第25話 KKモントレイユ

第25話 KKモントレイユ


 ルナイ・ロメルは水袋に満たされた『始まりの泉』の水を飲む。

 クレタ、ハレー、ルーナジェーナ、そしてスファレが、その幼い少年を見守るように見つめた。

 乾いたルナイの喉を、身体からだを水が潤す。


 ドクン……


 何か大きな鼓動が、そこに居合わせた者たちの五感を超えた感覚に共鳴した。

 一瞬、全員が『森の響き』かと辺りを見回した。しかし、それは音ではない『なにか』だった。

 ルナイは目を閉じ、喉が、身体からだが潤うのを感じるようにもう一口飲んだ。


 ドクン……


 ……ドクン……


 ルーナジェーナとスファレが、ルナイを見つめながら一歩後ずさりして森を見回す。


「クレタ、ありがとう」


 ルナイは水袋をクレタに返した。

 今まですすり泣いていたルナイの表情は消え、クレタにやさしく微笑んだ。

 クレタもルナイにやさしく微笑み返して聞く。


「ルナイ……君は、誰なの? そして、今までの森の怒りにも聞こえていた【音】と違う。この鼓動のような『何か』……ここにいる全員の心に直接響いてくるような……この響きはなんなの……」


 ルナイはみんなの方に目を向ける。


「聞こえてるよね。みんなの心に響いてるよね。森の喜び」

「何が起こるの?」

「そろう」

「え?」


 そのとき、まるで空気から溶け現れたかのように一人の男が現れた。

 その男を包む黒。その『黒』を私たちは見たことがない。

 それは『しんの黒』……今まで私たちが『黒』と思っていた色はこの色ではなかった。赤の要素も、黄の要素も、青の要素も、白の要素もない。

 色の要素が何もない。色の要素が『ゼロ』の『黒』だ。

 すべての光を吸収し、何も反射しない『黒』……

 こんな『黒』を見たことがない。

 私たちは普段、目にする黒を『黒』と言っているが、どうやら、すべての色や、光を、吸収する『しんの黒』をの当たりにしたとき、人はそれを『色』として『認識』することすら困難であるということを実感した。


 その男はそんな黒い瞳と黒い髪を肩までなびかせている。スッとした端正な顔立ちはどこか女性的な美しさを併せ持っている。他の黒と対照的に肌は透き通るように白い。そして、飾りも何もない魔法使いのような黒のローブを身に纏っている。この男が身に纏うすべてのものが、その『しんの黒』である。


 そこにいる全員が不思議な感覚に陥る。この『しんの黒』に包まれると、人の視覚から別の世界に封じられたような錯覚に陥る。


 その男はハレーの方に向き静かに口を開いた。

「私は黒の国の者だ。ダークエルを救ってくれたのだな。ありがとう。礼を言う」

 どこか声まで透き通っているような感覚を覚える。

 ハレーは頷きながらも、この一言から察して一歩後ずさりした。


 先程ダークエルの時、勇気を振り絞り、全力を尽くして彼女を救った。

 しかし、今、この男を前にして本能が警鐘けいしょうを鳴らしている。

 これはヤバいやつだ……これはダークエルの比ではない。

 やっとダークエルを救ったところで、また、黒の国から、とんでもないやつが出てきた。


 隣にいたスファレが呟く様に言う。

「『しんの黒』そんな『黒』を操れる者は『黒の国』にも、ただ一人……この男はダメだ……この男を敵に回したら、無理だ……」


 スファレは自分を落ち着かせるようにして記憶を辿る、

「そなたは黒の国の真なる王ミカエル・ヌーヴェル・リュヌと見受けたが、それに間違いはないか」


 ミカエルと呼ばれた男は静かに頷いた。ヌーヴェル・リュヌは月の『新月』を意味する。


 スファレが続ける。

「驚いたな。私も……いや多くの者が、その姿を見たことがなかった。黒の国に『しんの黒』を操る王がいるというが、そのような王は存在せず、やはりダークエルこそが黒の国の王位継承者ではないかとの噂もあった……そなたに会えて光栄だ。この森の鼓動は、そなたに共鳴しているのか?」


 ミカエルはうつむき、微笑みながら首を振る。

「まさか、ここは聖なるムーンフォレストだぞ。ムーンフォレストが、いち、黒の国の王に反応することがあろうか? 黄の国のスファレ女王。ムーンフォレストのルーナジェーナ。そして、赤の国の王位継承者になるであろう者も、そこにいるようだが……この森の鼓動は……ハレー、もうすぐ、そなたの国の王も来るのではないか?」


「え?」


「ムーン・フォレストをべるあるじとなる者を各国の王が見届ける。そのために、すべての王が集結した。そのことに森が喜び、皆の心に共鳴しているのではないか? どうかな? ルナイ、もう感じているのだろう。青の国の王が森に辿り着いていることに」


 ルナイは静かに頷いた。アルテミスが嬉しそうに高く飛び、遠くの方を探すようにぐるっと旋回した。


 そのとき、馬に乗った数人の男が到着した。

 気が付いたハレーは喜びに目を輝かせ、その中の一人、白い馬に乗っている男のところに駆け寄って行った。

 サファイアのような澄んだ深い青の服に身を包んだ男のもとに行くとハレーはかしずくように頭を下げた。

 その男はクレタと同じくらいの年だが、まぎれもなく青の国の王だった。ひらりと馬から飛び降りハレーの肩をポンと叩いた。

「ハレー、いろいろ苦労かけたね。お疲れ様。そして、ありがとう」

 ハレーの目に涙が浮かんだ。


 散らばっていた王がそろった。


 ドクン……


 森は何かを待っているように静かになった……




書き手:KKモントレイユ https://kakuyomu.jp/users/kkworld1983

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