第5話 後輩VTuber襲来

「あ、あの……なにか?」


 ひまちゃんとデートしてカフェで別れた後、近くの席に座る見知らぬ少女に睨まれていた。


「ちょっとお話よろしいですか!」


 その子が立ち上がり、オレの前までやってくる。キョロキョロ見渡すが、間違えなくオレに話しかけてきていた。


「え!?いや……よよよ、よろしくないです!」


「なんでですか!少し話をするだけです!」


「いや、だって、キミみたいな学生の子に知り合いなんていないし!?」


 その子はどこか育ちの良さそうな学生服に身を纏い、背中には竹刀?を入れる長い袋のようなものを背負っていた。JKである。JKに知り合いなど、いないのである。


 黒髪を腰の近くまで伸ばしたその少女は、とても品の良さそうな出立(いでたち)であった。……オレを睨みつけているところを除いては。


「わたしだってあなたのようなオジサンに知り合いはいません!」


「お、おじ!?オレまだ25なんだけど……いや、そんなことより、じゃあなんで!?」


「……自己紹介がおくれました。私、ディメコネで洲宮 琴(すのみや こと)として活動している者です。今日は、ひま先輩のことでお話があり声をかけさせていただきました」


「……すのみやこと?」


「はい」


「こと様!?」


「そうです」


 洲宮 琴(すのみや こと)、半年前にひまちゃんと同じプロジェクトからデビューした新人VTuberである。特徴は、黒髪ロングに真面目な風貌、凛としていて自分が正しいと思うと融通が効かない女の子だ。そして、少し上から目線の口調であることから、こと様と呼ばれている。いわゆるお姉さん系のキャラである。


 だから、今目の前にいる少女と本人が全く結び付かない。身長は、こと様にしては小さいような気もするし、バストにいたっては……


「どこみてるんですか?不審者……」


「い!?いや!?どこも!?」


「やっぱり、不審者ですね……ちょっとひま先輩のことでお話があるので、少しお時間よろしいですか?」


「は、はい……それにしても、ホントにこと様なんですか?なんかイメージというか、声も違うような……」


「んんぅ……」


 オレの指摘に、目の前の女の子はムッとしたあと、咳ばらいをして話し出した。さっきまでとは別人の声が聞こえてくる。


「ごきげんよう、今日もいいお天気ですね♪本日もよろしくお願いいたします♪」


「……こと様!本物だ!すげぇ!!」


 オレは、いつも配信で見ている人が目の前に現れ、テンションが急上昇した。ひまちゃんの次に配信を見させてもらっている人だからだ。


「ちょっと!騒がないでください!この不審者!」


「あ、はい!すみません!こと様!」


「なんなんですか、あなた!大人のくせに!急に態度かえて!きもちわるい!」


「申し訳ございません!こと様!」


「……キラキラした目で見るのやめてもらっていいですか?きもちわるいです……」


「努力いたします!こと様!」


「はぁぁぁ……もういいです。とにかく話があるので、座らせてもらいますね?」


 こと様が、さっき、ひまちゃんが座っていた席、つまり、オレの正面に腰かける。一日に2人も有名人と会えるなんて、なんて贅沢な日なのだろうか。


「えと、話というのは?こと様?」


「……その呼び方、やめて欲しいのですが……まぁいいです。話というのはひま先輩のことです。あなたはひま先輩とどのようなご関係で?」


「え?ご関係?なんだろう??神と下僕?」


「はぁぁ?」


「いや!ただの1ファンでございます!こと様!」


「ふぅ。ただの1ファンがプライベートで会ってるんですか?」


「いや、今日はこの前のお礼をしたいって、ひまちゃんから言われて……」


「お礼?」


 オレは、ひまちゃんがチンピラに絡まれていたときの出来事を出来るだけ詳しく、こと様に伝えることにした


「なるほど、それでひま先輩はお礼のためにあなたにファンサービスをしていたと

でしたら納得です」


 まぁ、ひまちゃんは自分の正体バレてないと思ってるからファンサービスとは違うような気もするけど、ややこしくなるから黙っておこう。


「では、なぜひま先輩はあんなに楽しそうなのでしょう?」


「え?なんでって、ひまちゃんはいつも元気いっぱいで楽しそうだけど?」


「はぁぁ……そうですか、何も知らないんですね。あなたと話せば何かヒントが得られると思ったのに……」


「え?ひまちゃんになにかあるの!?」


 こと様の憂鬱そうなその態度につい大きな声を出してしまった。


「ちょっと!静かにしてください!他の方の迷惑です!」


「す、すみません……えと、それでひまちゃんになにか?」


「……ただの1ファンにお話するのはどうかと思いますが、ひま先輩 最近少し元気が無くて……心配だったんです。わたしたちもなるべく気をつけて声をかけたり、お食事に誘ったりもしているんですが、うまくいかなくって……」


「そ、そうなんだ、オレといるときはそんな風に見えなかったけど……」


 キッ!こと様に睨みつけられる。


「そうです!だからあなたと楽しそうにしているひま先輩をみておどろいたんです!気に入らない人ですね!」


「す、すみません……」


「ふぅぅぅ……いえ、大丈夫です。ひま先輩が元気なのが1番大事ですから。問題ありません。あなたは気に入らないですが」


 ふと見せた少女のとても優しい表情にドキっとする。


「そ、それはありがとうございます!あ、やっぱりこと様はひまちゃんのこと大好きなんだね!」


 テンパりをごまかすために余計なことを口走ってしまう。


「な!?べべべ、べつにそんなことないですが!同じ事務所に所属している仲間として先輩が男と会っているのを危惧していただけです!勘違いしないでください!この不審者!」


 ……真っ赤である……てぇてぇありがとうございます……ごちそうさまです……


 突然のてぇてぇの供給に、思わず手を合わせてしまう。合掌。


「……なにしてるんですか?気持ち悪い……」


「はっ!?すみません!つい!」


「はぁ……もういいです。とにかく、あなたもファンとして節度を守ってひま先輩と接してください。わたしからは以上です」


「はい。えと……会うな、とかは言わないんですね」


「……少し考えましたが、言いません。わたしたちでなんとか出来なかったのは悔しいですが、ひま先輩が元気になったならそれでいいので」


「そ、そうですか」


 リアルでも配信でも元気一杯なひまちゃん。だから、同僚のこと様から元気が無いと言われても全然ピンとこない。でも、この会話で、モヤモヤするものが残ってしまった。すごく気になるけど、オレなんかには確かめる術はない。


「それに……わたしも他人のことを心配してる身分でもないですしね……」


 ぼそりと、こと様が弱音のようなものをこぼす。


「え?どうかしたんですか?こと様も、なにか悩みでも?」


「……あなたもディメコネのことを知ってるならご存じだと思いますが、わたしだけ伸び悩んでますから……」


 ふむ?洲宮 琴(すのみや こと)はデビューして半年、いまのチャンネル登録者数は10万人くらいだっただろうか?


 ひまちゃんは4年前にデビューしていま90万人くらいだから、そこと比べるのは酷すぎる。たしか、こと様と一緒にデビューした同期の2人は20万人は越えていたような気がするので、それのことを言っているのだろうか?

 一般人からしたら、10万人でもスゴイと思うのだが、やっぱり周りと比較して気になってしまうものなのだろうか。


「えと、こと様も十分魅力的だと思いますけど……」


 目の前の少女は暗い顔をしているのに、オレは差し障りのないことを言ってしまう。


「……ありがとうございます。でも、わたしに何もないから伸びないんでしょう……結果がそういっています……」


「っ!?」


 こと様本人に自虐的なことを言われて、なんだか無性に腹が立った。何もないなんて、こと様に思って欲しくなかった。


「そんなことないです!こと様の普段は高圧的だけど、ひまちゃんと話すときは優しい声色になるところとか!とても可愛いと思います!それに、毎日早朝に配信して、みんなにいってらっしゃいって言ってるところもスゴイと思います!オレもそれで今日も仕事がんばろうって!こと様に応援してもらってるような気がしてました!それに!こと様が学生だなんて知らなくて!学校もあるのに毎日朝配信はマジでスゴイです!あと!こと様はもっと前に出たほうがいいと思います!コラボのときもあんまりしゃべらなくて残念だなって思ってて!プロレスもぜんぜんしてくれない!ひまちゃんともっとしゃべれば皆こと様の魅力に気づくはずです!」


「ちょ!ちょっと!もういいです!やめてください!」


「はっ!?」


 またキモオタ早口モードに入ってしまったようだ。怒られたので口を閉じる。


 こと様はというと、両手を前に出して待てのポーズをしている。顔は下を向いていて、表情はよくわからない。でも、少し頬が赤いような気がした。


『な、なんなのこの人!急に色々言い出したかと思ったら、わたしのことスゴイよく見てくれてるし。ひま先輩と話してるときの声色!?そんなこと、はじめて言われた!わたしそんな変なしゃべり方してるのかな!?あぁ!もう!とにかく恥ずかしい!』


「んんっ!……ま、まぁいつも配信みていただいて、ありがとうございます。リアルでこういうこと言われるのはなかなかないので、そ、それなりに嬉しかったです」


「い、いえ、急にまくし立てて、すみません……なんか、こと様の悪口言われてる気がして、何か腹が立っちゃって。本人のことなのに……すみません……」


「そ、そうですか。まぁ……そう思っていただけるのは、悪い気はしませんね。不審者にしては良い心掛けです。褒めてあげます」


「あ、ありがとうございます」


「……ふふ、変なおじさんですね。急にお説教をはじめたと思ったら、こんな年下にずっと敬語で。ほんと変な人です……」


「あっ」


「なんですか?」


「いや、笑顔とても魅力的です。配信でも笑ってるところがみたいです。そうすればきっと……」


「っ!また急にそういうこと言って!通報しますよ!」


「す、すみません!ディメコネのことになるとつい熱が入っちゃって!オタクすみません!」


「いえ、もう結構です。あなたのことはなんとなくわかりました。今日言われたことは少しは参考にさせてもらいます」


「ありがとうございます」


「でも……つぎのコラボのネタで悩んでるんですよね……急にひま先輩とたくさんしゃべるっていうのも難しいですし」


「あ、えっとそれなら1つ提案いいですか?」


「え?」


♢♦♢


-数週間後-


 オレは、ニコニコしながら、こと様とひまちゃんのコラボ配信を眺めていた。


「よろしくお願いします!こと先生!」


「ひまさん、うるさいですよ。静かにするように」


「は、はぁ〜い……」


「では、まずは素振りからはじめます。かまえ!いちっ!にっ!」


「いちっ!にっ!」


 あれから、こと様は新しいコラボ企画として、〈こと先生の剣道道場〉というシリーズをはじめた。そして、この企画が大盛況となり!多くのファンが増えることになった。

 かくいう、この企画のきっかけは、何を隠そうオレの発案だ。だからなんだか鼻高々である。


 と、いうのも、こと様とはじめて会ったあの日、竹刀のようなものを持っているのがずっと気になっていたのだ。こと様は黒髪ロングの美人キャラ、純和風な雰囲気と高圧的な態度が剣道としっくりくるな、と感じたのだ。そこで、「剣道やってるなら、それを仲間に教える企画とかどうかな?」と提案してみたところ、それがハマったのである。


「それでは、次に模擬試合はじめます!では、はじめっ!」


「やぁ〜〜」


 ひまちゃんがフラフラと剣を振りかざす。


「あまい!」


 ビシっ!こと様の竹刀がひまちゃんの腕を打つ。


「ぎゃっ!」


 アイドルらしからぬ声をあげてひまちゃんが剣を離して倒れ込む。


「へぶっ!いたーい!ぴえん……」


「ぴえんではありません、ひまさん、まだまだですね……お仕置きが必要です」


「え?」


 ビシッ。


「いた!」


 ビシビシッ!


「いたた!ことちゃんいたいよぉ〜」


「こと先生ですよ!」


 ビシビシッ。こと様はニヤニヤを隠そうともせず、竹刀を振る手を止めない。


「やぁ〜ん、みんなたすけてぇ〜」


「ふふっ、大好きなひま先輩の悲鳴……いいものですね……かわいい……」


 ビシビシビシッ。


 これである。この、こと様の本性がとても反響を呼んでるのである。巷では、〈ドSお嬢〉、〈ディメコネの女王〉、などという愛称が定着しはじめており、〈俺氏もこと様にお仕置きされたい!〉〈踏んでください!〉なんてコメントで溢れかえっているのだ。


 ……変態のファンが増えたのは気がかりだが、それもまぁいいだろう。オレたちオタクは大なり小なり変態なのさ。……もちろん節度はわきまえてるよ?


 それともう一つ良かったのは、こと様がひまちゃんのことを好きなのを隠さなくなったことだ。


 ある日のコラボで昔からひまちゃんのファンだったことを告白、それを聞いたひまちゃんがこと様をハグ、真っ赤になって何も言えなくなった、こと様にも大きな反響があった。


 当時、〈ひまこと てぇてぇ〉という切り抜き動画が乱立したのを覚えている。そんなこんなで、こと様は自分の本音を少しずつ出すようになり、今回の剣道企画で本性が開花、大人気となったのだ。

 チャンネル登録者数もどんどん伸びて、同期の子たちに追いつくんじゃないかというペースだ。このまま伸びてほしいものである。


 個人的には、推しの子の登録者数は関係ないと思っている。自分が好きならそれでいいのだ。でも、今回のことで配信者も登録者数のことで悩む、という気持ちがあることを知った。それを知ってしまったら、どんどん増えることを応援するしかないのではないだろうか。


 とにかく、こと様はいい波に乗っているところだ。ひまちゃんとも仲良くなって、てぇてぇを見せてくれるので、オレとしても最高に幸せな時間を過ごさせてもらっている。


 ……ただ、気掛かりなのは、こと様が言っていた、〈ひまちゃんが最近元気が無い〉という言葉だった。そのことが今もずっと頭から離れない。

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