第3話 VTuberの中の人
目が覚めたとき、オレは医務室にいた。おしゃべり会のあとオレは倒れたらしい。
「はぁぁ〜……」
ベッドからおり、身支度をしながら深いため息をつく。さっきの、おしゃべり会での自分の体たらくを思い出していたからだ。
ひまちゃんに、カッコ悪いとこ見せちゃったなぁ〜……まぁ……べつに普通にしててもダサいんだけどさ〜……はぁ〜……オレださいなぁ〜……
そんな感じである。
「ありがとうございました」
医務室の方にお礼を言い、帰路につきながら、今日のことを反芻していた。
最高のライブ。徹夜明けでオレ自身はボロボロ、グッズどころかペンライトすら持ってなかったが。
最高のおしゃべり会。オレ自身は泣きじゃくって、わけのわからないことをくっちゃべって、最低のキモヲタだったが。
「……まっ!ひまちゃんとしゃべれたし!ぜんぜん勝ってるし!オレの大勝利だし!いやー!最高な一日だったな!今日は飲んじゃおうかなっ!」
現実逃避である。ダサい自分を、好きな女の子の前でガチ泣きした自分を、忘れたいのである。
♢
「う、うめぇぇ……」
やっぱりキンキンに冷えたビールは最高だー!
オレは駅近の屋台みたいな焼き鳥屋でビールをキメていた。屋台みたいなっていうのは、お店の前に透明なビニールが張ってあって、歩道にちっちゃい椅子やテーブルが雑多に置かれているからだ。オレは、その半分外みたいなスペースで飲んでいた。
はぁぁ、ライブも最高で酒も美味いとか最高だな!そんな調子で、4杯、5杯と飲み進めていった。そろそろ6杯目と焼き鳥のおかわりでも頼もうとしていたところ、店の前でざわつく声が聞こえてくる。
「ちょ!ちょっと!やめてよ!!」
「あー?なんだー?少しくらいいいじゃねーかよー」
「イヤだって言ってるでしょ!」
……ふむ?もめごとらしい。こわいこわい。東京ってこわいねー。なんでこんなこわい町なんだろうね。東京って。ぐびぐび……
「キモいキモい!」
「この!ふざけんなよ!優しくしてやったら調子のりやがって!」
「ぜんぜん優しくない!キモいだけ!」
……す、すごい女性の方ですね……火に油ドバドバそそいでますよね?これ、やばくないか?
チラッと、ビニールの影から表の様子を覗いてみる。
そこには腰あたりまで伸ばした黒髪に前髪の片方を三つ編みをした小さくも大きくもない女の人がいた。たぶん平均的な身長だと思う。
その子の三つ編みには黒い地毛以外に白色が混じっていて、なかなか人の目を引く個性的な見た目をしている。
気の強そうな言動のわりに顔は童顔で、「キモい!」とか言ってるからギャルっぽい印象も受ける。
顔は……とりあえずカワイイと思う……いや、ひまちゃんしか勝たんけどね!一応ね!一般的にはって話!オレはひまちゃん一筋だから!
誰も気にしていない謎の言い訳を述べてから、ケンカ相手の方を見る。声を荒げているのは身長180くらいの男、なかなか厳つい顔つきだ。身体はスポーツをやっているのか筋肉質、いわゆる体育会系だろう。その後ろに2人、仲間であろう男たちがニヤニヤ様子を伺っている。3人でナンパでもしていたようだ。
「もういいから!そこ通して!」
「うるせー!だれが通すか!」
まだやっていた……まぁだれも止めてないからね……だれか止めてくれよ、と思い周りを見渡すと、街頭の人達は目を合わせないように、なるべく遠くを歩いて素通りしていく。あと、何人か興味深げに遠巻きに見学しているような状況だ。
はぁ……やれやれだな。日本人は事なかれ主義でいかん、いかんなー。……ビール飲むか。ぐびっ……
「ちょっとコッチこい!」
「いたっ!手つかまないでよ!」
……なぁ、さすがにやばくないか?
「いやだ!こわいこわい!なにもわるいことしてないのに!なんでこんなことになるんだよー!」
いや、あなたもけっこう言うてましたよ?
「だれかたすけて!たすけてよ!」
……うん、だれか助けてくれるよ。だれかね……
「……さいあく……こわい……だれもたすけてくれない……ぐすっ……たすけてよぉ……」
……
「あ?なんだこいつ?急に大人しくなったじゃん?」
「なー、ゆーくん。さすがにマズイで。もう飲み直そーや」
「いや?まぁそれでもええけど……」
「おおお!おい!その辺にしといたらどうですかい!?」
「あ?」
「えっ……」
やってしまった。飲んで気が強くなっていたとはいえ、絶対に勝てないメンツの前に出てきてしまった。ちなみにボクちんの戦闘力は3、ゴミである。
「なんだおまえ?この女の知り合いか?」
「いや?そうではないですが?その?困っているようですし?その方が?」
「なんだ、こいつ、イラつくな」
そう言いながら男は女性から手を離す。そしてボクちんの前に歩いてきた。あわわわ……
「やろうってのか?」
「いやーー???そんなつもりは毛頭ないのですが???なんていうか?男がよってたかって女の人を脅迫するのはダサいというか?やめた方がいいと思って?」
「脅迫だぁー?そんなことしてねーよなー?」
「あー……まぁさすがにそこまではしてないよね(ニヤニヤ」
取り巻きの男たちは面白そうに眺めていた。
なんでこんなところに出てきてしまったんだろう……そうきっかけは些細なことだ。
《だれもたすけてくれないなんてことはないよ。一日一善、みんなに元気をわけてたら、そういうのって自分にも返ってくるんだよ。ひまはそう思ってがんばってるよ》
オレの天使がそう言っていたからだ。だから、〈だれもたすけてくれない〉という女の子のつぶやきに身体が動いてしまった。
「いや??まぁ??さすがにそこまではしてなかったような??気がしますが、まぁまぁ、この辺にしときませんか?えと、《一日一善、いいことをしてたらきっとイイこともありますよ!》ははは!ナンパもうまくいきます!!」
「え……?」
呟く声が聞こえて目線を動かすと、なぜか先程までわめいていた女の子と目が合った。目に涙をためながら、驚いたような、うれしいような?いわゆるキラキラしたような目をオレに向けていた。
なんで?
「んー?ナンパー?おまえ、俺のことバカにしてる?」
「え!?いや??」
「バカにしてんな!とりあえず1発いっとくか!」
「おぉ!?」
「はい!いきますよー!ドーン!」
そしてオレの人生は終了した。
-完-
♢
目が覚めたら、焼き鳥屋の畳の上にいた。
数時間前にも経験した〈目が覚めたら案件〉を再びこなしてしまったオレはなかなかに優秀なのではないだろうか?なにが?
「おぉ、にぃちゃん、めぇ覚めたか。もう店は閉めたが、落ち着くまでゆっくりしていきな。にぃちゃん、よえぇくせに度胸はあって、たいしたもんだ!」
「は、はぁ?ありがとうございます?」
焼き鳥屋の店長らしき人物が声をかけてくれたあと、厨房に消えていった。
「あの……」
「はい?」
さらに、知らない人から声をかけられ、自分のすぐ横に女の人が座っていることに気づく。その人はペタンと女の子座りをしていた。
「あ、さっきの……」
「はい……さきほどはたすけていただいて、ありがとうございます」
丁寧に頭を下げてくれる。さっきまでの荒れようから一転。急に礼儀正しくなっていて違和感しかなかった。「キモいキモい」と騒いでいた人物だとは思えない。
「あ……いやいや、自分が勝手にやったことですし!ぜんぜん大丈夫です!てか、なんにもしてないですし!」
「そんなことないです!すごく怖かったけど、あなたがたすけてくれて、すごく、すっごく安心しました!……えへへ///」
えへへ、とか言うな。かわいいじゃないか。オレにはひまちゃんがいるのに。
「あぁ!いやいや、そういってもらえるならもう!というか、あなたもあんなやつらにキモいとか連発したらダメっすよ!?」
唐突な、えへへ攻撃に説教をしてしまう。オタクにカワイイを与えてはダメなのだ。早口になってしまうのだ。
「うん、そうだよね……ちょっとわたしも酔ってて調子のってたんだー」
そういうとその子はフラフラしだした。唐突に酔いの限界がきたらしい。
「わっ!」
倒れそうになるその子の両肩を咄嗟に支える。
女の子がこんな近くにいるなんてはじめてで、はじめてで……いい匂いが……しない……酒のにおいしかしない……
「おぉ!?酒くさっ!」
「あぁーん?」
そうすると、その子はすわった目をオレに向けてこう言った。いつもリスナーに煽られて、クサイって言われたときのあのセリフを。
「乙女にたいしてくさいだってぇ??こいつぅは大事件ですよ!みんなぁ!捕まえろー!」
「…………ひまちゃん?」
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