第5話 あまくにみか

 オレたちはとりあえず【音】がした方へ向かうことにした。


「あのさ、お前って名前あんの?」


 相変わらず頭の上を定位置にしている機械に尋ねた。オレは覚えていないけれど、こいつが言うにはずっと一緒に何かの調査をしていたみたいだし、きっと名前で呼び合っていたのではないかって、思ったんだ。


「ハア。オわすレだなんて、ヒドいでス」

「ごめんって」

「デは一時的ニ、ワタシのことは、ルーナとお呼ビくださイ」

「一時的にって、どゆこと?」

「本当の名前ハ、クレタさまが思い出しタラわかることでス!」

「……ひょっとして、怒ってる?」


 オレは尋ねたけど、頭の上からの返事はなかった。どうやら、めちゃくちゃ怒っているみたい。


 オレは仕方なしに黙って歩いた。本当は、ルーナがさっき言いかけた『ダイジなこと』を聞きたかったけれど、それは後にした方が良さそうな気がした。


 だって、火に油を注いだら爆発するだろ? 機械に油は——別におかしくないかも……。


 なんてことを考えながら、再び喉が渇きを訴えてきたので水袋を取り出した。


「そういや、これルーナがくれたの?」

「イイエ。ワタシではアリません。ダッテ、ワタシねてましタ」

「ええ? じゃ、これ誰の?」


 改めて水袋を見ると、楕円形の真ん中より少し下のあたり、そこに刻印がされているのに気がついた。さっきは、喉が渇きすぎていたから見逃していたようだ。


 水袋の刻印は、樹だった。


 まんまるの円の中で、大きく手を広げた樹。

 それはまるで——。


「ムーンフォレスト」


 声がしてオレは振り返った。

 すぐ目の前を鮮やかな蝶がヒラヒラと舞う。

 星屑みたいな鱗粉が落ちる。

 その向こう側に、誰がいるようだ。


 甘い香りがした。




書き手:あまくにみかhttps://kakuyomu.jp/users/amamika

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