
クレタは【はじまりの泉】の水袋とヌメヌメの欠片が入った瓶を持ち、船の先頭に立ち波しぶきを受けながら前を向いている。潮風に弱いアルテミスは濡れない安全な場所を探して隠れている。
やがて空が真っ黒な雲に覆われて、海は灰色に染まった。
そしてまた、あの声がどこからともなく聞こえてくる。
くすくすくす
得たいの知れない何かが、今度は船を囲んでくる。
くすくすくす
悪意を纏った靄が大きな渦を巻きながら、船の周りをぐるぐると周り始めた。
ざぶぁ───ん!
大きな音とともに姿を表した!
「来るぞ! アズール! ハレー! カルロ兄さん!」
セレナが言ってた通りの、ぬめぬめとした大きな体にべろべろがいっぱいついた口をした物体。その口を開けて何か気持ちの悪い音を響かせている。
ハレーは樹の刻印が押してある袋をアズールに渡した。
クレタはギュッと目を閉じて、大きく深呼吸をした。
ざぶぁ───ん!
大きな音が船のすぐそばまで来ていた。
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