第22話 結音(Yuine)

 クレタは、ゆっくりと目を開ける。

 

 そこには、慈愛に満ちた瞳が映った。スファレ、ハレー、ルーナジェーナ、ルーナ――アルテミスの。優しい眼差しが、クレタの帰還を待っていた。


「戻ったか」

 スファレが訊く。

「クレタさま」

 労わるようなハレーの声。

 にこりと微笑むルーナジェーナ。

 アルテミスは、くるくるとクレタの頭上を旋回している。喜びを動きで体現して伝えているようだ。


「ルーナジェーナ。奥の祭壇へ案内してくれ」

 クレタが覚悟を決めるには、もう一つやらねばならないことがある。


「分かりました。ご案内しましょう」

 ルーナジェーナがクレタを案内する。


「待っていてくれ、みんな」

 そう言って、クレタは、ルーナジェーナの後について奥の祭壇に向かう。

 アルテミスだけが、クレタの後を付いて行った。



「どうぞ」

 石造りの祭壇の脇に、奥につながる道が現れた。ルーナジェーナが持つ石が鍵となり、扉が開いた。人ひとりがやっと通れるような通路だった。

「わたくしは、ここで控えております」

 ルーナジェーナの案内はここまでだ。

 クレタは、かつん、と響く足音とともに 通路の奥へと進んで行く。アルテミスは静かにクレタに寄り添った。



 空気が澄んでいる。

 ひんやりと 冷たい。けれども、心地が良い。


 やがて、

 氷柱に閉じ込められた女神ダイアナの姿が現れた。

「はは……うえ?」

 クレタの声に、女神ダイアナが応える。


「クレタ。逃げなかったのですね」

 直接語り掛ける声。

「生きていてくれて、ありがとう」


 クレタの瞳から雫があふれる。


 クレタの横に、アルテミスがそっと降り立つ。

「クレタさまは、ムーンフォレストの王を継ぐ ご覚悟をなされました」

 女神への報告を続ける。

「ルナイ・ロメルにもあったご様子です」


「そう」

 ため息のような女神ダイアナの返答に、クレタは思わず口にする。

「ルナイは泣いていた……」


「そう。あの子は、ずっと泣いているの。あの子の泣き声が、この森の ムーンフォレストの叫びとなって・・・・・・」

「あの【音】は、ルナイの悲鳴なのですか?!」


 クレタが森を拒絶するたび、これに反応するかのように響いていた森の音。

 クレタには、うすうす勘付いているところもあったが。このダイアナの言葉で、それは確信に変わる。


 ムーンフォレストの【音】の正体が分かった。


 けれども、どうしたら【音】をませることが出来るのだろう。


「クレタ。心配には及びませんよ。わたくしは もう少し この氷柱の中に居ます」

 それが、何を意味するというのだ?

 クレタには、未だわからない。


 ふふふ、と 女神ダイアナが微笑んだ気がした。

「クレタ。あなたは、どうしたい?」


 やさしくダイアナは問いかける。


 つい先刻も、クレタは同じことをかれた。

「オレは……」



 四半刻ほどの時が流れる。


 氷柱の前で思案する少年――クレタの姿。


 ルーナジェーナは、クレタがにいる間、おもての祭壇で、祈りを続けていた。


 祭壇の外でも、祈りながらクレタを待つ者達の姿があった。


 祈りは、届く。女神ダイアナのもとへ。


 クレタも、祈る。希望を込めて。懺悔も含め。



 さらに四半刻ほどが過ぎた時。

 クレタは、彼を待つ者の前に現れた。



 森の中を、

 くすくすくす、と

 笑い声のような風が 駆けて行った。



 

書き手:結音(Yuine) https://kakuyomu.jp/users/midsummer-violet

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る