第14話 結音(Yuine)

 ルーナジェーナから渡された【始まりの泉】が入った革袋。その刻印に、クレタが触れようとした、


 その時、



 くすくすくす


 どこからか、笑い声が聞こえた。

 得体のしれないが、クレタを囲む。


――だれ?


 身構えるクレタ。



 くすくすくす


 灰色のもやが クレタをつかまえる。

 何も見えない。

 誰も、いない。



――ルナイ?


 まさか、そんなはずはない。


 ルナイなら、こんな邪悪な感じはしない。


 なんだろう、この悪意をまとった靄は。




 くすくすくす


――だれ? 誰なんだ!

 


 苦しい。


 靄がクレタを締め付ける。

 悪意がクレタをとらえて離さない。



――助けて。


  助けて。


  助けて!



 クレタの声にならない叫び声に、の声が重なった。




「――クレタ!」


 から呼ぶ声がする。


 でも。まだ、から出られない。



――アルテミス

  ルーナジェーナ


 頼りになる人の名を心のなかで唱えてみる。


――バート

  カルロ

  エレナ

  セレナ


 そう。

 セレナを、

 赤の国を救うと決めたのだ、

 だから。


 きゅっと唇を結んで、クレタは顔を上げる。


 アルテミスと約束したんだ。

 カッコいいクレタを見せるって。


 ヌメッとしたが、クレタの頰をなぞる。



 笑い声の向こうから、


『クレタ。おまえがムーン・フォレストのあるじだというのなら、そのあかしを見せてみよ』


 不気味なが近付いてくる。


 それでも。

 クレタは、ひるまない。


――アズール

――ハレー


 心のなかで、友の名を確認する。



 ぴしゃり


 頬に水がかかって、先程のヌメヌメしたものが、落とされた。


 ぴしゃり


 今度は、クレタの体に水がかかって、

 クレタを捕らえていた靄が霧散した。


 最初の水は、ほのかにいちごの香りがした。


 次の水は、なんだか、懐かしい……



 すぅっと、

 クレタの視界を覆っていた靄が晴れると、


 目の前には、空っぽになったいちご水のビンを振りながら、いたずらっぽく微笑むセレナと、


 少し呆れ顔のアズールと、ハレーの姿があった。

「まったくキミは……」と、ふたりの男の口からもれたのは、クレタへの親愛の情であり、優しい笑み。



「クレタさま、ご無事デシたか?」

 アルテミスとバートが、クレタに駆け寄る。


「化け物に魅入られたのなら、居場所を突き止めるのも簡単だな」

 足元に残るヌメヌメの欠片をつまみ上げるカルロ。


「これを持っていけば、巨大イソギンチャクに会えるわ」

 空っぽになった いちご水のビンにヌメヌメの欠片を収めるセレナ。


 ルーナジェーナの表情は引きつって、固まった。


「さぁ、行こうか」

 誰からともなく発せられた言葉に、付き従うクレタ。



 潮風に混じって、生臭いにおいが皆をかすめる。

 違和感に歩みを止めると、


「きゃーーーーぁ!」

 つむじ風がをさらっていくのが見えた。




書き手:結音(Yuine) https://kakuyomu.jp/users/midsummer-violet

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