第4話 結音(Yuine)

「クレタ……」


 まどろみの中で声がする。

 女の人のやさしい声。


「……を……ないで」

「……げて」

「生きて……から……」


 声は、途切れ途切れにしか届かないけど。

 靄のむこうから、クレタと同じ濃紺の髪の女性が語り掛ける。

 甘い香りが、クレタを包む。


「ははうえ?」


 ふと、クレタの口からこぼれた単語を消すかのように、


どおおん!


 森に大きな音が響いた。


「クレタさま。起キテください」

 頭上から降る機械音。


「【音】がシマした。調査に向カイますヨ」


 機械に促されるまま、クレタは瞼を開ける。

 立ち上がろうとして、地面に手をつくと、革で出来た水袋に触れた。

 誰かが置いてくれたのだろうか。このやかましい機械が用意してくれたのだろうか。

 考えるより先に、クレタは栓を抜き、口を付ける。

 乾いた身体に、さらさらと 水が流れこむ。


 クレタの首元で月の石が、ぽおうっと 淡い光をその身の中にしまい込んだ。

 クレタの背後から、はたはたと 1羽の蝶が飛んでいく。

 甘い香りを引きずりながら。

 蝶が隠れた木陰では、不敵な笑みを浮かべて、クレタの背中に視線を向ける者がいた。




書き手:結音(Yuine)https://kakuyomu.jp/users/midsummer-violet

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