第11話 つくもせんぺい

「封印されていたチカラが、戻ってきたみたいですネ」


 ルーナジェーナはアルテミスに頷く。その瞳は、なぜだか少し涙で濡れているように見えた。


「スゴイよ、ルーナジェーナ! 時間が操れるってことは、何があってもやり直せるってことでしょう?」


 オレはこのルーナジェーナのチカラで、目の前の困難を乗り越えられるように思え、気持ちが昂る。

 でも、オレの言葉に彼女は驚いたように瞳を丸くし、そして少し寂しそうに変化した。


「クレタ? ……それは違うわ」


 ルーナジェーナはゆっくりと俯き、否定する。

 オレと、彼女自身にも言い聞かせるように言葉を続けた。


「月明かりの時間にだけ、物語一ページ分のわずかな時間にはさめるしおり。……今のわたしに出来ることは、それだけ」

「……どういうこと?」

「時間を操るって、際限なくやり直せることじゃないの。今みたいな数秒、出来て数分」


 はぐらかしているような、戒めているような、静かな声音。

 彼女は部屋の花瓶から一輪手に取り、花びらを千切って、時間を戻す。何度か繰り返すと、花びらは戻らず床に落ちた。

 

「ほら。強くなったクレタが今も思い悩むように、わたしの能力も万能じゃないの」

「それでも! 誰かが傷つき倒れた時、助けらてあげられるじゃないか」

「目の前なら、ね。この力があったって、わたしはダイアナ様が苦しんだあの時には戻れない。あの時は何もできなかった……今なら何かできるかもって、そう思うのに」

「ルーナジェーナ……」


 再会を喜んだルーナジェーナの笑顔は、もう陰ってしまっていた。

 部屋に居る誰もが、雰囲気に呑まれ口を開けずにいた。

 ある一人を除いて。


「……辛気臭いデス」


 まぁ、人じゃないんだけど。

 オレの頭によじ登り、アルテミスはガチャガチャと音を立てながら部屋に居るみんなをぐるっと見回し、言葉を続ける。


「ルーナジェーナ、今は再会を喜ぶべき時デス。顔を上げて。そしてクレタサマ、あなたはお説教デス」


 と、グリグリと頭を足で締めつけるアルテミス。

 痛みが走り、何がしたいのかと振り払い文句を言うと、テーブルに着地してアルテミスは造り物らしからぬため息を吐いた。


「クレタサマ、成されるべきことを決められたのですか?」

「それは……」


 無機質な指摘に言葉が詰まる。

 海の化物をどうするのか、カルロ達をどうするのか。そもそも、オレが赤の王になるべきなのかも、自分の中で確固たる意志はない。

 アルテミスは呆れたようにカチャカチャと前足をあげて見せた。


「仕方のない人ですね」


 でも、そう口にした声音は、なんだか上機嫌に聞こえる。


「皆サマ、少しこのアルテミスとクレタ様に時間を下サイ。ルーナジェーナ、ワタシとクレタ様をルナイ様の元へ」

「……分かった」

「二人とも、何を言っているんだよ?」

「クレタ様、では、おやすみなさい」


 刹那、アルテミスからジェットの音がして、オレの眼前に迫っていた。





「いてて……うわ!」


 目を開けると、女の子がオレをのぞき込んでいた。

 慌てて起き上がると、上も下も分からないまっ白な空間。オレの姿と、女の子の姿だけ、くっきりと形づくられている。


「落ち着いてください、クレタサマ」

「その口調……アルテミス!?」

「ふふ、正解デス」


 アルテミスと思しき女の子は、オレが見たことがない不思議な格好をしている。子どもの頃に異国の物語で読んだ、着物に似ていた。空間に溶けるくらいにまっ白で、なんだか近寄りがたい澄んだ空気をまとっている。


「ここは?」

「クレタ様がルナイ様と繋がっている精神世界……に行くつもりだったのですが、少々ワタシとルーナジェーナのチカラが足りずに、ワタシ達だけ夢で繋がったようですね」

「夢って、まっ白じゃん。それに、急にぶつかってきて痛かったし」

「だって……あの時、眠かったですか?」

「全然」

「ならワタシの機転に感謝してくださいね。ワタシもエネルギー消費で休眠するから、良い判断でした」


 暢気に笑うアルテミス。初めて出会う彼女の人としての姿は……見た目は全然違うけれど、なんというか。


「あんまりいつものアルテミスと変わらないね?」

「失礼ですネ、こっちの方がカワイイ女の子ですよ?」

「うん、そういうとこ」


 アルテミスの調子につられて笑う。なんだか、久しぶりにこんなに穏やかな気持ちで過ごすような気がした。

 そんなオレに、アルテミスは優しく問いかける。


「これからのことが話したかったんです」

「……わかってる」


 ゆっくりと、でもしっかりと頷いた。二人でまっ白な空間に腰かける。


「海の混沌たる化物、怖いですか?」

「そうだね、怖い。でも生贄なんて許しちゃいけない。そこに迷いはないよ」

「さすが、お兄様ですものね。では、カルロ……様のこと、憎いですか?」

おとしいれたこと、怒ってはいる。でも、憎いとは……違うかな、悔しい。オレが逃げた時間に、アイツ等が国のためにしたことは確かだ。赤の国は発展し、民は日々を過ごしている。本当にオレが今、力だけで無理矢理赤の王になることが正しいことなのか、まだ分からない」


 上手く言葉に出来ているかは分からない。けど、アルテミスは待ってくれていた。


「あなたを殺そうとしたのに?」

「国をめちゃくちゃにしたくて、オレを森に放り出したのなら簡単だったよ。でも違った。アイツ等が混沌に呑まれながら行ったことは、母上とオレのチカラを恐れたからであって、国を害するものじゃなかった」

「本当にそう思いますか?」

「だって国を治めるって、オレを憎んでいたとしても、どこかで国を好きじゃないとできないって思わない? オレはムーンフォレストに選ばれてからも、重圧に負けそう……実際に負けたし」

「ふふふ、そうですね」


 いつものアルテミスでもたまに聞こえていた、柔らかな笑い声。

 人としての彼女には初めて会うけれど、同じなんだと実感する。


「どうして笑うのさ?」

「クレタ様はまだ覚醒されて間もなく、障りによって思い出されていないことも多いです。ですが、優しいところと少し臆病なところは……ずっと変わってないですね」


 アルテミスの姿は、オレよりも幼く見える。

 けれど、瞳の穏やかな光に感じる安心感は、きっと過ごしてきた時間の長さが生みだしたものだ。

 姿は違うけど、気づけばずっとそばに居てくれた。


「お目付け役ではなく、アルテミスとしてお願いがあります」


 そんな彼女が、オレに望むこと。


。どんな選択をしてもいい。ただワタシは、胸を張って選び掴んだ未来を誇る、が見たいです」


 いつもふんわりとした言葉で、答えはくれない。

 でも彼女の願いが、オレの心に明かりを灯す。


「カッコイイ……か。そういえば、二人で話すつもりだったんじゃないのか? なんでルナイが居るところに繋ごうとしたの?」

「ああ、ルナイ様なら、お兄ちゃんのカッコイイところ見たい! 混沌なんか吹き飛ばしちゃえって……そう言って下さると思ったんです」

「アハ、なんだよそれ。でも、そうかもね」


 オレとアルテミスは、顔を見合わせて笑った。





書き手:つくもせんぺい https://kakuyomu.jp/users/tukumo-senpei

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