第11話 ファンレター

-20:00-


 ついに、ひまちゃんの記念ライブがはじまった。家まで帰っていると間に合わないと思い、駅近のファーストフード店に陣取り、スマホの画面を眺める。


 オープニングでは、ひまちゃんのこれまでの軌跡を辿るような映像が流れ、1曲目は、ひまちゃんが有名になるキッカケになったカバーソングからはじまった。


 コメント欄は大盛り上がりである。オレも楽しめてはいるのだが、今日で終わりだと思うと複雑な心境だ。


 それから、ゲストを招いて、こと様とのデュエット、他のメンバーとの定番アイドルソングなどを披露してくれた。


 途中のMCパートでは、〈記念ライブ版 大人数 剣道道場〉と題して、ライブに参加したメンバー全員で、こと様とチャンバラをするなんて企画も盛り込まれていた。


「今日こそ倒すぞー!」と息巻いていた ひまちゃんとメンバーたちであったが、1対8の人数差をものともせず、こと様の圧勝。こと様以外は地面に沈んでいた。


 そして、ライブはクライマックスだ。


 ひまちゃんのオリジナル曲。ひまちゃんの曲の中でも、1番支持されている元気いっぱいの曲だ。


 実にひまちゃんらしい。何度聞いても、最高の曲である。


 曲が終わると、ひまちゃんからリスナーへのメッセージが朗読された。メッセージの中には、リスナーに対する日頃の感謝が散りばめられていて、今日まで支えてくれてありがとう、という旨の言葉をゆっくりと聞かせてくれる。


 そして、ひまちゃんの記念ライブの幕は閉じられた。


 ライブに対するリスナーの反応を見てみる。コメント欄では、


――――――――――――――――

すごく良かった!

感動をありがとう!

――――――――――――――――


 というコメントもあるが、多くは困惑したものであった


――――――――――――――――

あれ?グッズ販売は?

おわり??

100万記念なのに新曲ないん?

――――――――――――――――


 そんな声が大多数であった。そう、今や記念ライブでお決まりであるコンテンツが影も形も見せないからだ。普通なら、記念グッズの販売があり、最後のトリは新曲のオリジナルソング、というのが定番の流れなのに、どちらもない。


 コメント欄がざわつく中、事情を知っているオレとしては「やっぱり……」と呟いてしまう。


 記念ライブでは引退宣言はなかった。だが、30分後にアンコールライブがメンバー限定配信である。

 

 ……きっと、そこで言うのだろう……


 オレは「ふぅ……」と息を吐いて、ボーっと天井を眺めていた。



《洲宮琴 視点》


 コンコンコンッ。わたしは、深呼吸してから大好きな大先輩がいる部屋をノックした。


「はーい!」


 中から、いつもの元気いっぱいのひま先輩の声が返ってくる。それを聞いて、逆に胸が締め付けられそうになった。

 このあとのアンコールライブで、ひま先輩は引退を宣言する。わたしは、泣きそうな気持ちを押し殺して、ドアノブに手をかけた。


「……失礼します」


「あー!ことちゃん!さっきはデュエットありがとうね!ことちゃんどんどん歌上手くなるねー!これは次のディメコネのエースはことちゃんかなぁー?」


 そう明るく話すひま先輩を見て、また胸が苦しくなる。エースなんて……それは、ずっとひま先輩でいて欲しかった……


「いえ……ひま先輩には……まだまだ及びません……」


 暗い声しか出せなかった。明るくしないといけないのに、感情がコントロールできない。


「……ことちゃん、ごめんね……急にこんなことになって……」


 わたしの顔をみて、ひま先輩が申し訳なさそうにしてしまう。


「い、いえ!そんな!ひま先輩は悪くないです!わたしが頑張れてるのもひま先輩がいてくれたからです!だから……だから!わたしはもっとひま先輩と一緒に……一緒にいたかっただけで……」


 必死に明るく振る舞おうとした。でも、だめだった。ポロポロと涙があふれ、声が出なくなる。

 そんなわたしにひま先輩が近づいて、優しく抱きしめてくれる。わたしの頭を撫でながら、「ことちゃんなら大丈夫、大丈夫だよ」と言ってくれる。


 でも、わたしが欲しいのはそんな言葉じゃなかった。〈一緒にがんばろう。これからも一緒にやっていこう〉って言ってほしかった。


 しばらくして、わたしが落ち着くと「大丈夫?」と言って、ひま先輩が顔をのぞきこんでくる。


「……はい。すみません」

 

 大丈夫とは言えない。


「あの……ある方からお手紙をお預かりしています」


「お手紙?ある方?」


「はい。ひま先輩もよくご存知の方です」


「んー?だれだろー?」


 ホントにわかってない様子だ。


「その人はこの1ヶ月、ずっと悩んでいたようです。ひま先輩と遊園地に行ってから、ずっと後悔していたんだと思います。先程お会いしましたが、たぶんしばらく寝れていないみたいで、ひどい顔色でした……」


 そこまでいうと、ひま先輩は察したのか、とても驚いた顔をしていた。


「え?でもなんで、ことちゃんが?」


 当然の疑問である。でも、それはいい。


「あの、もしよければアンコールの前に目を通していただけないでしょうか」


 言いながら、手紙をひま先輩に押し付ける。わたしの手は震えていた。これが最後の望みだ、そう思っていたのかもしれない。


 ひま先輩は、一瞬だけ躊躇(ちゅうちょ)し、わたしの震える手を見て、そっと、手をとりながら、あの人からの手紙を受け取ってくれた。


「うん。ありがと。読んでみるよ」


「……ありがとうございます」


 これでなにかが変わるかはわからない。でも、なにか変わってください、そう願いながら、わたしはひま先輩の控え室から離れることにした。



《花咲ひまわり視点》


「ふぅ……」


 そこには1通の手紙があった。きっとあの人からの手紙だ。ことちゃんが持ってきたのは不思議だけど、あの人からの手紙なのは間違いない。


 わたしを助けてくれたヒーローからの手紙。はじめてのおしゃべり会で最後にきてくれたあの人。ひまに助けられたって泣きながら伝えてくれたあの人。そのあと倒れちゃって、こっそり医務室で寝顔を見たのを覚えている。


 だから、酔っ払いに絡まれたとき、割って入ってくれたキミを見て、ホントにびっくりしたんだ。ヒーローみたいに助けてくれた人が、ひまに助けられたって言って泣いてたあの人だって。


 キミはひまが欲しい言葉をたくさんくれたよね。〈元気をもらってる〉〈助けてくれた〉〈オレもひまちゃんみたいに誰かを元気にしたい〉そんなあったかい言葉だった。


 そして、キミは、ホントにひまを助けてくれた。


 わたしがいつも言ってる〈一日一善〉っていうありきたりな言葉を言いながら、酔っぱらいに立ち向かうあなたはチョット頼りなくて、でも最高に輝いていた。ひまのヒーローだと思った。

 だから、ひまからデートに誘ってみたり、からかってみたりしちゃって、でも、キミはからかっても、素直にひまが好きだって言葉をくれてドキドキさせられちゃった。


 それから、キミにデートに誘われて、とっても嬉しくて、遊園地もとっても楽しくて、だから悩んでることを話してみようって、この人ならなんとかしてくれるかもって、ひまは思ったんだ。

 でも、キミの口からはみんなと同じ言葉がでちゃって……


 勝手に期待して勝手にガッカリして……ごめんなさい……そんな気持ちでいっぱいだった。だから、どう接すればいいかわかんなくなっちゃって、つきはなすような態度をとってしまった。


 でも、そんなキミが今日手紙をくれた。もう会うことはないかなって、ひまのこと嫌いになっちゃったよねって、思ってたキミから手紙がきた。だから、この手紙は読まないといけない。


 ひまのこともう嫌いって書いてあるとしても、ずっとひまのこと応援してくれてたキミの言葉は読まないといけない。そう思い、わたしは緊張しながら手紙の封をひらいた。


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ひまちゃんへ

 100万人達成おめでとう。

 僕がひまちゃんを応援しはじめたのは、まだまだ最近だけど、ひまちゃんの活躍をいつも嬉しく思っています。

 この前、遊園地に行ったときは、本当にごめんなさい。僕が言いたいことばかり言って、ひまちゃんを困らせてしまったと思っています。

 ひまちゃんといるのが楽しくて、すごく楽しくて、僕なんかがひまちゃんと同じ時間を過ごせていることに舞い上がってしまっていたんだと思います。

 いや、そうじゃないです……実は、ひまちゃんが引退するかもって話を前もって聞いていて、あのときは、ひまちゃんを励まして、辞めないでもらおうって、そんなことばかり考えていました。だから、空回りしてしまいました。

 傷つけてしまって、本当にごめんなさい。

 あれから、ひまちゃんの気持ちを知ろうって、自分が言ったことでなんでひまちゃんが傷ついたのかって、ずっと考えていました。

 ひまちゃんはいつも言っていたよね。「みんなを元気にしたい」「みんなを楽しませたい」って。

 僕も、そのおかげでツラいときを乗り越えることが出来ました。

 ありがとう。

 でも、ひまちゃんは、【自分が楽しくて、それでみんなも楽しい】のがホントの姿なんだと思う。

 ひまちゃんは、昔からぜんぜん弱音を言わなくて、でも大変なときに、ふと「つかれちゃった」って言うんじゃないかなって、そう思ったんだ。

 間違ってたらごめんね。

 だから、ひまちゃんが「つかれちゃった」なら休めばいいと思う。オレはひまちゃんが楽しそうにしてるところをずっと見ていたい。

 だから、ひまちゃんが楽しくないなら、つかれちゃったなら、【やめてもいいんだよ】

 どんなことがあっても、いつまでも大好きです。

-----------------------------------------------------------


………………ぽたっ。


…………ぽたっ。


……ぽたっ。


「うぅぅ……」


 わたしは、手紙を抱きしめながら、ぼろぼろと涙を流していた。気づいたら大粒の涙が頬を伝わっていて、止まらくなっていた。


「う……うぁぅ……うぁぁぁああ……」


 声もどんどん大きくなる。


 【やめていい】


 だれかにずっと言って欲しかった言葉だった。


 4年間配信をつづけてきて、イヤなことがたくさんあった。


『おもしろくない』『かわいくない』『まじめにやれ』『なめてんのか?』


 そんな心無い言葉を見つけるたびに傷ついてきた。


 リスナーのみんなは、そんなコメントが書き込まれると励ましてくれたり、優しい言葉をたくさん投げかけてくれた。でも、傷は少しずつ広がっていった。

 イヤな言葉を見ると、みんなの良い言葉がなにも見えなくなるようになった。優しい言葉を見ても、明るい気持ちになれなくなった。怖い心がとげが刺さったように、いつも頭の中にチラつくようになった。


 つらいくなったとき、最初のころは、よくスタッフさんやメンバーのみんなに相談していた。


 「やめたい」と、何度も言った。


 でも、みんなには、「やめないで」「一緒にがんばろう」って、言われた。みんながひまを必要としてくれてるのはわかったし、嬉しい気持ちももちろんあった。でも、それ以上につらかった。

 うん、疲れていたんだと思う。


 だから、キミにやめてもいいって、そう言ってもらえて、いま、ひまの心はすごい救われたんだよ。


 大好きだって言ってくれて、こんなダメダメなわたしみたいになりたいって言ってくれて、ヒーローみたいに助けてくれたキミが、ひまが一番欲しい言葉をくれた。


 だから、わたしは今、全部の感情が溢れ出していた。


 わたしが大声で泣いていると、ことちゃんとマネージャーさんが来てくれて、抱きしめてくれる。

 わたしは、2人の腕の中で、もっと大きな声で泣きつづけた。



「ひま、ホントにいいの?」


「うん!大丈夫!決めたことだから!」


「そっか……わかった。会社には私が説明するから、好きに楽しんでこい!」


「ありがと!いのちゃん!」



《主人公 視点》


 ひまちゃんのアンコールライブがはじまった。記念ライブから30分後の予定のはずが、15分遅れてのスタートだ。


 なにかあったのだろうか?


「みんなー!おまたせー!いっくよー!」


 スマホの中のひまちゃんは、いつもどうりに見えた。元気いっぱいだ。


 アンコールライブでは、ひまちゃんの歴代のオリ曲パレードで、記念ライブでは聞けなかった曲を沢山聞くことができた。中でも、名曲のアコースティックアレンジは、涙不可避の仕上がりであった。


「あぁぁ……これで終わりなんだな……」


 自宅でないことを忘れ、ため息混じりに呟いてしまう。


「みんなー今日はきてくれてありがとー!最後にひまから大事なお話がありまーす!まじめに聞くよぉーに!」


―――――――――――――――

【コメント欄】

 了解!

 ん?なんだなんだ?

 なんかイヤな予感が……

―――――――――――――――


 そんなコメントが流れている。やはり、物販や新曲が無かったことに違和感を覚えてるリスナーは多いようだ。


「みんなさ、今日のライブでグッズとかが無くて変だなー?って思ったよね?ごめんなさい!それには理由があるんだ!」


 コメント欄がざわつく。


「えっと、実は……ひまね……今日のライブを最後に引退しよーかなって……思ってたんだ……」


 ひまちゃんの真剣な声色にそれがウソでないことがわかる。


―――――――――――――――

【コメント欄】

 引退!?

 ……え?

 なんで!?イヤだよ!!

 やめないで(泣

―――――――――――――――


「えと、ひまね、ホントは、最近ずっと楽しくなくて……ううん!みんなと配信するのは楽しいんだよ!でも……ふとしたときにイヤなこと思いだしちゃったり……つかれたなーって……思うことがたくさんあったの……」


――――――――――――――――――――

【コメント欄】

 ぜんぜん気付かなかった……

 そんな……

 ひまちゃんとお別れなんてイヤだよ……

――――――――――――――――――――


「でもね!ついさっき、ひまのね!だいだいだーいすきな人からね!つかれたら休んでもいいよって!やめちゃえー!って言われたんだ!そしたら、なんだか気持ちが楽になっちゃって!」


――――――――――――――――――――

【コメント欄】

 ふむふむ、その人なかなかやるな

 おぉ希望が見えてきた

 ん?大好きな人??

――――――――――――――――――――


「だからね!ひまはこれからも頑張ろうかなって!がんばりたいなって思えたの!でもね、今まで通り、毎日配信とか……そういうのは難しいかもしれない……つかれたときはみんなにも言って、お休みもらいながら、楽しく配信していきたいなって……思ってます……それでも!それでも……みんなは応援してくれるかな?それでもいいでしょうか!」


 ……


 大きな声で宣言して、ひまちゃんは俯(うつむ)いた。


 コメント欄は動かない。リスナーも相当ショックだったのだろう。なんて声をかければいいのかわからないのかもしれない。

 いや!そうじゃない!少しして、すごいスピードでコメ欄が流れはじめた!大量のコメントで一瞬フリーズしていたのだ!


――――――――――――――――――――――

【コメント欄】

 あたりまえだよ!応援するに決まってる!

 ずっと前から!これからも!ファンだよ!

 ひまちゃんが好きにやればいい!

 だいすきだ!やめないでくれてありがとう!

 ひまちゃんさえいればイイ!

 生きててくれてありがとう!!

――――――――――――――――――――――


 ひまちゃんの涙をこらえた宣言に、温かいコメントが溢れかえった。


「みんな……ありがとう……うぅ……そんなにあったかい言葉……ずるいよ……うぅぅ……」


 ついに我慢できなくなった ひまちゃんは泣きながら、それでも嬉しそうにしゃべり続ける。


「ありがとう……ほんとにありがとうね……こんなわたしだけど……応援してくれて……ありがとう……これからもいっぱい迷惑かけるかもしれないけど……でも……みんなを元気にできるようにがんばっていくから……だから!!これからも!!よろしくお願いします!!」


 最後に力強い言葉を残し、アンコールライブの幕が降りた。


「……」


 オレは放心状態だった。


 ひまちゃんが引退しない?これからもひまちゃんの配信が見れる?


 信じられなかった。もう今日でお別れだと思っていた。でも、たしかにひまちゃんは言った。

 〈これからもみんなを元気にしたい〉って。聞き間違いじゃなかった。


 ボーっとしていると、つけっぱなしのイヤホンから「ピロンッ」というLINEの通知音が鳴る。


「!?」


『あいたい。御徒町公園にきて』


 オレの推しからのメッセージが届いていた。

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