第27話 西しまこ

 クレタたち五人の王は、ムーンフォレストの新しいシンボルとなる、美しい大木を見上げた。ルーナや白と金色の光を纏ったドラゴンもクレタたちのそばに寄り添っていた。


 クレタは月光のような髪を揺らすルーナジェーナに微笑みかけて、言った。

「ルーナジェーナは白の王だったんだね」

「ええ。ムーンフォレストの番人とは、つまり白の王のことなんです。それは同時に森の王をも指します。白の一族はかつて、森の王と称し、ムーンフォレストのあるじをも自認していました。しかし、時の流れの中で、ムーンフォレストはあるじを自ら選ぶようになったのです。王家の血を引くものの中から。そうして白の王はムーンフォレストの番人としての役割を果たすようになっていったんです」

「それはどうして?」

「ムーンフォレストの記憶を受け継ぐと、自ずと分かると思いますよ」

 ルーナジェーナは晴れやかな笑顔を見せた。


「おい、あれを見ろ!」

 王たちが口々に言った。

 見上げると、頭上に美しい光の球体があった。

 それは何色にも見える、玉虫色のまばゆい光で、揺らぎながら優しい光を辺りに放っていた。

 ふと気づくと、その玉虫色の球体の下には清らかな泉があった。

「【始まりの泉】だわ!」

 ルーナジェーナが驚いたように言う。

【始まりの泉】が姿を見せたと思ったら、突如として厳かな神殿がクレタたちの目の前に現れた。

「これは……新しい、ムーンフォレストの神殿か!」

 黄の国王スファレが感嘆したように言った。

 その新しい神殿は荘厳で美しく、白を基調しとした色にうっすらと玉虫色の光を帯びていて、不思議な魅力のある建築物だった。

 クレタは何かに導かれるように、その神殿の中に入って行った。ムーンフォレストの番人である白の王ルーナジェーナ、黄の国王スファレ、青の国王アズール、そして黒の国王ミカエルは、赤の国王クレタをじっと見守った。


 クレタが神殿の中に入ると祭壇があった。

 祭壇に触れると、クレタの胸元の月の紋章は眩しい光を放ち、神殿の天窓から空へと昇って行った。そして同時に、クレタの手にしていた月の剣も光を放ち、空へと昇って行ったのだった。

 月の紋章も月の剣も、空にある美しい玉虫色の球体に吸い込まれた。

 球体はゆらゆらと膨らみ、そして玉虫色の光を放出し、その光は世界を覆っていった。

めぐみが!……森のめぐみが降り注いでいるわ……‼」

 玉虫色の光を見ようと外に出たクレタに、ルーナジェーナの歓喜の叫びが聞こえた。

 そのとき、クレタの脳裏に古い神話が聞こえてきた。

 これは――ムーンフォレストの記憶?

 神話は謳うように波打つように、クレタの中で鳴り響いた。

 そしてクレタは同時に、ムーンフォレストに教えられた、母とルナイがうたっていた歌を思い出していた。


 なにもない世界に、白が落ちた。はじまりの白。

 目がさめる黄は、古きよき友人まねいた。

 赤は、心の臓の音。生きるものたちの希望をせおってる。

 黒は月のうらがわの色。うつくしさに吸い寄せられる。

 青はなんにでもなれる。なんでもうつす水の色。

 かきまぜましょう。かきまぜましょう。五つがまざれば、何色になる?


 ――分かった、とクレタは思った。

 わらべ歌にはいつでも真実が語り継がれている。

 五つの色が混ざるとどうなるか。ムーンフォレストが、王家の血を引く者からあるじを選ぶわけも。

 そうか、そうだったんだ。


 拡散されて行く玉虫色の光の中で、ドラゴンは歓びの舞いを舞っていた。

 ムーンフォレストの番人とそれぞれの国の王は、新しい森の生命の息吹の中で、緑の空気と風と清浄な水と、光の優しさとを感じながら、ムーンフォレストが放つめぐみに圧倒され、声を発することが出来ないでいた。


「黄の国のスファレ女王、青の国のアズール王、黒の国のミカエル王、そしてムーンフォレストの番人にして、白の王ルーナジェーナよ。みなで力を合わせたことで、ムーンフォレストは蘇った。感謝する……! 五つの色の力が必要だったんだ」

 クレタは各王に頭を下げた。

「これで、平和と共存がもたらされようぞ」

 とスファレが満足げに息を吐きながら言って、ドラゴンに手を振った。

「全てが繋がれ、水も行き渡ることでしょう」

 アズールがハレーと顔を見合わせて笑い合いながら言った。

「黒は光を吸収し、そして放出するんですよ。光と影は表裏一対で同じものなのです。このめぐみの光はきっと繁栄をたすけましょう」

 黒髪に黒い目のミカエルはクレタの肩に手をやった。

「クレタ、ありがとう!」

 ルーナジェーナはクレタに抱きついて、言った。

「ルーナジェーナ、分かったよ、オレ」

「――うん」

「クレタさま。この先、まだ試練がありますよ?」

 ルーナが言った。

「でも、きっと力を合わせれば乗り越えていけると思う」

 クレタは月光の髪を靡かせ、夜蒼の瞳に強い光を湛えながら言った。

 きっと――




 はじめに混沌ありけり。

 月の雫が落ちて、混沌に光生まれたり。

 混沌は生命の源。影は光。両者は同じものなり。

 

 光は色をつくり出せり。

 月の雫は白くまばゆい月長石ムーンストーンとなりてムーンフォレストの礎となりぬ。

 そは、はじまりの白とぞなりにける。

 白から、黄が生まれ赤が生まれ黒が生まれ、青が生まれたり。

 

 白の一族は、ムーンフォレストの王となりて、その後番人とぞなる。

 ムーンフォレストあるじは各々の国の王族からムーンフォレストが選びしものを。

 始まりの白、広がりの黄、統一の赤、深淵の黒、繫がりの青。

 異なる種が重なり合うことで、美しき光、何色にも見える光が生まれ出づることをれるためなり。


 はじまりの白、目がさめる黄、希望の赤、月のうらがわの影の色の黒、なんにでもなれる水の青。

 五つが混ざり合い溶け合い、手を取り合えば、大地を潤し緑を萌えさすめぐみの光もたらされん――




  「ムーンフォレスト」 はじまりの章――ムーンフォレストを継ぐ者  了





書き手:西しまこ https://kakuyomu.jp/users/nishi-shima


 

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