第20話 つくもせんぺい

  青の国は他国に比べ、戦闘における力はない。

 水見……占いによって、各国との友好関係を築いていた。

 体制も特殊で、王族は普段から国内には居らず、実質五人の市長が国を管理していた。


 なら、本来中央に居るするはずの王族はどうしているのか。

 水見という異能をカードとし、各国を旅の一座として、また調査隊として渡り続けているのだ。各国もその事情を知っているが、水見で得られる恩恵は大きく、四国がムーンフォレストを中心に争うことなく存在する大きな役割を担っていた。


 ──僕がここに居た方が、多分いいよ。だからまだクレタと遊ぶから。


 青の王とハレーをはじめとする臣下たちは、赤の国に長期で滞在していた。

 ……なんのことはない、青の王が赤の次期王クレタと歳が近く移動することを嫌がったのだ。

 水見の力は加護を受ける王にしかなく、親だとて次代へ継げば消える。

 世話役を担う一座とて、王の予言が子どものわがまま染みていても無下にはできなかった。


 ──破滅の兆候が見える。ムーンフォレストが深く傷つくところまでしか見通せないってことは、森そのものが原因か、僕より月の加護を受けているクレタのことだろうね。


 森から【音】が響く数日前のこと、青の王は水見の内容をハレーにのみ伝えた。その行動は、本来なら咎められるものだ。ムーンフォレストの危機は、世界そのものの危機。それを臣下一人だけにのみ伝えるなど。


 しかしハレーは、王の孤独を、優しさを知り、クレタとの友情を見てきた。

 臣下としても、兄代わりとしてもだ。

 月の紋章に選ばれたからなんだというのだ。逃げたければ、逃げていい。

 青の王はいつもそう言っていた。

 押し付けるなら、大人が代われと。それが森の意思だとしても。


 ――だから、お願いだ。見届けてきてほしい。そしてもしクレタが望むなら、キミの力で助けてあげてよ。


 そしてクレタは逃げ、ハレーは安堵した。いまはそれを悔いている。





「……王はとんでもないことを押し付けてくれる」


 もうここはハレーの知る美しい森ではない。あるのは破壊のみ。

 そうひとりごちたとき、ルーナがクレタに呼びかけ、空間が光に満たされた。


 白、黄、赤、黒、青……。

 世界の始まりの物語とも同じ色、順番。


 クレタに光が収束し、月の紋章が輝く。彼の横顔の変化に、ハレーは兆しを感じ取る。

 水見の分水嶺はここだ、と。


「クレタ様!」


 ハレーは大声で呼び掛けた。


「まだ、あなたは逃げたいですか!!」


 どう答えてもいい。クレタが自ら選ぶのなら。


「もう、大丈夫だ!」


 彼の答えは、ハレーの知る少年クレタとの決別をハッキリと伝える。

 ならばと、ハレーは持てる手札を全て切ることを決意した。


「クレタさま! ルーナジェーナ! 我が主、青の王の言葉を授けます。――憎しみを溶かすことよりも、認められることの方が子どもには難しい。です!」

「意味わかんない!」

「そんなこと言っている場合じゃない」


 反応は散々なものだった。しかし、張り詰めた空気が弛緩し、ハレーは口元が上がる。


「問題ありません! 水見の案内がわたくしの役目!」


 状況を照らし合わせれば、ハレーにとってこの内容は分かりやすい部類に入る。


 ――黒の民ダークエルよりも、森と黄の王を認めさせる方が難しいからね?


 ということだ。ハレーが受け持つべきはダークエル。行動開始だ。

 腰の鞭を手に取り、割れた足場を跳ぶ。うねる木の枝に巻き付け、反動をつけ大きく跳躍し、スファレとダークエルの間に着地した。


 ダークエルは既にボロボロで、怨嗟の力だけで動いている。鞭を振るうと簡単に拘束でき、抵抗する力は残っていない。放っておくと自らの力で命を燃やし尽くすだろう。


「黄の王スファレよ! 全ての友国の青に免じ、わたくしの行動に目を瞑っていただきたい」

「ほう?」


 怪訝な顔をするスファレ。返事は待たない。

 彼にある力……生存と、逃走。

 この局面で命を落とすことは、それが誰であれ王とクレタの悲しみに、決断の妨げにもなる。そう確信していた。


「ダークエルよ、わたくしはそなたに謝らねばならんことがある!」


 図らずとも導きの光の物語を示したルーナ。

 感謝しつつ、ハレーは一座の吟じ手を思い浮かべながら声を張り上げる。

 大げさでいい、流れを光の方へ。


 ダークエルに近づき、なけなしの癒しの薬をかける。

 瞳から流れる血が消え、細かな傷が癒えていく。憎しみに歪められた顔つきがほんの一瞬だけ驚きに変わり、ハッキリと女性であることが分かった。恨み続けて呑まれた混沌に、自身の姿すら歪めていたのだ。


「この青の国のハレー。一時とは言え、そなたを男と見誤った!」

「なにを……」

「そう! その声も、多くの怨嗟を口にし涸れたのだろう。だがダークエル、そなたは勘違いをしている。黒の世界の先には、青の光があるのだ。全てを繋ぎ、混沌も流し薄めるために、我ら青の民は水と共に在る!」

「ほざくな! なにも知らないヤツが!」


 回復させたことで力をとり戻したダークエルから瘴気が吹きあがる。その黒く湧き出る瘴気に構わず、ハレーは彼女の正面から肩に手を置く。焼けつく痛みが走るが、伝えるのならこの時を逃がすともう救えないと何かが告げていた。


 四方からハレーに向かってくる木の根を、スファレが防ぐ。


「感謝する!」

「面白そうだ、やってみせよ」


 励ましともとれる一喝が飛ぶが、強き王は甘いと、皮肉った返しを呑み込んだ。

 やり遂げなければ意味がないのだ。この瞬間が、ハレーの役割の最低限であることを、彼自身が一番理解していた。


「分からないさ! ここに居る誰もが! だが我が青の王ならば、そなたの道しるべになる。わたくしもクレタ様を見届けた後、そなたの悲しみを埋める手伝いをすると誓おう」

「黙れ!」


 渾身の力でダークエルの肩を抑えつけたままハレーは呪文を口にする。

 王も認める、死なないための力、帰還のための転送呪文。足元から青い光の粒子が広がり、ダークエルを包む。


「そなたの美しい黒き瞳で使う術、一座で獣使いとしてわたくしと共に生きるのも一つの道だ」

「貴様……こんなっ、まだ私はっ!」

「すまない、いまはこれくらいしか思いつかない。我が王の盟友のため、ここは退場願おう。ダークエルよ、水面が光を映し水底が暗くあるように、光もそなたと共にある。輝きを知るからこそ、暗き怖さを知るのだから。ここが終わった後、必ずそなたに幸せを教えよう」


 消える瞬間、ダークエルの表情は悲痛に歪み、まだ何かを言いかけていた。

 ハレーの胸は痛むが、呪文が向かう先は一座の中。自分と同じく変わっていけると信じ、いまは決断を悔いる場合ではなかった。


 操るものが居なくなったことで、森に少しの静寂が訪れていた。

 クレタ、ジェーナがこちらを見ている。スファレもだ。

 驚いたような、呆れたような三者の表情に、ハレーは首を傾げる。


「何をするかと思えば戦場で求婚とは、青にもとんだ勇者が居たものだな」

「癒えた時に見えた顔、綺麗な人だった。弱っている心に付けこむなんて最低」

「ハレーは相変わらずだね」

「なっ、求婚ではありません! 相変わらずとは!? そんなこと言っている場合ですか! クレタ様、後のことはお願いします」


 ハレーは痛む手も忘れ慌てて叫んだ。青の王の破滅の兆しを覆す一助になれたかは、これからのクレタ次第だ。




書き手:つくもせんぺい https://kakuyomu.jp/users/tukumo-senpei

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