第24話 綴

 氷柱の前で祈り続けていた。アルテミスはオレにぴったりと寄り添ったままだ。

 表の祭壇で待つルーナジェーナの祈りも、オレの背中に届いてくるのがわかった。


「クレタ……、答えは見つかりそうですか?」

 女神ダイアナの声が……母上ダイアナの声が、優しくオレを包んだ。

 奥の祭壇にふわりと優しい風が吹き、甘い香りが広がってくる。


「母上、五色が混ざれば何色になるのか……見つけてきます」

 女神ダイアナは言葉をひと言も発することなく微笑みを浮かべて、ゆっくりと頷いている。その優しい瞳を見つめながら、オレはゆっくりと立ち上がった。


「行こう!アルテミス!」

 アルテミスは嬉しそうにオレの頭上を旋回する。

「ハイッ!サポートします!」


 狭い通路を出ると、ルーナジェーナが立っていた。


「クレタ、これをどうぞ」

 ルーナジェーナが差し出したのは見覚えのある革でできた水袋だった。大きく手を広げた樹の刻印がある。

「これは……」

「ムーンフォレストに受け継がれている水袋ですよ。【始まりの泉】の水が入っています」


 オレはルーナジェーナから、その水袋を受け取った。

「もしかして、あの時も?」

「そうです。私が寝ているクレタの側に置きました。必ずまた必要になるので持っていって下さい」

「わかった、ありがとう」

 ルーナジェーナはこくりと頷いてみせた。オレもまた何も言わずに頷いて、森へと向かって歩き始めた。




ーーすすり泣く声が聞こえてくる。


 ルナイ・ロメルの声だ。必ず戻ってくると約束してから随分と時間が経ってしまった。オレはルナイの声を探して森の中へと進んで行く。

 

 森の中にはいくつもの大きな窪みが出来ていて歩きにくい。最初に【音】の調査をしている時には気がつかなかった……。

 

 八年もの間オレが逃げていた間にできた、たくさんの窪み。よく見ると森の木々は弱々しく、その枝を覆う葉は色褪せてしまっている。

 地面は乾ききってひびが入り、風が吹くと砂ぼこりが舞った。



ーー森が弱っている。


 その森の中をオレは走り回った。


 すすり泣く声はまだ聞こえてくる。

 

 どこだ……どこだ……。

 ルナイ・ロメル……オレは今度こそ約束を守るために必死で走り回る。


 すると、何かに足元を掬われたようにオレの体が転がった。

「うわっ!」


 どおおん。


 またあの【音】が響き渡り、辺り一面が眩しい光に包まれたかと思うと、一瞬にして真っ暗な漆黒の闇に変わる。


「な、なんだ!」

「クレタ様!あそこ!」

 オレの頭の上にいるアルテミスが声をあげた。

 

 見上げると綺麗な少し欠けた月が浮かびあがり、その光に照らされ小さくうずくまって泣いている少年を見つけた。青紫銀色の髪が揺れ、夜蒼の濡れた瞳がこちらに向けられる。


「ルナイ!」

「あ…クレタ? …クレタ! 約束守ってくれたの? ね、戻って来てくれたの?」


 ルナイはオレに飛び付いてきた。

 そして、まだ涙で濡れた顔でオレを見上げて言った。


「僕、喉乾いちゃった」


オレは大事に持っていた革でできた水袋をルナイにそっと渡した。


 


書き手:綴 https://kakuyomu.jp/users/HOO-MII

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