第8話 間違えた一言

 今日は、ひまちゃんとの二回目のデート。いや!ひまちゃんがVTuberを引退しないために、元気づける会だ!がんばってエスコートするぞー!

 オレが心の中で気合を入れていたら、駅の改札からひときわ可愛い女の子が駆け寄ってきた。


「あー!また先にきてるー!むー!今日は早めにきたのにー!やるじゃないかーキミー!」


「はははっ。そりゃこういうのは男が先に待ってるもんだよ」


「え〜?なにそれ〜(ニヤニヤ)キミって結構テンプレなこというよねぇ〜。おとこが〜とか言っちゃってさ。ホントはひまのことが好きすぎて早く来すぎちゃっただけでしょ〜?しょーじきに言ってみぃ〜?」


 今日もニヤニヤとオレの心を見透かしてくるオレの推し。下からニヤニヤと覗き込まれて、白旗を上げるしかなくなった。


「え、えと、そ、その通りです……すみません……」


「へ、へ~?そうなんだ……よ!よろしいでしょう!素直なのは花丸です!」


 変な口調になった ひまちゃんは、そう言いながら顔を背けて腕組みしている。もちろん顔は真っ赤である。


 自分から煽ったのに……なんて カワイイのだ……昇天しかけてるオレにひまちゃんが声をかけてくる。


「そ、それじゃ!はやく行こうよ!ひま、遊園地なんて久しぶり!めっちゃ楽しみにしてたんだから!」


 そう、今日はひまちゃんを誘って遊園地にきている。ここは遊園地に1番近い駅の改札口だ。


 女の子と付き合ったこともないオレが、なんでこんな気の利いた場所を選べたかって?もちろん、こと様の助言ありきのことだ。


 こと様曰く、「女子は夢の国に誘っておけば、大抵喜びます」とのことだ。あまりに経験値が少ないオレは、帰ってからとりあえずネットで調べてみた。


 検索ワード【初デート 夢の国】


 検索結果【付き合ってもないのに遊園地はキモいw】【その選択肢は絶対童貞w】


 ……めっちゃ不安になった。あまりに不安になりすぎて、こと様にメールしたところ、


『ある程度、好感度が高ければ問題ありません。それにひま先輩はおこちゃまです。夢の国で間違いありません』


 と言い切られてしまった。好感度うんぬんについてはなんともだが、後半部分については失礼ながら納得してしまった。


 それにしても、こと様は本当に本音を隠さなくなったものだ。なんか……毒舌になっただけのような気もするが気のせいだろう。


「ほらほら!はやくはやくー!」


「う、うん!いこうか!」


 ひまちゃんに急かされたので遊園地に向かうことにした。駅から歩いて向かい、遊園地のゲートまでは10分もかからずに到着する。


「じゃあチケット買おっかぁー!」


 チケット売り場には何組かが並んでいた。そこに向かおうとするひまちゃん。オレは颯爽とそれを制する。


「あ!ひまちゃん、これ!」


 チケットを2枚取り出して見せる。


「えー!なんでもう持ってるのー!?」


「えと、ネットで事前に買っておいたんだ。オレから誘ったわけだし、並ぶのも時間勿体ないと思って」


「そうなんだー!ありがとー!いくらだったぁー?」


 ひまちゃんがカバンから財布を取り出そうとする。


「いやいや!いいよ!オレが誘ったんだし!こういうのは男が出すものだって、偉い人も言ってた!」


「ええ〜なにそれ〜(ニヤニヤ)また変なこと言ってる〜。ん〜……でもそれだと良くない気がするなぁ〜。あ!じゃあ、ご飯とかは、ひまがご馳走するね!」


「ええ!いいよ!ぜんぶオレが……」


「ダーメ!」


 オレの言葉を遮って、ひまちゃんが両手の人差し指で×を作っていた。


「ぜんぶ奢りってのは、許しません!これは決定事項なの!」


 ぷんぷん!という擬音が似合いそうな表情で、ひまちゃんが言う。その仕草が可愛くってジッと見つめてしまった。

 怒られてるはずのに、『可愛すぎる……天使……』と思ってるオレはおかしいのだろうか?


「あ、はい、じゃあお言葉に甘えて……」


「ふふっよろしい!じゃあいこっ!えっと、まずはなに乗ろーかなー。やっぱ絶叫系だよね!あれ行こ!あれー!」


「う、うん!わかった!」


 言われるままに着いていく。

 そしてすぐに順番がやってきた。絶叫コースターのったの何年ぶりだ?結構こわかった……ひまちゃんは楽しそうである。


「次はホラー系いきたい!あれあれー!」


「も、もちろんOK!」


 ホラーハウスへと向かう。


「きゃー!こわーい!」


 ぜんぜん怖そうには見えない。なんなら楽しそうにひまちゃんは騒いでいた。


「そ、そうだね、ははは」


 オレの顔がひきつっていたのは内緒だ。


「あ〜キミってこういうのダメなの〜?(ニヤニヤ)おとこが〜とか言ってたのに〜。かっこわる〜い(ニヤニヤ)」


「い、いやいや!ぜんぜん平気なんですが!?」


「ぷっ、むりしちゃって〜。あはははは!」


 ひまちゃん爆笑である。その笑顔を見てオレもつい笑ってしまう。


「あー!おもしろかった!キミはこわそ〜だったけどね〜(ニヤニヤ)」


 ホラーハウスを出たところで、またからかおうとしてきた。


「イヤ?ソンナコトナイヨ?」


「ふ〜ん(ニヤニヤ)まぁいいや!じゃあつぎつぎ!」


「う、うん!」


 そんな調子でひまちゃんのペースに合わせてどんどんアトラクションに乗っていく。


 お昼には、ひまちゃんの奢りでキャラクターもののカレーをご馳走になった。キャラクターの形にくり抜かれたライスに具沢山のカレーがよそってあり、見た目重視かな?と思って食べたら、意外なことにとても美味しかった。


 それにしても、ひまちゃんはお金のことはしっかりしてる印象を受ける。以前、服を買おうとしたとき、オレが出そうとしても断られたし、今回もチケット代のかわりにご飯やおやつ、飲み物代なんかを出してくれている。事前にチケットを買っていなかったら、きっちり割り勘だと言い出すような気がするな。


「ん〜!あそんだね〜!そろそろパレードの時間だぁー!たのしみー!」


 時間はいつの間にか、18時をまわっていた。まわりはすっかり暗くなっていて、夜のパレードがはじまるまでに30分もないくらいだ。


「そうだね。じゃあ、このあたりでパレード来るの待ってようか」


「うん!そうしよー!」


 しばらくしたら、パレードの音が鳴り響き、つぎつぎと光り輝くステージが目の前を通り過ぎていく。そのステージの上でキャラクターたちが踊ったり手を振ったり、ステージの周りにはたくさんのダンス隊がパフォーマンスを披露していた。


 ひまちゃんは「すごーい!」「きれー!」と連呼していて、とても上機嫌だ。


 そんなひまちゃんを見て、オレもとても幸せな気分になっていた。でも、こと様から言われた〈元気が無い〉〈引退するかも〉という言葉が脳裏にちらつくのをとめられない。


 今日はひまちゃんを励まして引退を思い止まらせることが目的なんだが、はたして上手くいってるのだろうか?

 そんなことを考えてるとパレードは終盤になりつつあった。


 ぐいぐい。腕を引っ張られて横を向く。


「ねぇねぇ!ちょっと移動しよ!」


 パレードの音でひまちゃんの声に気づかなかったらしい。


「うん!わかった!」


 聞こえるように大きい声を出す


「もうすぐパレード終わるから、その前に観覧車いこー!今いくと観覧車から花火みれるんだよー!」


「そうなんだ!わかった!いこう!」


 言われるままについていく。離れたところに見える大きな観覧車に乗るらしい。あそこから見る夜景は綺麗なのだろう。でも、オレの脳内には、ずっとこと様の言葉が引っかかっていた。



 観覧車に乗り込み、向かい合って座る。


「はぁぁやっぱりこのタイミングだと空いてたね〜」


 ひまちゃんが窓から外を眺めて呟く。ひまちゃんの言う通り、観覧車にはすんなり乗ることができた。しばらくしたら花火が上がる時間だ。


「今日はありがとね。誘ってくれて。とっても楽しかったよ」


 疲れたのだろうか。ちょっとトーンダウンしたようなしゃべり方だ。


「ううん!こっちこそ来てくれてありがとう!オレもめっちゃ楽しかった!」


 不穏な空気を感じて、つい声が大きくなってしまう。


「えと、実はね、最近ちょっと悩んでることがあって……だからね……今日みたいに楽しい気分になれたのって久しぶりで……すごい感謝してるの……」


「そ、そうなんだ……」


 なんだかイヤな予感がする。


「あのね、わたし4年くらい前からずっと続けてることがあるんだ……でも、それがちょっとイヤになっちゃって……」


 ……VTuberのことだろう。こと様から聞いていたとはいえ、ひまちゃん本人から言われ、衝撃がはしる。まさか、ホントだったなんて……


「う、うん……」


 そう答えるのがやっとだった。


「なんていうか、昔からね。イヤだな〜って思うことはあったんだけど、そのたびにお仕事の、えと会社の人とかに、〈やめないでほしい〉〈ひまが必要だ〉〈一緒にがんばろう〉って言われてなんとかやってきたんだ〜。でも、今度スゴイ頑張った成果が出そうで、それでなんか……もう……ゴールしてもイイんじゃないかなって……なんか、つかれちゃってさ……」


「……」


 オレはなにも言えなかった。大好きなひまちゃんがVTuberをやめようとしている。100万人記念ライブでさよならになってしまう。もうひまちゃんを見ることが出来ない。イヤな想像ばかりが現実に近づいていく。


「あははっ……ごめんね……急に変な話して……なんのことかわかんないよね……」


「……」


 わかんなくないよ。ひまちゃんは気づいてないかもしれないけど、オレは、キミに助けられてから……ずっと、ひまちゃんのことが好きなんだ。ずっとファンでいたい。ずっとひまちゃんを見ていたい。


「えと、4年間もずっと同じことを続けてるのは……ほんとに……スゴイと思う……」


 月並みのことしか言えない。


「……うん、ありがと……」


 ひまちゃんの表情は暗いままだ。


「きっと、みんなひまちゃんのことが大切で……守らないとって……ずっと一緒にいたいって思ってるんだと……思う……」


「うん……」


 ひまちゃんと目が合う。


「あっ……だから……オレも……ひまちゃんにはやめないでほしい……」


 ひまちゃんは驚いたように目を見開き、そして静かにさっきまでの表情に戻る。髪に手をかけて、なるべく優しそうに微笑もうと努力して、でも、とても、とても、悲しそうに――


「ありがとう」


 その一言だけが聞こえてきた。


「っ!?」


 やってしまった。何も声がでない。でも、とりかえしのつかないことをやってしまったことだけはわかった。

 なにか!なにか言わないと!そう思い口を開こうとしたとき、花火の打ちあがる音と光で、すべての音は掻き消された。



 結局、オレはなにも言うことが出来なかった。観覧車からおりると、「じゃあかえろっか!」といつも通り元気なひまちゃんに戻っていた。でも、観覧車での悲しそうな顔が頭から離れなかった。だから、どこかカラ元気のようにしか見えない。


 それからゲートを出て、駅まで歩き、そこでひまちゃんと別れることになる。あっという間に時が過ぎたように感じた。


「今日は楽しかったよ!ありがとね!」


 元気いっぱいに見えるひまちゃん。


「う、うん……オレの方こそありがと……」


「じゃあね〜!バイバイ!」


「……」


 手を振りながら去っていくひまちゃん。そして、その去り際の言葉に〈またね〉が無いことに、オレは気づいていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る