第5話 実食
戻ってきた彼女は小さいサイズのピザを持っていた。メニューにあったスモールサイズだと思う。すでに4枚に切られており取り皿が2つついていた。
「ぞうぞ。」
差し出されたそれには、パイナップルがチーズの中に埋もれていた。
見た目の黄色さに驚きつつも覚悟を決める。
どこかで一つ気になることがあった。
「なあ、これベーコン入ってないのか? 」
そう、さっきメニューの写真を見た際にはあった、ピザに乗っていた赤いものがなかったのだ。
それに対してさぞ当たり前かのように彼女は答える。
「抜いた。」
「へ? 」
信じられない言葉を耳にした。ベーコンを抜いただと?
「ベーコンいらない。パイナップルとチーズが美味しい。」
もう深く考えないことにした。きっと根本的に俺と彼女は相容れないのだ。水と油。そもそも飯を食うのに覚悟を決めないといけない時点で意味がわからない。
「食べて。」
なのに食べさせようとしてくる。すでに店に入っているし、ピザも来ているから食べないわけにはいかないんだけど、どうしても見た目がやばい。だってパイナップルが温められて、チーズと混ざっているんだぞ? それ以外にトッピングがないんだぞ?
これは新手のハラスメントだ。名付けてパイナップルハラスメント。言い得て妙だ。
「食べないの? 」
目の前の女子が首を傾げて不安げに見つめてくる。それは反則だろ。そんなの食べないわけにはいかないじゃないか。
「食べてやるよ。」
覚悟を決め、大きめに一口、そのピザにかぶりついた。
チーズが伸び、口の中でとろける。程よい塩味とチーズ独特の旨みと香りが口いっぱいに広がる。生地ももちもちしていてチーズとよく合った。咀嚼を続けると時たま甘酸っぱい味が口に広がる。温めたおかげか知っている味よりも何倍も甘く、果汁が溢れ出る。それが口の中でまたチーズと混ざり合い、甘さと塩味が調和する。
初めて食べる味に驚いたが、正直言って悪くはなかった。認めたくはないが、不味くはない。
「いけないことはないな。」
まだ心の中にあるプライドが美味しいと言うことを許さなかったため、曖昧な表現になってしまう。
しかし彼女はそれを美味しいと解釈したらしく、
「でしょ!? パイナップルとチーズは合うんだよ! 」
自分のことのように喜んでいる。よほど嬉しいのか目を輝かせて体を前に傾けている。
そのせいで必然的に俺と顔が近くなっている。
今までパイナップルに意識を向けられていたからあまり気にしていなかったけど、俺今女子と2人で放課後にご飯食べているだよな。
それに無邪気なところとか、よく見ると顔も……
って何考えてんだ俺。相手はピザにパイナップル乗せて食べる子だぞ。確かに今回は不味くはなかったかもしれないが、めちゃくちゃ美味しいと言うわけでもない。普通に美味しくはあるってことだからな。
ただ、彼女があまりにも嬉しそうにするから、
「確かに思っていたより合うな。」
と言ってしまう。
そんな俺をみて満足したのか、彼女も自分のピザを掴み美味しそうに食べていた。
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