第7話 推しの引退疑惑
翌日、渋谷のカフェにて、こと様と対面していた。いつも画面の中にいる人とリアルでも会えて、オレの心臓はバクバクいいっぱなしだ。
「今日は突然お呼びだてしてすみません」
「いえいえ!こと様からの呼び出しでしたらいつでも駆けつけますよ!」
「そ、そうですか?良い心掛けですね、不審者のわりには」
「ははは、ありがとうございます。あの!あらためて、登録者30万人おめでとうございます!」
そう、こと様は剣道企画をきっかけにブレイク、コラボでも積極的にドSな部分を見せるようになり、チャンネル登録者数がどんどん伸びたのだ。今は同期の中ではトップにまでのぼりつめた。
「記念ライブも最高でした!こと様の良さを最大限に発揮する選曲で!どれも感動しました!それに、最後こと様が涙ながらリスナーに手紙を読むところなんてもう……オレも泣いちゃいましたよ……」
「や!やめてください!急になんなんですか!恥ずかしい!」
「え?」
こと様の顔を見ると、いつのまにか真っ赤になっていた。そして、両手を前にだしながら、やめろやめろと振り回している。とてもキュートであった。
「はっ!?すみません!また熱が入って、まくしたててしまいました!」
バっと、机の上で頭を下げる。
「ふん!いつもそうやって、あなたはわたしをからかってきますよね!こんな年下をからかって楽しいんですか!オジサンのくせに!」
「え?からかってなんていないです。ホントにそう思ってるんで」
おそらくオレはキョトンとした顔をしていただろう。だって、本心からの言葉だったからだ。
「っ!?……まぁいいです。ありがとうございます」
お礼を言う、こと様の顔はまだ少し赤かった。
「今うまくいってるのも、少しはオジサンのおかげでもあるわけですし、ちょっとは感謝してあげてもいいですよ?色々アドバイスいただいたことも助かりましたし」
「いえいえ、全部こと様の努力の賜物です。自分はちょっとした気づき?みたいなものをしゃべっただけですので。全部こと様に魅力があるからの結果ですよ!世の中がやっと気づいただけです!」
「わ、わかりました!ありがとうございます!あなたが言いたいことは伝わりましたから!」
また、両手を前に出しながら顔を背(そむ)けてしまった。
はて?なにか変なことを言っただろうか?
「んんっ……だいぶ話がそれてしまいましたが、今日はわたし自身のことでお呼びしたわけではありません」
「ほう?といいますと?」
「今日はひま先輩のことでお話があります」
「え?ひまちゃんのこと?」
「はい……以前、ひま先輩が元気が無いという話をしましたよね?」
こと様からそのワードを聞いてドキッとする。以前、こと様から教えてもらってからずっと気になっていたことだからだ。
「はい……よく覚えています。気になっていましたので……」
「そのことなのですが……ひま先輩、もうすぐ100万人を達成することはご存じだと思います。……それでその……外部の方にこんな話をするのは、ホントはNGなのですが……その達成記念ライブをもって……ひま先輩は引退を発表するかもしれないんです……」
?
言葉が出なかった。こと様が何を言っているのかがわからなかった。いや、言葉は理解できた。ただ、なにを言ってるのか頭が整理できない。
ひまちゃんが引退?なにを?VTuberを?なんで?いやだ……なんで?わからない……
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「え?」
こと様に声をかけられて顔をあげる。
「お顔……真っ青ですよ?」
「え?」
また間抜けな声を出してしまう。オレの頭はすっかりフリーズしていた。なにも考えられない。目の前が真っ暗だった。
「……すみません、急にこんな話を聞かせてしまって……大丈夫です!わたしたちがなんとかしますので!あなたは何も心配しないでください!」
こと様が眉をしかめながら精一杯の去勢を張っているのを見て、やっと頭が働き出す。少し冷静になって、深呼吸してから、口を開く。
「ふぅぅ……えと……大丈夫です。いや、大丈夫じゃないですけど……もう少し詳しく教えていただいてもいいですか?」
「……はい、実は引退の話は何度も出ていたんです……ひま先輩は今年で4年目、わたしが体験するよりも多くの辛いことがあったと聞いています……その度、やめたい、やめようかな……という話はひま先輩から上がっていたようです……」
信じられなかった。オレがひまちゃんを好きになったのは5か月ほど前。それから配信は欠かさずみているが、そんな素振りは一切みえなかった。いつも元気いっぱい天真爛漫な姿に見えた。
もちろん、アーカイブや過去の切り抜き動画を漁ったりしてデビュー当時の動画も見ているが、そんなネガティブな内容の動画は見たことがない。もし、引退コメントや匂わせがあったなら、切り抜き師たちが見逃すわけがない。そんな切り抜き動画さえないのだから、リスナーの耳には一切届いていないのだろう。
「そんなひま先輩の辛い時期には会社のスタッフが全力でケアしていたと聞いています……ひま先輩はディメコネのエース、うちの会社で最初にデビューした人ですので、会社総出で必死に止めていたそうです」
それはそうなるだろう。ひまちゃんはディメコネのトップVTuber、そんな彼女が引退したら会社も大打撃を受ける。
「わたしたちも辞めないで欲しいことを伝えたり、なんとか元気になってもらおうと努力はしているのですが、もう少しで達成する100万人を機に最後のLiveをやって引退宣言をしたい。と、そう ひま先輩が言ってるらしいんです」
「そんな……」
そう呟くしかなかった。ホントは〈なんで!どうして!〉と喚きたい気持ちだが、こと様にそんなことを言ってもしょうがないだろう。こと様もツラいのは顔を見れば明らかだ。
「そこで、ひま先輩にどうしたら辞めないでもらえるか、あなたに相談しようと思ったんです」
「オレに?えと、なんでオレなんかに?」
オレなんかがどうにかできる問題ではないような気がするのだが……
「それは、あなたと話している、ひま先輩が私が見る中では1番元気だからです。だから……わからないですけど……あなたならもしかしてと思って……」
驚いた。オレの中では、いつも元気いっぱいなひまちゃん。そんな子が実は元気がなくて。でも、オレと話してる時は元気になってる?ぜんぜん想像がつかなかった。
こと様のことを見る。こと様は俯きながら、紅茶のティーカップを見つめていた。浮かない表情である。というか、かなりツラそうだ。嘘を言っているようには見えない。
「……わかりました。オレなんかが何ができるか分からないですが、力になります!
なりたいです!協力させてください!」
「ホントですか!ありがとうございます!」
こと様に少し笑顔が戻る。でも、その表情はみるみるうちに曇っていく。
「でも……なにをすればいいかは、わたしにもわからないんです」
「そ、そうですよね……」
2人して黙ってしまい、重い空気が漂った。
「……あの、最近はひま先輩と会ってるんですか?」
「え?いや、あのとき以来会ってないですが?」
「……え!?あのときって、わたしと会った日のことですか!?」
「は、はい、そうですが?」
こと様はなにを驚いてるんだろう?
「はぁぁぁ……信じられない。あなたはひま先輩がつらいときになにをやってるんですか!……もっと何回も会ってると思ったのに……1ファンなら、しっかりひま先輩を支えてください!」
「め、めんぼくないです。でも、アイドルであるひまちゃんと会うのは恐縮というか、恐れ多いというか……」
「……いくじなし」
「うっ!?」
なかなかに攻撃力が高いジト目で見られてしまった。たしかに、勇気がなくてお誘いができなかったことは否めない。そこを的確に突かれた気分だ。
「とにかく、ひま先輩をお誘いして、慰めるとか元気づけるとかしてみてはどうですか?」
「えぇ!?オレから誘うってことですか!?」
「当たり前です!男でしょ!オジサンでも!」
……オレ、まだオジサンじゃないし……いやいや、そんなことはどうでもいい。
でも、たしかに、ひまちゃんにまたデートしてあげるって言われたのに、自分から誘う勇気は出ず、ここまでズルズル来てしまった。
誘うなら、たしかに今じゃないだろうか?下心があるならまだしも、今はひまちゃんのピンチだ。今動かなくてどうする。
……まぁ、ひまちゃんともっと仲良くなりたいって気持ちはあるけどさ……
「わ、わかりました。な、なるべく早くひまちゃんをお誘いして……お話ししてみます」
「……いつですか?」
「え?」
鋭い目でこと様に睨まれる。全てを見透かしているように。
「いつ、誘うんですか?」
「え、えと、あ、あしたとか??」
バンッ!
「今誘いなさい!」
テーブルを叩きながら怒られてしまった。
「は!はい!わかりました!今メールします!」
♢♦♢
-週末-
あのあと、こと様にメールをチェックしてもらいながら、無事ひまちゃんをお誘いすることができた。
女の子を誘ったことがないオレとしては、たいそう緊張したのだが、ひまちゃんからはすぐにOKの連絡がきたのだ。いつものメールより心なしか♡が多いように感じてしまった。オレの推しはホントに天使である。好きだ。
フルフルッ!浮かれた考えを切り替えるように頭を振る。
ちがうちがう!今日はひまちゃんがVTuberをやめないように励ます会だ!こんな浮かれ気分じゃ絶対ダメだ!
そう思い直し、オレは自宅のドアを開け、推しが待っている場所に向かうことにした。
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