第12話 初めての

『あいたい。御徒町公園にきて』

 

 スマホにひまちゃんからメッセージがきていた。


 なんで!?御徒町公園!?どこ!?なんで、ひまちゃんがオレに!?


「お、おかちまち公園!!えっと、どこだ……」


 突然のことに頭が追いつかず、それでも公園の位置をマップで調べる。


「ココか!」


 徒歩8分、走れば半分くらいか!?はっ!そんなことより返信しないと!


『わかった!いますぐ行く!』


 メッセを送ったことを確認して、オレはすぐに走りだした。



「はぁはぁ、はぁはぁ……」


 公園に着いたオレはあたりを見渡す。夜遅くの公園には、誰もいないように見えた。あの子の姿を探し、歩いていく。すると、木の裏、街灯とベンチの近くに、ひまちゃんが立っているのを見つけることができた。

 短パンにパーカー、キャップを被っていて、前あったときとは、だいぶ印象が変わる服装だった。


「あ……」


 ひまちゃんと目が合う。


「きてくれたんだね」


 ニコッと微笑んでくれる。


 ドキっとしながら、


「も、もちろんくるよ!ひまちゃんに呼ばれたらすぐ!どこにいたって飛んでくるよ!」


 キザっぽいことを言ってしまう。


「えへへ///ありがと♡」


 ひまちゃんは今日も最高に可愛かった。


「あのさ……これ……」


 ひまちゃんが、恥ずかしそうにしながら、くしゃくしゃの手紙を見せてくれる。オレが送った手紙だ。


「あ!読んでくれたの!」


「う、うん……やっぱりこれってキミからなんだよね……なまえ、書いてなかったから……」


「え!?そんな!」


 あ!でも、たしかに書かなかったかも!うぁ〜!失敗したぁ〜……肝心なところでオレってやつは……


「ううん!すぐわかったし大丈夫だよ!遊園地行ったのなんて、キミが初めてだったし!」


 頭を抱えているダメなオレをひまちゃんが慰めてくれる。なんていい子なんだ。


「そ、そっか……なら、良かった……」


「う、うん、それでね。この手紙……すっごく嬉しかったよ、って伝えたくて」


「いや、そんな……オレは、ただ伝えたかったっていうか……あ!あらためてごめん!観覧車では無神経なこと言って!」


 大きく頭を下げる。


「大丈夫だよ!あのときは、ひまも勝手に悲しそうにしちゃって!ごめんなさい!」


 ひまちゃんもペコペコと頭を下げてくれた。


「いや!オレがごめん!」


「ううん!わたしがごめんなさいだよ!」


「いや!オレが!」


「ううん!わたしが!……ぷっ、あはははは!おかし〜。わたしたちなにやってるんだろうね〜」


「ふ、ふふ……たしかに、はは……お互いにずっとあやまって……あははは」


 ひまちゃんにつられて笑い出す。


「あははは!……はぁぁ……」


 息を整えてから、ひまちゃんが、少し真面目な顔に戻って、また、話し始めた。


「あのね、来てもらったのは、ごめんね、とありがとう、を伝えたくて。それに、キミのおかげでこれからも活動つづけようって思えたから、そのことで改めて、お礼が言いたくて」


「いや、オレなんかなにもしてないよ……」


「そんなことない!ひまはあなたに助けられたんだから!なにもしてないなんて、言わないで!」


 怒られてしまった。


「わ、わかった!え、えと、ど、どういたしまして?」


「ふふっ♪それでよろしい♪そういえば、ひまのことVTuberだって気づいてたんだね〜。いつからなの?」


「え??最初からだけど??」


「えー!!そうなのー!!バレてないと思ったのにー!」


 はっ!?そういえばそういう設定だったっけ!?

 ま、まぁいいか。あんな手紙書いといて今更だ。


「むー!なんかずるい!ずるいけど、まぁゆるそう!」


 許してもらえたのでよしとしよう。


「ははは……」


 なんだか気が抜けてしまった。身体がだんだんと軽くなるような気がした。


「あ!あのさ!もし良かったら今日のお礼に一曲歌うよ!どの曲がいいかな?」


「ええ!?そんなこと!?そんなのダメだよ!!贅沢すぎ!!ダメダメ!!」


 オレは全力で遠慮した。一般リスナーのオレなんかが、ひまちゃん様の生歌を聞くなんて恐れ多いからだ。


「え?……しゅーん……ひまの歌、聞きたくないんだ……悲しいな……」


 がっくりと肩を落とし、悲しそうな顔をするひまちゃん。


「そんなことないよ!!聞きたい!聞きたいよ!!めちゃくちゃ!でもそんなの1ファンの!ただのファンのオレには勿体なくて!!」


「……だよね!!やっぱ聞きたいんじゃん!もー!最初っから素直になりなよー!!ただのファンとかそんなのいいからさ!ひまがキミに歌を聞いてもらいたいの!」


 満面の笑みで顔を上げるひまちゃんがそこにいた。さっきまでの悲しそうな顔が嘘のようだ。

 あれ?あぁ、なるほど、凹む演技だったか。やられた。いや、まぁいいっか、可愛いし!


「それじゃ歌うよー!ひまのオリ曲にするね!!音源ないからアカペラだけど!」


「うん!お願いします!!」


「りょーかい!」


 敬礼のポーズをとりながら、タタタっと少し離れた位置に立つひまちゃん。そして、右手でマイクを持つようなポーズをしてから、


「~♪」


 いつも配信で聴いている、いやそれ以上に綺麗な歌声でひまちゃんが歌い出した。


「すごい……」


 最初、オレは呆然と立ち尽くす。推しが目の前で歌ってくれている。それを脳内フォルダに焼き付けようと必死だった。


「~♪」


 でも、歌っているひまちゃんに笑顔を向けられて、なにかしないと!と気づく。ペンライトはない。代わりにスマホを片手に持って、腕を振り出した。


「~♪」


 ひまちゃんは歌いながらオレを見て、少しおかしそうな表情を浮かべた。でも、綺麗な歌声は変わらない。


 最高だ、すごい。すごい贅沢な空間だ。そう思った。


 オレが感動の絶頂にいると、あっという間に曲は終わってしまう。


「パチパチパチパチ!!」


 オレは全力で拍手を送った。


「ありがとー!!」


 ひまちゃんが両手で手を振ってくれる。そして、タタタッと駆け寄ってきてくれた。


「どうだった?」


「すごかった!!すごすぎた!!感動して!感動して泣きそうだった!ううん!泣いた!」


「あはは!ホントだ!キミ泣いてるじゃん!も~、ひまのこと好きすぎ~」


「うん……うん……オレ、ひまちゃんのこと、大好きだから……」


「あはは……そんなはっきり大好きって言われると、照れちゃうじゃん///」


 ひまちゃんは赤くなってぽりぽりと頬を触っていた。


 その姿をみて、それに、こうして、ひまちゃんと普通にしゃべることができていることに感動して、オレのために歌ってくれたひまちゃんを思い出して、ひまちゃんが引退しないってことが、急に現実感を帯びてきた。


「ほんとに……よかった……」


 現実感は安心感となり、オレの意識を刈り取っていく。フラフラして……視界が歪んでいく……立っていられない。


「え!?どうしたの!?大丈夫!?」


「う、うん……ちょっと……ねむい……だけだから……」


 なんとか答えることはできたが、言葉は続かなかった。オレの意識は少しずつ途切れていく。


「きゃっ!」


 最後にひまちゃんの悲鳴が聞こえた気がしたけど、もう、身体の自由はきかなかった。



《花咲ひまわり視点》


 わたしは、今、公園のベンチで男の人を膝枕している。膝枕なんてはじめてだ。しかも男の人だなんて、ことちゃんあたりに見られたら叱られそうな光景だった。


「ふふっ、よく寝てる」


 彼は「スースー……」と寝息をたてながら眠っていた。相当疲れていたんだろう。


 そういえば、ことちゃんが顔色わるいとか言ってたっけ。顔をのぞきこむと、たしかにひどいクマが目の下にできていた。


「お仕事、たいへんなのかな……」


 コトッ。彼のポケットからスマホが転がりおちる。


「あ!あぶない!」


 ベンチから地面に落ちそうだったので、咄嗟に手を伸ばしてスマホをキャッチした。なんとか下に落ちずにキャッチすることができて安心する。


「セーーフ」


 ふと、スマホの画面を見てしまう。掴んだときに触ってしまったのか、メモ帳が開かれていた。見ちゃいけないとわかってはいたが、気になるタイトルを見つけてしまう。


〈ひまちゃんの歴史と気持ち〉


 そんなタイトルだ。気になる。

 彼の方をチラッとみる。ねている。


 フルフル。見ちゃいけない!そう思いながら頭をふる。

 もう一度彼を見る。「スースー」寝ていた。


「……ちょっ、ちょっとだけなら……」


 魔が差すというやつだろうか。言い訳をしてから、メモ帳を開いてしまった。


 メモ帳をスクロールしていくと、そこには、わたしがデビューしてからどんな活動をしていたのか細かく記されていた。

 〈デビューして最初は歌ってみたが多かった〉とか、〈しばらくしてその中の曲がバズって有名になった〉とか、〈ゲーム配信をはじめたら、ひまちゃんの良さが発揮してファンがふえた〉とか書いてある。


 思わずニヤけてしまう。彼が、ひまのことを知ろうとしてくれたことがすごく嬉しかった。楽しくなって、どんどんスクロールしていくと、〈このときのコラボ配信のコメントでひまちゃんは傷ついてたのかも。つかれたって言ってる〉〈このときも次の雑談配信でつかれたって言ってる〉〈つまり、辛い時にそう言うのでは?〉と書いてあった。


「……え?」


 そこで違和感を覚える。


「え!え!?もしかして!?」


 もう一度メモ帳の最初に戻り、スクロールしていく。

 これも!これもだ!


 ところどころのメモに、ひまがなんて言ったのか細かく記されていた。それこそ、切り抜き動画では切り抜かれないような些細なことだ。特に面白くもない、なんてことない一言。


 ひまがどう思ったのか、なにを感じたのかって予想が書き連ねてあった。そんな文章が大量に書かれている。いったい、どれだけの動画を見たのだろうか。


「っ!?もしかして……寝不足なのって……」


 もう違和感が確信にかわっていた。


「ひまの動画を、ずっと、見てたからなの?」


 気づいてしまったら、もう止められない。口をおさえて、彼が起きないように声をおさえる。


「……」


 ツーっ……

 でも、涙はこらえれなかった。声を出さずに、わたしは涙を流した。



 少し泣くと、落ち着いてきて、今度は彼を愛おしい、という気持ちでいっぱいになった。これも止められなかった。わたしはなにを思ったのか、彼の顔に自分の顔を近づけていく。

 やわらかそうなほっぺたである。どんな感触なんだろう。



《主人公視点》


 ポタっ。


 ん?なにか冷たいものが頬にあたる。なんだろう?

 うっすら目をあけると、ひまちゃんが口を押さえているように見えた。


 ひまちゃん?また目を閉じる。


 さっきのは、なんだったんだろう。冷たい水滴。口を押さえるひまちゃん。


 え?なみだ?涙なのか?


「っ!?」


 それに気づいたオレはすぐに目を開けて、飛び起きた。


「ひまちゃん!だいじょう……」


 カチッ。

 ひまちゃんと目が合う。なんの音だろう?あぁ、歯があたった音か。なにに?


 疑問を浮かべていると、口に柔らかいものが当たっていることに気づく。というか、ひまちゃんの顔近くないか?目の周りしか見えない。


「……んむっ」


 ひまちゃんの苦しそうな声がすぐ近くで聞こえた。


「……ぷはっ!」


 そして、口と口が離れる。ひまちゃんとの距離は、まだ近い。


「きゃ……」


 きゃ?


「きゃあ!!」


「おぉぉ!?」


 叫び声とともに、オレは地面に転がった。ベンチから転げ落ちたようだ。


「あ!?ごめんなさい!えっと!今のはちがくて!寝てる間にキスしようとか!そういうんじゃなくて!だって、急に起きるとか思わないじゃん!?だから、ひま悪くない!!」


 まくしたてられてしまった。

 キス?


「えと!これスマホ!落ちそうになってたから!持ってた!」


「え?うん、ありがと?」


「じゃ!じゃあ、ひまもう行くから!今日は色々ありがとうございましたでした!」


「あ!うん!わかった!えと、今日はお疲れ様でした!ライブすごい感動しました!」


「う、うん!!ありがと!!じゃ!じゃあ!またね!!」


 早口で色々と言い残し、ひまちゃんは足早に帰っていく。その後ろ姿が見えなくなるまで、オレは見守っていた。公園の地面に片肘をついたままで。




=====================

【あとがき】

1章まで読んでいただきありがとうございます♪

「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、あらすじの下にあるレビューから「★で称える」をいただけると助かります!


「もう一歩!」なら★

「頑張れ!」なら★★★


ブクマもいただけると泣いて喜びます!

なにとぞよろしくお願い致しますm(__)m

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