第26話 月森乙

「待ちわびたよ、アズール」


 ミカエルが小さな笑みでその者を迎えた。


「遅れてしまい、申し訳ない。わたしが青の国の国王、アズール・フィン」


 皆は視線を交わし、小さく頷き合った。


 その時だった。


 ミカエルの出現によって薄い墨を引いたような闇に沈んでいたこの森がわずかに揺れ始めた。

 ルナイがわずかに地面から飛び出した土の上に立った。落ち着いたまなざしでクレタを促す。


 クレタはルナイをしっかり見つめ返し、その前に歩み出た。アルテミスが静かに近づいてきてその肩に止まる。クレタはアルテミスに優しいまなざしを向けたあと、表情を引きしめた。


 そして、手に持った月の剣を、少し切っ先を下げるようにして自分の前に突き出した。


「ここに誓う。世界の統一を担う赤の国王、クレタ。天からの力を享受し、ムーン・フォレストを統べる主としてこの座に就き、この森をさらに発展させることを」


 それを聞いたルーナジェーナが一歩前に足を踏みだす。その手に剣が現れた。その剣を差し出し、切っ先をクレタの剣に重ねた。


「ここに誓う。世界の始まりをつかさどる白の王、ルーナジェーナ。この森に根をおろし、この森の王となることを」


 次に進み出たのはスファレ・ライト。同じく剣を合わせる。


「ここに誓う。世界の広がりをつかさどる黄の国王、スファレ。森に平和と共存をもたらすことを」


 となりに並んだのはアズール。


「ここに誓う。世界の川や空をつかさどる青の国王、アズール。森の全てをつなぎ、この森に水を行き渡らせること」


 そして最後に進み出たのはミカエルだった。


「ここに誓う。世界の深淵の闇をつかさどる黒の国王、ミカエル。皆に寄り添う影となり、それぞれの色を際立たせて森の繁栄を助くることを」


 すべての剣が切っ先が合わさり、円になった。



「よみがえれ! ムーン・フォレスト」



 クレタが剣先を天に向けると、白、黄色、青、黒の者たちも同じように剣先を天に向けた。五本の剣の切っ先がそろった時だった。


 その剣の先に光がともった。その光は次第に大きさを増し、闇に沈んでいたこの森をまばゆく包んだ。


 この森が光で満たされた、その瞬間。


 クレタの胸に下げられた月の紋章が、ひときわまばゆい光を放った。その光は空中で大きな渦となり、そして、さらに強く明るい光となって後ろに立つルナイの体を包んだ。


 そこにいた全員が、息を飲んだ。


 ルナイは、うれしそうに笑った。


「ありがとう。みんな……」


 その言葉も終わらないうちに、ルナイの姿は消え去った。


 そして。


 大きく明るい光の中に小さな芽が現れた。

 それは次第に大きく太くなり、枝を生やし、美しい葉を茂らせた。小さかった芽は、見る間に成長を遂げ、美しく立派な若木へと成長した。


 光が静まり始めた。


 最後の光の一筋が消えるのを見届け、クレタが剣をおろした。皆も同じように剣を柄にしまった、その時だった。


 優しい風が皆の間を吹き抜けた。ふと顔を上げると、風が頬をなでた。その心地よさにそれぞれが思わず目を閉じたときだった。


「ありがとう」


 女性の声が頭の中に響いた。それは……ダイアナだった。


「これでようやくわたしは自分の責務を終えることができました。皆で力を合わせ、これからもムーン・フォレストを守り続けるのですよ……」


 風がおさまった。

 クレタは目を開いた。皆も同じように目を開き、自分の立っている場所に気づいて息を飲んだ。


 そこは、森の中だった。美しい大木を中心に、輝きを取り戻した森。その土の上に立っているのだった。


「母上……」


 クレタが小さくつぶやいた時、最後にもう一度優しい風を額に感じた。


 それが、母を感じた最後の瞬間だった。





書き手:月森乙 https://kakuyomu.jp/users/Tsukimorioto

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