第8話 UD
「海の化け物だって?」
思わず一歩下がってセレナの大きな金色の瞳を見つめ直す。
「そう。カルロお兄さまもあの海の化け物には手を焼いているわ」
「ちょっ、待ってくれ。セレナ、今は僕が帰って来たことによる混乱を」
「だからよ! 今の赤の国の混乱を治めるには先に海の化け物をやっつけて異母兄さまの力が赤の国に必要なんだって示せばいいのよ」
「うーん。それはそうかも知れないけど、だけどどうしてそれをオレに?」
「だから言ってるでしょう、私はエレナとは違う。私は退屈が嫌いなの。だから、ね」
どうやらセレナには何か想いがあるようだ。
クレタはずっと見つめてくる妹を前に大きくため息をつくと
「はぁ。わかった。で、海の化け物の話を聞かせてくれる? なんの情報もなけりゃ倒すにも倒せないよ」
セレナは唇を突き出して、不満そうに答える。
「異母兄さま、おぼえてないの?! 森の力が弱まると海の力が強まる。ただの昔話だと思ってたのに、本当に海から化け物が現れたのよ!」
オレは苦笑して、いちご水を手に取り、セレナに渡す。
セレナはいちご水を一気に飲み干すと、赤みがかった瞳をこちらに向けて、海の化け物について語り始めた。
「異母兄さま、森から戻られてムーンフォレストの王となられたのですよね? 伝承がどこまで本当なのかはわからないけれど白・黄・赤・黒・青の前に始まりがありましたよね?」
「始まり? はじまりの白の事? この地に降り立った一族の長はこの地の若者と恋に落ち、天には戻らず、この森に根を下ろしこの森の王となった、だね」
「その前の事です。伝承では、はじめに混沌ありけり、です。光が生まれる前の混沌」
セレナは立ち上がると、いちご水が入っていた瓶を窓にかざし、海の化け物はその混沌です、と口早に言った。
海の化け物、それは混沌から生まれしもの。
セレナの言葉の意味をオレは必死に考える。
白い一族の前に現れた混沌とは何だ? 伝承では、黒は影、黒の国は存在し森の大切な仲間となったはずだ。
「ふふふ。異母兄さま、まだ話は終わっていませんよ。混沌の黒は月の裏側の黒とは別のものです。ムーンフォレストに白き光が落ちる前、この地は混沌に包まれていたのでしょう?」
セレナはオレの前に顔を寄せると、ニッコリと笑う。
「南の海には黒の国に集まれなかった、いえ、集まらなかった混沌が今もいるんです。だから、森の力が弱まると海の力が強まる。八年ものあいだ森の力が弱まっていたのです。海の化け物は、月が満ち、欠けるごとに力を増し、赤の国に厄災をもたらしてきました。黄・青の国も厄災をもたらしてきましたが彼らには王がいました。でも、もう限界なのです。ムーンフォレストの主の力がなければ海の化け物は倒せません」
——この海の化け物を倒してみせたら、民はオレを認めてくれるだろうか。
考えるオレをセレナの瞳が見つめて、その小さな口が言葉を紡ぐ。
はじめに混沌ありけり。
月の雫が落ちて、混沌に光生まれたり。
混沌は生命の源。影は光。両者は同じものなり。
光は色をつくり出せり。
月の雫は白くまばゆい月長石―ムーンストーン―となりて
森―ムーンフォレスト―の礎となりぬ。
そは、はじまりの白とぞなりにける。
白から、黄が生まれ赤が生まれ黒が生まれ、青が生まれたり。
白の一族は、森ムーンフォレストの王となりて、その後番人とぞなる。
森―ムーンフォレスト―の主は各々の国の王族から森―ムーンフォレスト―が選びしものを。
始まりの白、広がりの黄、統一の赤、深淵の黒、繫がりの青。
異なる種が重なり合うことで、美しき光、何色にも見える光が生まれ出づることを識しれるためなり。
はじまりの白、目がさめる黄、希望の赤、月のうらがわの影の色の黒、なんにでもなれる水の青。
五つが混ざり合い溶け合い、手を取り合えば、大地を潤し緑を萌えさす愛めぐみの光もたらされん──
セレナは語り終えるとこちらに振り返る。
「セレナ、君はいったい?」
「ふふっ。言ったでしょう? あたし退屈は嫌いなの。赤の国の王として、ムーンフォレストの主として、海の化け物を倒して。異母兄さまなら、きっとできるはず」
セレナの思惑はよくわからないが、オレには力がある。
赤の国、いや、ムーンフォレストが危機に瀕しているのならばなおさらだ。
赤の国の王として民に、王族に認められることも大事だけど、それよりもムーンフォレストの主として大切なことがあるはずだ。
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