第21話 十六夜 水明

「クレタよ、お主はどうしたいのだ?」


 ハレーが空気を和らげてもなお、黄の国の女王-スファレはクレタを試すかのように、好奇の目でクレタの瞳を瞳を見つめていた。


「貴女は、どうしたら良いと思いますか?」

 ダークエルに向けたものとは打って代わり、クレタはスファレに対してうやうやしく、しかし対等であるようにと努め、問い返した。

 一方、スファレはというと、これはまた面白く珍しいものを見たと、切れ長の目が弧を描いている。


「何故私に問う?」

「いえ深い意味はございません。月の剣を手にしたとき、流れ込んできたのですよ。黄の国の王族には、古代の力を使うことが出来ると」


「面白い。だからと言って、私に問う理由にはならぬぞ」

 もっと分かりやすく話せ、とスファレは言わんばかりに肩眉を上げてみせる。


「えぇ、理由はここからですよ。古代の力を使えるということは、古代の人々の心を、そして経験を理解し、その体の構成に組んでいる。すなわち、貴女はこのムーンフォレストの過去の過ちを知っている。私が知る只の事実ではない、人の…当事者の心を知るから────」


「……ッフ。あぁ、面白い。お前は本当にダイアナに似ている。お前達家族は、本当に人を試すのが好きだな」


 スファレは、かつて同じ様に自分を試してきた旧友とクレタを重ね、血は争えないな、と息をついた。

 その姿は、今まで引きっぱなしにしていた弓の弦を戻したような、どこか気が抜けた様子である。

 そのせいか、緊張のみを含んだ空気は少しだけ和んだ。

 スファレはクレタのことを許したと言うことである。


 しかし、


「いくら、先代の王に似ているからといっても、このムーンフォレストは許してはくれぬぞ。なんせ、8年間もの長き時間の間、この森を放置していたのだからな。どうしたら良いかなんて自分で感じとれ。今もなお、森は叫び続けているぞ」


「森のこころを感じる……」


 何か思うことがあった、クレタは瞳に目蓋を被せ、視覚を遮断し耳を澄ませた。


▶▼▶▼▶▼▶▼▶


 ………暗く、なにも聞こえない、聴こえない。


「ッ?!」


 そのはずなのに、目を閉じているはずなのに、目の前に1人の少年がうずくまって泣いている姿が見えた。


 否、感じた見えた


「だ、大丈夫?」

 暗闇の中にぼんやりと浮かび上がっている少年に、恐る恐る声をかけた。


『う゛……。お兄ちゃん、だぁれ?』

「オレはクレタって言うんだ。君は?」

『僕はね、ルナイ・ロメル』


 少年は、鈴を転がした様な可愛らしい声で答えた。

 少年の髪は、青紫銀せいしぎん色で、瞳はクレタと同じ夜蒼よるあおの瞳をしていた。


「ルナイは、なんで泣いていたの?」

『ずっとね、人を待っているんだ。だけど、全く来ないの。ずっと待っているのに』

「そうなんだね」


 その姿は、とても寂しそうで儚げで、今にも消えてしまいそうな様子だった。


『そういえば、お兄ちゃん、クレタって言うんだよね……。ん? あれ?』

「?」


 どうやら少年-ルナイは、クレタという名前に聞き覚えがあるようだ。


『…クレタ。あぁ、やっと来てくれたんだね、クレタ。ずーっと待っていたんだよ。遊ぼう! クレタ。ずっとここで、永遠に』

「?! もしかして、待っていたのってオレのことか?」


 ルナイは飛び跳ねて喜んび、クレタに抱きつく。どうやら、長い間、待っていた人はクレタのことだったらしい。


『ずっと一緒にいてくれるよね?ずっとこんなに待っていたのに。また1人なんて言わないよね?なんで、ずっと来てくれなかったの?1人にしたの?ねぇ、なんで?寂しかったんだよ!』


 ここまで来て、ようやくクレタは理解した。ルナイはこのムーンフォレストそのもの、の様な人物。そして自分が、ずっと王の座を拒んだから、ここまで寂しい思いをしていた、ということを。

 ルナイは、大粒の涙を頬に伝わせていた。まるで、母親を無くした子供のようだった。


「ッ。ごめんね、ごめんねルナイ。ずっと1人にして。もう、大丈夫。これからは、オレがいるよ」


『……嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ。許さない。どれだけ僕が辛い思いをしたか分からないくせに!』


 そう言って、ルナイはクレタの腕を力強く握る。爪は、みるみるうちに伸び、クレタの腕から血を滴らせていた。


「ごめんね、ごめんね。本当にごめんね。辛かったね。辛かったよね。ずっとこんな暗い場所に独りぼっちは。でもね、オレもそうだった────」


 そうして、クレタは腕の傷の痛みに耐えながら、少しずつ、少しずつ今まであったことを分かりやすくルナイに語っていった。


 優しく、優しく、ルナイの悲しみを、苦しみを包み込むような慈愛を込めて。少しずつ、なぜ来なかったのか、これなかったのかを。


 時には、目尻に涙を溜めながら。

 時には、ルナイと共に涙を流しながら。



そして、

『……ごめん…なさい。クレタだって、色々大変だったんだね。つらかったのに、大変だったのに、月の紋章をちゃんと持っててくれたのに。そんなことも、知らないで僕………』

「いや、謝るのはオレだよ。ずっと独りぼっちにしてごめんね」


 本当にごめん、そう言ってクレタはそっとルナイから離れた。


『クレタ、もう行っちゃうの? また一人はいやだよ』

どこか不安になったのだろうか、ルナイは涙目になりながらクレタの衣をぎゅっと掴んだ。


「ごめんね、行かなきゃいけないんだ。大丈夫。また、戻ってくるから。それまで、待っててくれる?」

『……うん。戻ってきてくれるなら。待ってるよ、待ってるからね!』

「じゃあ、行くね」

『うん』


 頬を伝う涙は消え去り、ルナイの顔から笑顔が溢れた。青紫銀の髪と夜蒼の瞳は、先程と比べ、より一層きらきらと輝いている。


 それを確認したクレタは、何度も振り返り、何度もルナイに手を振った。そして、一点の光が見える反対側へ少しずつ歩みを進めていく。


 そして、だんだんと意識が現実世界へと浮上していった。



 





青紫銀せいしぎん色…十六夜 水明の造語。青や紫などの寒色を強く反射する銀の色。少し青や紫がかった銀。

 夜蒼よるあお色…こちらも十六夜 水明の造語。深夜の深い深い夜空の青色を指す。勿論、夜空には星々が浮かんでいる。そのため、所々金箔を散らしているかのように見える。)




書き手:十六夜水明 https://kakuyomu.jp/users/chinoki

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