第9話 月森乙
それは今、この小さな妹に大切なことを教えること。
オレは小さく首を横に振った。
「オレには、できないよ」
すると今まで楽しそうな光が浮かんでいたセレナの瞳に怒りの色がにじんだ。
「……どうして⁉ 王になりたいんでしょう⁉ みんなに認められたいんでしょう⁉ だったら……」
「いいかい、セレナ」
オレは、セレナの瞳をのぞきこんだ。セレナは口を閉じたけれど、怒りは消えない。
「退屈が嫌いだからとか、自分の名声が欲しいからとか、海にいる者が自分と違うからとか、そんな理由で誰かを攻撃してはいけないんだ」
「でも」
怒っていたはずのセレナの瞳の色が、落胆と悲しみに変わっていくのを感じていた。
「いくら海にいる者たちが混沌だからといって、こちらに何か困ることがなければ、むやみやたらに攻撃するなんて間違ってる。そんなことをしたらさらに大きな力で仕返しをしてくる。結局仕返しの応酬になって国は疲弊する。実際、今、カルロは王としてこの国を八年間もおさめた。そのおかげで……」
「わかったような口きかないでよ! なんにも知らないくせに!」
セレナは、いやいやをするように激しく首を横に振った。その瞳は涙にぬれ、幾筋もの涙が頬を伝って落ちた。
「カルロ兄さまたちが今までどうやって海の化け物を抑えて来たか知ってるの⁉ あの人たちはね、半年に一度あの化け物にお供え物をすることでこちらに厄災をもたらさないようにお願いしてきたの。最初は小鳥一羽だった。それが次第に小動物になり、野生の大きな動物になり、そして、家畜へと変わった。そして今回、あいつらはもっと大きなものを、と言い出した。今のまま生贄を差し出すだけでは足りない、もっとこの国と絆を強めることのできる何かがほしい、と」
セレナの言葉に、信じたくないことを想像した。それが本当でないことを祈りながら、彼女の口の動きを追った。
「純潔の乙女を差し出せと」
やはり、という思いと、どうして、という思いが交錯する。
「それも、普通の国民じゃダメ。もっと強いつながりを築くためには王族から一人寄こせ。……そしてこの国には純潔の王女が二人いる」
「まさか……」
セレナはこくりとうなずいた。
「お義兄さまだってご存じのはずよ。この国で、双子はあまり縁起のいいものではないと思われていること。それが王族ならなおさらよ。そして、あの人たちがかわいがっているのはエレナ。……わかる? お義兄さま。わたしたちは同じなの。あなたはお母さまの力が強いせいで、そしてわたしはエレナと同じ時期に生まれてしまった子供だというせいで、忌み嫌われている」
「まさか、カルロたちは本気で……?」
セレナは頬を震わせた。
「あの人たちに、国を治めるほどの器量も力もない。そんなの混沌たちはお見通しよ。その化身である海の化け物はずば抜けてその能力を見抜くのがうまいのよ。当たり前よね。人ならざるものなんだから。表情や甘い言葉や嘘の行動に騙されたりなんかしない。だからこそ、赤の国は自分たちが治めるべきだと思っている。それがふさわしいと思っている。でもカルロたちはそんなことに気づいてない。今回あたしを差し出せば、厄災が起こるどころか、あの混沌を味方につけて、ほかの国よりもさらに大きな力を持てると信じてる。……そんなこと、あるわけないのに!」
セレナは涙にぬれた顔を上げた。
「お義兄さま。どうか、あたしを救って。あたしと、この国の国民をカルロ兄さまと海の化け物から救ってほしいの。そしてそれができるのはお義兄しかいない。あたしはそう、信じてる」
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