第4話 VTuberの中の人とデートしてみた

 ゴォー。日曜日、オレはボーっと掃除機をかけていた。ひまちゃんのライブ翌日である。


 居酒屋の畳の上で、ひまちゃんとしか思えないセリフを吐いたあの女の子は、そのあと、急に正気に戻って色々とまくしたてた。


「え?ひまちゃん?……なんのことぉ?ひま、わかんないなぁ。あ!LINE教えてよ!LINE!今日のお礼したいし!はい!これ、ひまの連絡先!はい!じゃあまたねー!バイバーイ!ありがとー!」


 と言って颯爽と店から出ていったのだ。


「てか……自分で〈ひま〉って言ってるし……はぁぁ……」


 あのとき起きたことがイマイチ現実感がなく、ふわふわしていた。順番に振り返ろう。

 まず、ひまちゃんがチンピラに絡まれる。ひまちゃんがチンピラ相手に火に油をそそぎまくる。チンピラがキレる。オレ登場。オレ退場。なんか、ひまちゃんに感謝されて連絡先もらう。

 イマココ。


「うーん……わからん」


 とりあえず、あのチンピラに殴られたあと、騒ぎを聞きつけた警官が走ってきてチンピラは逃げたらしい。それで、居酒屋の中で喧嘩を見学していたオジさんたちがオレを店の中に運んでくれて、店長とひまちゃんが介抱してくれた、というのがことの顛末らしい。(店長談)


 ピロン。頭を整理しているとLINEの通知音が鳴る。あれ?マナーにしてなかったっけ?


『昨日はありがとー‼️たすけてくれてうれしかったよ✨叩かれたところ大丈夫❓いたくない❓お礼したいから来週の土曜デートしてあげるね❤️』


 !?!?!?

 なんだこれ!?誰だ!?ひまちゃん、だよな??


 デート?デートってなんだっけ?ちなみに頬はけっこう痛いですけど?え、これどうすんの……ひまちゃんとまた会えるのは嬉しいけど……というか、この子ひまちゃんだよな?えと、なまえ、なまえは……


 LINEのなまえは、〈ひまり〉になっていた。


「そのまんまじゃん」


 思わず呟いてしまう。


 え?ひまちゃんの本名ってひまりなの!?ひまりだから、ひまわり!?それでひまちゃん!?ネットリテラシー大丈夫か!?


 VTuberのネットリテラシーに物議をかもしそうな案件だが、それはまぁいい。問題は、オレが大好きで、天使および神と崇めてるひまちゃんからのお誘いがきたのだ。


 どうすればいい?乗るしかないでしょ、このビッグウェーブに。なに言ってんだ、こいつ。


 とりあえず落ち着こう。お誘いを受けるのはマスト、必ず行く。死んでも行くのは決定事項だ。ではどこにいくか?デートってなんだ?わからん。


 いや、それはオレが決めることなのか?とにかく、ひまちゃんに返信をしなくては。


「ええと……」


『昨日はライブ最高でした。お会いできてうれし』


 ちがうちがう!!そうじゃない!この子はひまちゃんであり!ひまちゃんじゃない!

 いや、ひまちゃんなんだが。とにかく本人はバレてない?と思ってるみたいだし?普通に返信することにしよう。


『昨日はたいしたことできなかったので、お気遣いいただかなくても大丈夫です。叩かれたところも、ぜんぜん大丈夫です』


 送信。

 ふぅ……とりあえずコレでイイか。我ながらいい仕事したぜ。相手に気を遣わせず、こちらの体調も万全であることをアピールしておる。んー、すばらしい。


 ピロン。


『ひまとデートしたくないの❓(ノω≤。)ぴえん』


 !?!?!?

 あばばば……


『したいです!させていただきたいです!光栄です!すごく嬉しいのです!』


 送信!!!


『じゃあ次の土曜の10時に渋谷109の前で❤️よろ〜(*゜▽゜*)』


『承知致しました!』


 送信!!


「……承知しました、はないだろ!仕事か!あぁぁぁ!!」


 一人で自分のメッセにツッコミを入れて頭を抱える。


 うぁぁぁ!これでよかったのか?!いや、でもひまちゃんを悲しませるわけにはいかないし!会いたいし!


 デート……デートって……やばい……なに着てこう?


♢♦♢


-デート当日-


 ガヤガヤ。土曜の渋谷はいつも通り賑わっていた。いつも、どうなってるか知らんけど……


 土曜は基本、アニメかゲーム、最近はもっぱらYouTubeでVTuberの動画を見漁ってる。だから知らないのだ、このリア充の町のことなど。


「あ〜、いたいた!やっほ~、待った?おまたせっ!」


 天使が降臨した。ひまちゃんである。


「あ!ううん!ぜんぜん!今来たとこ!」


「あはは!それテンプレじゃ〜ん。なになに〜?練習してきたの〜?(ニヤニヤ」


 あーーー……バーチャルそのまんまやんけ。なんの違和感もない。かわうぃ。

 ……はっ!


「いやいや!そそ、そんなことないよー??とりあえずどこかいく??」


「ふふ(ニヤニヤ。んーと、ひま服みたい!109いこー!」


「う、うん!オーケー!」



-109店内 女性向けフロアのある店舗-


「あー!これかわいいー!どうかなー?にあう?」


「う、うん!いいと思う!か!かわいいい!よ!」


 声が裏返るがなんとか思っていることを伝える。


「えへへ///」


 昇天。


「じゃあ、こっちはどうかな?」


「そそ!そっちもひまちゃんっぽくて!元気な感じがしていいと思う!」


「キミってすごく頑張って褒めてくれるね!ひま嬉しい!」


 あー……天に召されそう……


 そんなやり取りを繰り返しつつ、オレたちは109の中を見て回った。


 ひまちゃんは、試着した洋服のうち、何着かを購入したのだが、レジに商品を持っていくタイミングでオレは颯爽と財布を出した。ネット曰く、デートの出費は男が出す方がイケてる、とのことだったので、なるべく奢ろうと試みたのだ。

 しかし、ひまちゃんはというと、


「お金は大切だから自分のために使いなー!」


 と言われて断られた。


 デートの予習をしてきたオレとしては少し残念ではあったが、ひまちゃんがそういうなら従おう。

 てか。よくよく考えれば、人気VTuberである彼女はオレなんか足元にも及ばないくらい稼いでいるのだろう、だから奢ってもらう必要などないのだ。


 ……いや、違うな。ひまちゃんは、配信でもスパチャは無理しないで、とかグッズも無理のない範囲で買ってね、とよく言っている。たしか、スパチャ額の上限を決めていたはずだし、お金についてはしっかりしているのだろう。


 オレは、配信でのひまちゃんと、リアルでのひまちゃんにギャップがないことを確認し、満足げに一人で頷いていた。


 うんうん。オレの推しは最高だな!



「楽しかったねー!」


「う、うん!」


 服を見終わったあと、「ちかくにオシャレなカフェがあるんだー!いこっ!」と言われ、なすがままついてきた。今は、来たこともない、こじゃれたカフェで向かい合って座っているところである。


「そういえば、先週たたかれたところ、ほんとに大丈夫だった?」


「あ、うん!ぜんぜん平気だよ!」


「そっか!なら良かった!あのときね、ほんとに怖くて、あなたが助けてくれてほんとにうれしかったんだー」


「いやいや!たいしたことしてないし!」


「あのね!それで聞きたかったんだけど、あのとき《一日一善がー》とかって言ってたよね?あれってどう言う意味?」


「あー!あれはなんというかテンパってて!咄嗟にいつも見てる子のセリフが出たっていうか!」


「ふ〜ん(ニヤニヤ)。その子ってどんな子なの〜?(ニヤニヤ)」


 めっちゃニヤニヤしてる。オレがひまちゃんのファンだってことは気付いてるだろうに。てか、それなのに、自分は花咲ひまわりじゃないって言い張るのは無理がないか?


 でも、オレが推してるのは花咲ひまわりですって、それをオレの口から言わせたいということか。小悪魔め。


 てか、ひまちゃんって、オレがおしゃべり会に来てたやつだって気づいてるのか?ワンチャン気づいてない?ただ、酔っ払いから助けてくれた人だと思ってる?

 ……いやいや、おしゃべり会で号泣したやつが、テンパりながらチンピラに殴られたんだから覚えてないわけがないよな。


 つまり、そんな、ガチの自分のファンに向かって、この小悪魔は煽りに煽ってくるのか……ん~……そんなところもかわいいね!


「え、えと……VTuberの花咲ひまわりちゃんって子なんだけど、YouTubeでゲームの配信とかあと歌とかあげてて!ちょっとドジなところもあるけど、そこも可愛くて、楽しそうにゲームしてるところを見ると元気をもらえるんだ!あとね!最近は歌も頑張ってて難しい曲にもチャレンジしてて!全部聞いてスマホにも入れてたりして!この前オリ曲も出しててすごい感動して!毎日聞いててさ!はっ!?」


 やばい。キモオタ早口モードに入っていた。やばいやばいやばい。引かれた!?引かれたよな……ひまちゃん、どんな顔してるだろう……


「ふ、ふ〜ん、そういう子なんだ〜……ひま知らないけど、すっごくその子が好きだってことは伝わってきたよ〜///」


 そっぽを向いていた。耳まで真っ赤にしながら。いまだに、自分は花咲ひまわりだとバレていないと言い張るらしい。でも。そのスタンスのくせ、照れることは隠せない。その素直さ。かわいい。天使だ。



-別視点-


「あれが、ひま先輩が言ってた男ね……パッとしないわね」


「ね〜、コト~、こんなんやめるっすよ~。尾行なんて~。ひま先輩に怒られるっすよ~?」


 中学生くらいの、小柄な女の子が2人、物陰からカフェの中を覗いていた。目線の先には、花咲ひまわりの中の人と、モブ男が座っている。


「イヤなら、メーは帰れば?わたしだけでもやるし」


「はぁ~……わかったわかった……ほんと、コトってひま先輩のことになると見境ないっすね~」


「そんなことない。普通」


「コトの普通って一体……」


「ここからだと何話してるか分からないわね。わたしたちも入るわよ」


「え〜それはさすがにマズイのでは〜?バレるっすよ〜?って、もう行ってるし……はぁ……」


 店内に入り、近くの席に座る少女たち。


「……」


「楽しそうにおしゃべりしてるだけじゃ〜ん」


「……」


「もう帰らない?べつに悪いやつっって感じでもないし〜?」


「……」


「コト?」


「……うるさい」


 あ〜……コレはめんどくさいことになりそうっすね~……


『あんなに楽しそうな、ひま先輩ひさしぶりに見た。わたしたちが色々やってもダメだったのに……なによあいつ。ムカつく』



-主人公視点-


「あははっ!そうなんだ〜。あっ!もうこんな時間!そろそろ収録いかなきゃ!」


「収録?」


「あっ!ううん!ちょっと今日用事があって!それでね!」


 なんだろう?最近だと公式チャンネルでやってる週末コラボかなんかかな?たしか明日はひまちゃんと、琴(こと)様のコラボだったような。


「ごめんね!だから今日はそろそろ……」


「あ!うん!大丈夫!ひまちゃんのことが1番大事だから!そっちを優先して!」


「あっ……うん、ありがと♡じゃあ……またデートしよ?♡」


「え!?」


 あ、そういえば今日ってデートってことなんだっけ。ひまちゃんのペースでついてきてすっかり忘れてた。デートだって意識したら、一気に恥ずかしくなってきた……


「え〜(ニヤニヤ)なに真っ赤になってんの〜(ニヤニヤ)どうしちゃったのかなぁ〜?ねぇねぇ〜。そんなにひまとデートしてドキドキしちゃった~?ひまのこと好きすぎ~?」


「……う、うん……大好き……」


 あれ?オレなんていった?ひまちゃんのことが大好きなのはあたりまえだけど?


「っ!?……ふ、ふ〜ん、そうなんだぁ〜。しょ〜がないなぁ〜。ま、まぁ?じゃあまたデートしてあげてもいいかな〜?」


「あ、ありがとう……ございます……」


「ふふっ。また敬語になってるっ。うん!それじゃあまたね!今日はありがと!楽しかったよ!」


「う、うん!オレも楽しかった!」


「じゃあ、またねー!」


「あっ!じゃあまた!」


 ひまちゃんがお店から出ていくのを見送る。オレは、座席の前で立って、天使に手を振っていた。彼女の姿が見えなくなって、しばらくしてから椅子に座り直す。


 ふぅ……夢のような時間だった……さ、帰ってYouTubeみようかな。


 それにしても、今日もひまちゃんは天使だったなぁ〜……


「はぁぁぁ、脳内フォルダに刻み込まねば」


 つい、呟きながら、思わずクネクネしてしまう。


「やっぱり……不審者……」


 ん?なにか怒気のこもった声が近くで聞こえた。キョロキョロと周りを見渡すと、近くの席で、オレを睨みつけている少女と目が合う。


「不審者……」


 そう繰り返す。


 ??オレのこと??なんで?いや、たしかにちょっとキモかったかもしれないけど……不審者よばわりされるほどでは……


 少女はオレを睨みつけつづけている。


「あ、あの……なにか?」

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