第13話 西しまこ

「カルロ兄さまと話せないわけ、ないじゃない! だって、カルロ兄さまはクレタ兄さまを捕まえようと、今も捜しているのよ。それに、お母さまが違っても、きょうだいよ! えいっ」


 セレナは明るくそう言うと、扉からクレタたちを押し出し、クレタたちは転げるように部屋から出た。

 すると、すぐにクレタたちの背後から声が聞こえ、同時に慌ただしい足音も聞こえた。カルロたちが駆けつけてきたのだ。

「クレタっ! 見つけたぞ! ――あれ? エレナ……じゃなくて、セレナ?」

「カルロ兄さん! えへへ」

 セレナはいちご水の入った瓶を片手に、いたずらが見つかった子のように笑い、続けて言った。


「ね、カルロ兄さん。クレタ兄さんは裏切りものじゃないわよ? 海の化け物をやっつけてくれるって!」

「何? あの化け物を?」

 カルロはクレタを一瞥し、「……王の間に行こう。話がしたい」と言った。



 王の間には、カルロとカルロの側近たち、そしてクレタ、セレナ、アルテミス、ルーナジェーナ、バートがいた。遠くからピアノの音が聞こえてくるので、エレナはピアノの練習をしているのだろう。


「カルロ兄さん。八年前のこととか王位のこととか、それから八年間のこととか、言いたいことや聞きたいことはたくさんあるけれど、まず海の化け物について教えて欲しい。この赤の国を守るためにも、セレナのためにも。天災から民を守れたはずだ、というのは、海の化け物のことか?」


「……海の化け物だけじゃないけどな。八年間、大変だったんだよ、クレタ。しかし、海の化け物のことがいま、一番大きな厄災であることは間違いがない」

 カルロがそう言うと、クレタの横でセレナが「そうよそうよー! あたし、供物くもつになりたくないっ」といちご水を瓶から飲みながら言った。

「……だいじな妹をほんとうに供物くもつにするわけないだろう。でも、だから困っていたんだが」

 カルロは大きく溜め息をつきながら言った。


「で、海の化け物とは、どのようなものなんだ?」とクレタが言うと、すかさずセレナが「すっごく大きくて、気持ち悪いんだよっ」と言った。いちご水がちょっとこぼれた。

「……セレナ。いつの間に見に行ったんだ?」

 カルロが苦虫をつぶしたような顔をして言った。

「えへへ。あたし、エレナがピアノやダンスの練習をしている間に冒険したり、禁断の書を読んだりしていたの。ないしょだけど、ムーンフォレストにもちょっと行ったことあるんだよ。だってあたし、退屈嫌いだもん!」

「……セレナ……」


 カルロはこめかみに指をやり、眉間に皺を寄せた。それはそうだろう、姫の立場のものがあちこち危険と思われる場所に自由に行っていたのだから。ムーンフォレストと聞いて、ルーナジェーナはくすりと笑った。そして、クレタは、セレナがムーンフォレストのことやその伝承に詳しい理由が分かった、と思った。


「あのね! 海の化け物はね、巨大イソギンチャクに脚がいっぱい生えたみたいな形なんだよ。赤黒い色で色も気持ち悪いの。うげーだよ。あたしはべろべろがいっぱい生えた口が一番気持ち悪いかなっ。それで、人間の武器は全然通用しないの」

「その通りだ。――クレタ。都合のいいことを言っているのは分かっている。しかし、海の化け物を、その赤の王の力で退治して欲しい。それはこの国の民の願いでもある」


 カルロはまっすぐにクレタを見た。

 クレタは、カルロの言葉に嘘はないと思った。黒い靄は見えない。

 八年前の遺恨はある。

 しかし、今はまず赤の国を脅かしている海の化け物を退治したい、とクレタは思った。赤の王としてムーンフォレストのあるじとして、そして何より兄として、それは為さねばならないことだと強く感じた。



「森の力が弱まると、海の化け物が強くなる、とのことだったが、ムーンフォレストの力が蘇りめぐみの光が降っても、まだ脅威なのか?」

 退治する意志を固め、クレタは言った。

「ああ。かなり弱体化はした。しかし、一度ある大きさに育ってしまったものは、めぐみの光だけでは死なないらしいんだ」

 カルロは溜め息をついた。

「そうか。でも、めぐみの光は効いたんだな?」


「うん! あの光、よかったよー! 海の化け物、小さくなったし、脚も少なくなった!」

 セレナが横から口を挟んだ。相変わらずいちご水の瓶を持ったままである。

「なるほど。武器は効かない、でもめぐみの光は効く――ということは」

 クレタはそうつぶやき、ルーナジェーナとアルテミスの顔を見た。

「ええ、きっと武力ではないもので浄化するのでしょう」

「そのとおりデス、くれたサマ」

 二人はそれぞれ、答えた。

「武力ではないもの? それはなんだ?」

 カルロがいかしそうに言う。

「焼き尽くす炎ではなく、おそらくめぐみの光のような――」



 クレタが話しかけたそのとき、扉が開いて、まっすぐな赤い髪の美しい女性が顔を出した。

「カルロさま」

 その女性は、さきほどカメリアの花を持って、カルロと戯れていた女性だった。遠慮がちにカルロを呼んだ、その表情はとても愛らしかった。

「リアーナ!」

 カルロは立ち上がって、リアーナと呼んだ女性のところに行った。カルロの表情はとてもやわらかく、クレタは驚いてその様子を見ていた。カルロがこんな表情かおをするなんて。


「その女性は?」

「私の婚約者だ」

 カルロの隣に座り、リアーナはにっこりと笑った。

「あのねー、リアーナ、赤ちゃんいるんだよねっ!?」

 セレナはしれっと爆弾発言をして、「かんぱーい」といちご水を瓶から一人で飲んだ。

「えっ!?」

 クレタが思わず驚いて声を発すると、「まあ、まだ秘密なのだよ。……ったく、セレナはどうして知っているんだか」とカルロが言った。


 クレタはリアーナのお腹をじっと見た。

 まだ平たいそのお腹が、なぜだか光っているような気がした。

「そんなわけで、私も自分の子が生まれてくる国をほんとうに平和なものにしたいんだよ」

 カルロはそう言って、リアーナを抱き寄せた。

「愛だねっ」とセレナは言い、にこにこと笑った。



「カルロさま。生きたお供え物を必要とする、あの海の化け物、恐ろしいです……!」

「リアーナ」

 クレタは寄り添い合う二人を眺めながら、カルロも八年前とは違うのだ、と思った。自分と同じように。


「ねえねえ、クレタ兄さま! すぐに退治しに行こうよ、巨大イソギンチャク!」

「セレナ。そうだね、すぐに退治したいよ。ただでも、仲間が欲しいな」

 クレタがそうつぶやいたとき、ルーナジェーナが言った。

「だいじょうぶよ、クレタ。もうすぐアズールさまとハレーさまがいらっしゃるみたいだから」

「え? ほんと?」

「ええ」

 ルーナジェーナはにっこりと笑った。

「アズールというのは、青の王の?」

 カルロが尋ねる。

「そうだ」

 アズールとハレーがいるなら、心強い、とクレタは思った。

「それに、ほら、これも」

 ルーナジェーナは樹の刻印が入った水袋を渡す。

「これはもしかして」


「そう、【はじまりの泉】の水です」





書き手:西しまこ https://kakuyomu.jp/users/nishi-shima

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