第10話 気持ちを伝える手段
「……新井くん。本当に大丈夫?」
青い顔をしているだろうオレのことを、先輩がのぞきこんでくる。オレは、頭を揺らしながら、パソコンに向かっているのだが、わざわざ確認されるほど、やばそうな雰囲気を出しているらしい。
「はい……だいじょぶです……」
かろうじて、先輩に答える。
「いや……そうは見えないけど……」
相当顔色が悪いのだろう。さすがに自覚はある。連日深夜まで動画を見る生活を繰り返し、昨日にいたっては徹夜してそのまま会社に来ていた。
「……今日ははやく帰りな。そんで、休み明け元気になってなかったら、今の仕事は私が引き継ぐ。いいね?」
「はい……ご迷惑をおかけします……」
「迷惑なんて思っていない。週末はしっかり身体を休めなさい」
普段、飄々としている先輩には珍しい命令口調だ。かなり心配をかけてしまっている。
「はい……ありがとうございます。では、今日はお先に失礼します……」
先輩には申し訳ないが、週末は休むことはできない。むしろそこが本番なのである。
オレはこの1ヶ月で考えたこと、気づいたこと、ひまちゃんへ伝えたいことを手紙に書くことにしたのだ。いわゆるファンレターというやつだ。
昨晩のひまちゃんからの返信を見てから、直接言葉を伝えるのは難しいと悟り、ファンレターを送ることに決めた。ほんとうに些細な足掻きだが、引退する前にオレの気持ちを伝えたかった。今は、ファンレターの文章を考えているところだ。でも、その文章がうまく書けない。
自分が伝えたいことばかり書いてしまい、これじゃないこれじゃないと書き直すばかりだった。
ひまちゃんのために、ひまちゃんだけに、届くような文章を作らないといけない。
そう思いながら、今日も夜がふけていく。
♢♦♢
-記念ライブ当日 7:30-
オレは、朝一でディメコネの事務所があるDCビルの近くまできていた。ひまちゃんにファンレターを渡すためである。
結局、手紙が完成したのはついさっきで、郵便に出していては今日のライブに間に合わないということで、ここまでやってきたのだ。
DCビルには撮影スペースがあるはずだし、きっとひまちゃんもビルの前を通るはずだ。そのタイミングで直接渡そうという作戦だった。
なので、今はDCビルの出入り口が見える位置で待機している。
……ストーカーのようで気が引けるが、今は居ても立ってもいられない状況だ。通報されたらそれまでと諦めよう。
-12:00-
ひまちゃんは現れない。スタッフらしき人物は何人も入っていくのだが、ひまちゃんの姿を見つけることはできていなかった。
-16:00-
まだ、ひまちゃんを見つけることができていない。さすがにおかしい。ライブ開始が20:00。さすがにスタジオ入りしてないはずがない。
焦りが強くなり冷や汗が出てくる。Xを開くが、ひまちゃんのアカウントを見ても、
『もうすぐで記念ライブだねー!みんな期待しちゃっていいよー!最高のステージでみんなをメロメロにしちゃうんだから!』
くらいしか、ポストしていない。スタジオに到着した!なんて書いてあるはずもなく、なんの情報も得られないことに焦りが募る。
-18:30-
さすがにマナー違反かと躊躇(ちゅうちょ)してしまうが、しょうがない。最後の手段として、こと様に電話をかけることにした。
トゥルルルル。着信音の後、すぐにこと様が電話に出てくれる。
「はい、なんでしょうか。オジサン」
ジトッ、という効果音がつきそうな声色だ。
「あの!ひまちゃんって今どこにいますか!」
「なんですか?そんなこと教えれるわけないでしょう。ただのファンであるあなたに」
「オレ!ひまちゃんに伝えたいことがあって!それで朝からディメコネの前にいるんですが、ひまちゃんに会えなくて!」
「……なんですか?ストーカーですか?ホントに不審者になったんですね。オジサン」
こと様の対応は変わらない。
「オレ!この前からずっと何をやってしまったのか!ずっと考えていて!それで!ひまちゃんにそれを伝えたくて!」
成人男性とは思えない語彙力である。
「……それで、答えはでたんですか?」
「いえ……わかりません……でも!今伝えたいんです!今しかないんです!」
「……そうですか、わかりました。少ししたら外に出ます。待っていてください」
言い終わるとプツッと通話が切れる。しばらくして、DCビルからこと様が出てきてくれた。
「オジサン、さすがに事務所にくるのは良くないのでは?」
「すみません。でも、どうしてもひまちゃんに会いたくて……」
「あなたも分かってるかと思いますが、今日は記念ライブです。今お会いすることはできません」
「あ!オレは会えなくてもイイです!これを渡してもらえれば!」
そう言って、こと様に手紙を差し出す。
「……手紙?ファンレターですか?……今さら手紙なんて渡しても……」
怪訝そうにした後、悲しそうな顔に変わっていく。
「でも……それがオレの気持ちだから……」
「……わかりました。責任を持ってわたしからひま先輩に渡しておきます。でも、ひま先輩がこれを読むかどうかはお約束できません」
「もちろんです!ありがとうございます!」
オレは大きく頭を下げていた。こんなに有難いことはない。本気でそう思っていた。
「……かわらないですね。わたしみたいな小娘にそんな態度で……そんなあなただからもしかしてって……いえ、わかりました。手紙はお預かりします。とにかく、あなたはココから離れてください。警備員が長い時間不審な男が事務所を見ていると話していました。通報されたらオジサンも困りますよね?」
「は、はい!わかりました!なにからなにまで、ありがとうございます!」
「では」
オレは、手紙を持ったこと様が建物の中に消えて行くのを見届けて、その場を離れることにした。
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