第9話 まだ出来ること

 カチカチカチ。深夜、一人暮らしの男の部屋の中に、マウスのクリック音が鳴り響いていた。


「……なるほど…こんなことが……ふむふむ……たしかにこれは……」


 ブツブツと独り言を呟く怪しい男。まぁ、オレのことだ。深夜3:00、オレはひとりごとを呟きながらYouTubeで動画を見ていた。楽しむためじゃなくて、ある目的のために、ひたすらに動画を見続ける。


 遊園地に行って以来、ひまちゃんから連絡は来ていない。


 遊園地から帰ってきて、失敗したことに気づいたオレは、しばらく玄関に座って呆然としていた。ひまちゃんが引退してしまう。そして、オレはそれを止めることができなかったと確信したからだ。


 そして、しばらくしてから、こと様にメッセを送った。


『上手く励ませなかったです』とだけ報告し『そうですか……』という返信があってから、こと様とも、やり取りはしていなかった。


 そんなオレは、晴れて自由の身、難しいことを考えなくても良くなった、ハッピーハッピー。

 ……とはならない。


 ひまちゃんの悲しそうな顔をずっと思い出している。

 オレは、なにをやってしまったのか。必死に思い出して、まだなにかやれないのか、必死に考えるのだ。少なくともそれぐらいは出来るはずだ。



-翌朝-


 ピピピピピッ。何度目かのアラームを聞いてスマホを手に取る。


「や、やべぇ……そろそろ起きないと……会社遅れる……」


 深夜まで動画を見ていたツケがまわっていた。重い身体を持ち上げて、なんとか会社に行く準備をする。こんな生活もそろそろ1週間だ。仕事に影響が出るかもしれない。わかってはいるけど、やめることはできなかった。



 会社に出社すると、すぐに先輩が声をかけてくれた。


「おはよう新井くん。ねむそーだねー。寝不足かい?」


「おはようございます……ちょっとこの前の企画のことで考えごとをしていて……」


 ウソである。いや、ウソでないのだが、ここ1週間に限っていえばウソである。


 2週間前、うちの会社のお菓子とVTuberのコラボ企画を提案したのだが、見事に玉砕、でも諦めてはいなかった。どうすればコラボが成立するか頭を悩ませつづけていた。ひまちゃんとの、遊園地での一件がある前までは。


「おーそうかい。そりゃ熱心なことだね。まぁでもムリは禁物だよ。企画なんて気長にやるもんだよ。気長にね」


「はい、ありがとうございます……」


 後ろめたい気持ちを隠しつつ、オレは今日の仕事に手をつけた。



 自宅に帰ってきてからは、すぐにPCの電源を入れて、YouTubeを開く。


 ひまちゃんのチャンネルの勢いは止まらず、グングンと登録者数を伸ばしている。現時点で98万人、月末までには100万人をこえるペースだ。そのあと1週間ほどで記念ライブが開催されるとすると、引退宣言までの猶予は、あと3週間くらいしかない。

 ここが正念場である。


 そう逆算して、今晩もオレは動画を漁りつづけることにした。


♢♦♢


-2週間後-


「……おいおい、新井くん……さすがに顔色悪すぎだろ……どうかしたのかい?」


「い、いえ……大丈夫です……元気バリバリです……」


「いや、どこがだよ……仕事つらいなら、考えようか?」


「いえ!仕事は問題ありません!やりがいあります!本当に!」


 唐突にハキハキ話し出すオレを怪訝そうに見ながら先輩は、「う〜む?」と呟く。


「じゃあプライベートのことってことでイイかい?」


「はい……その通りです。すみません……」


 流石に職場で迷惑をかけてまでウソをつくわけにいかなかった。実際、いつもはやらない小さなミスが増えてきている。


「そうかい。なら深くは聞かないけど、その問題は解決する目処はあるのかい?」


「おそらく……あと1週間後には……なにかしらの結論が出ます」


 そう、昨日ひまちゃんは登録者100万人を達成した。記念ライブの日取りが1週間後と発表されたのだ。だから、良くも悪くもそのときに決着はつく。


「……わかった、じゃあ今週は様子を見よう。来週もそんな顔してたら、もう一度話そう。こっちは上司なんだ、頼ってくれて構わない」


「はい……ありがとうございます……」


 とても申し訳ない気持ちでいっぱいである。今の職場には上司にも恵まれ、ほとんど不満がない。迷惑をかけたくない気持ちは強いが、それ以上に強い気持ちが優ってしまっているのが現状だ。


 先輩のいう顔色が悪いらしいオレは1週間以内に自分に何ができるのか考えながら、今日の仕事をやりはじめた。


♢♦♢


-3日後-


 ひまちゃんの記念ライブは日曜日、3日後に迫っていた。今晩もオレは動画を見漁っている。


「……いや……そうじゃない……でも……」


 かなり焦りのある中、ブツブツと独り言を呟く。ひまちゃんはこの4年間ずっと頑張っていた。弱音を吐かずにずっとだ。でも裏ではスタッフや同僚にやめたいかも、と相談をしていた。その度、〈辞めないでほしい〉、〈がんばろう〉と支えてもらって、今も続けている、という話だ。


 ホントにリスナーには弱音を吐かなかったのか?そう疑問に思い、ずっと過去の動画を見続けていた。すると、ひまちゃんが大変なとき、ある一言を言ってることに気づく。あのとき、観覧車でも言っていた言葉だ。


「これ、だよな……」


 ひまちゃんからのSOS。そこまでは結構前に気付けていた。でも、だからといって、ひまちゃんになんて言えばイイのかは分からない。


 どうすれば、辞めないでもらえるのか。思考がループする。そもそもひまちゃんはなんのために動画配信をはじめたのだったか。デビュー当初から、〈自分が楽しいところを見てもらって、みんなも楽しんでほしい。元気になってほしい〉と言い続けている。それが行動原理なのだろう。


「ん?……だとしたら?……そうか!!」


 もしかしたら、すごく単純なことだったのかもしれない。それに気づいて、あわててスマホを手に取る。


 ひまちゃんにメッセージを送ろうとするが、その指がとまってしまう。数日前に送ったメッセージに今しがた返信があったからだ。


 オレからのメッセージはこうだ。


『土曜日とかに、少しでも良いので、会ってもらえませんか?30分とかでもいいので』


 そして、今しがたあった返信はこう。


『ん〜……ちょっといまは忙しいかなっ。ごめんね』


 いつものひまちゃんとは違う。シンプルな文体であった。


 オレは嫌われたのだ。そう確信し落ち込んでしまう。


 ……いやいや!そうじゃない!

 スマホを放り投げる。


 カチカチカチ!マウスを操り、ひまちゃんのチャンネルのトップページを開く。会ってもらえなくても何かできるはずだ。最近の動画を開いて、概要タブを確認する。その一番下に探していたものを見つけることができた。


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 花咲ひまわり宛て

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「ここだ……」


 なにをやるか決心してオレはペンを取った。

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