第2話 はじめてのオフイベント
-2ヶ月後-
「よし!《一日一善!今日も皆の元気のために!》行ってきます!」
推しの言葉を借り、気合を入れて玄関の扉を開ける。ちょっと前まで限界ギリギリだったオレは、なんとか仕事を続けていた。なんてことはない。会社がイヤな原因だった上司が部署異動になったのだ。そのおかげで職場環境は改善、今に至る、というわけだ。
とはいっても、あの日から1ヶ月くらいはイヤな上司と仕事していたからツラかったことは、かなりツラかった。でも、家に帰って、あの子の配信を見たら、すごく元気になれた。あの子のおかげで、なんとかやってみようって前向きな気持ちになれた。
つまり、わたくし新井新人は、ドルオタデビューしたのである。いや、VTuberだから、Vオタか?まぁいい。とにかくオレは、救われたのだ、あの子に。
♢
会社に到着して自席につき、黙々と仕事をこなしていると、先輩から声をかけられる。
「新井くん、あの企画どうなった?」
「あ!はい!あのお菓子の企画でしたら部長からもOKでたので、次の打合せでパッケージのデザインを決めていきます!」
「はーい、了解。引き続きよろしくね」
「わかりました!」
お菓子メーカーでの企画の仕事も少しずつ上手くいくようになってる。本当にちょっと前までは、なにをやるにしても自信が持てなくって、仕事中ビクビクしていたと思う。人間なにがきっかけで気持ちが変わるかは分からないもんだ。あの時のツラさはまだ忘れられないけど、自分の企画が認められることで、入社当時のヤル気も取り戻しつつある。
そう、それに……オレのやる気を支えているもの……オレにはこれがある……
『ひまちゃんのライブチケットー!てってれー!!』
脳内で、ドラ〇もんばりに叫んだ。そう!オレには、このライブチケットがある!だから、仕事を頑張れているのだ!くぅぅ……涙ぐましい努力で手に入れたこのチケット……あのときの記憶が蘇るぜ……
♢
バーチャルYouTuber、花咲ひまわり、通称ひまちゃんのファンになったのは2ヶ月前。そのときにはもう、オフラインイベントであるライブチケットの先行抽選は終わっていて、一般販売の争奪戦に参戦することになったのだ。
一般販売当日はチケット販売開始の12時に合わせ10分前にはPCの前に着席、事前にアカウントの登録をすませ、クレカの登録もすませ、万全の状態だった。そして12時になった瞬間、購入ボタンを〈連打!更新!連打!〉それを繰り返した。
しかし、無惨にもチケットは5分で〈売り切れ〉と表示された……
というか、何がなにやらわからないうちに購入できなくなったのだ。販売ページではグルグルと更新マークが出たり、固まったりしただけでクレカ決済のページにすら進まなかった……さすが人気VTuber、チケット争奪戦は死闘なのだと悟った。
だがしかし、オレは諦めなかった。それから20時間、土曜だということを利用し、ずっとPCの前に居座り続け、更新ボタンを押し続けた。そして、翌朝の8時に奇跡的にチケットがとれたのだ!
電子チケット販売では購入のキャンセル分やクレカ決済ができなかったチケット分を改めて販売するタイミングがあるのだという。その都市伝説にかけたのだ、神に祈りつつ、20時間。
そして手に入れた!しかも!限定50人の2分間おしゃべりチケット付きのチケットだ!これは奇跡中の奇跡ではないだろうか!?いや、そうに違いない!オレには、神とひまちゃんがついている!くそー!楽しみすぎるー!
こんな感じで、会社にいながら、オレの脳内はハッピーな状態を保っていた。人間とは現金なものである。夢中になれるものがあったり、たまたま上手くいってると調子にのるのだ。だから、このときのオレは、なにも障害なんてない。すべて順風満帆だと思っていた。
♢♦♢
-ライブ当日 深夜2:00-
カチカチカチカチ。会社の中で、キーボードを叩く音が響き渡っていた。周りは真っ暗でオレしかいない。
「やばい……終わらない……」
徹夜2日目である。自分が企画したお菓子のパッケージにミスが発覚、各方面に頭を下げデザインを再作成、印刷所への発注、発売時期の調整、そんなこんなを昨日からずっとやっている。
デザインをやるのがオレだから、結局そこが終わらないと何も進まない。明日はひまちゃんのライブ当日、土曜日だがオレのデザインに部長の印鑑をもらうまでは帰れない。とにかく朝9時には仕上げないとダメなのだ。
ライブには絶対行きたい。寝る暇なんて一切ない。
「なんで、こんなことに……いや、いまはそんなことはいい!とにかくライブに間に合えばいい!気合入れろ!うおぉぉぉ!!」
エナジードリンクをキメて、仕事に向かい合った。8時までに仕上げて各方面に連絡、9時に部長に印鑑をもらって発注開始。10時までに各方面から受注完了の連絡がこればなんとか間に合うはずだ。
ライブは12時開始、会社から会場まで1時間だから間に合うはずだ。そう考えながら、せっせと仕事に取り組んだ。
♢
-10:48-
「はい!はい!ありがとうございます!この度はご迷惑をおかけしました!今後とも宜しくお願い致します!」
「お〜新井くん、なんとかなったか〜。やるね〜」
「はい!ありがとうございます!すみません先輩!急ぎなので帰ります!」
「お?お〜、おつかれおつかれ〜」
やばいやばいやばい!ギリギリだ!駅まで5分!電車で1時間!駅から会場まで5分!間に合え!!
-10:53-
最寄り駅についた。ライブ開始まで10分もない。
あばばばばば……走れ!走るんだオレ!
「はぁはぁはぁ……な、なんとか間に合った!」
扉の前に立っていたスタッフさんが扉を開けてくれ、しゃがみながら暗いライブ会場の中を進む。すでに観客たちは立ち上がっていて、会場は黄色のペンライト一色だった。オレは、頭を下げながら自分の座席の前に辿り着き、ステージの方を見る。
VTuberのために開発された透過式モニターがステージ場には設置されていて、背面が透けたモニターの中に、オレの推しが姿を現した。
5、4、3、2、1……大きなカウントダウンの文字が表示される。そして――
「みんなー!今日はきてくれてありがとー!!全力で盛り上がっていこー!!」
「うおぉぉぉぉ!!!」
♢
-ライブ後-
あぁぁ……よかったぁ……オレの推し、天使すぎるだろ……昇天しかけたわ………
ライブは約1時間半ほどで、ひまちゃんの単独ライブだった。オリジナル曲やカバー曲をたくさん披露してくれて、どれも大好きな曲だったから全力ではしゃいでしまった。
いやー、あそこであの曲を歌うとはなー。
ライブのことを思い出しながら、会場内の自販機前でジュースを購入する。今は、おしゃべり会までの待機時間である。ライブ後の高揚感に包まれつつ、これからはじまる推しとのトークに心躍らせていた。いや、緊張8割、ワクワク2割、という感じかもしれない。さっきから体の震えが止まらない。うまく缶ジュースの蓋が開けられなかった。
あー、楽しみだ……でも、なにをしゃべろう……ここ2日徹夜でなんにも考えれてないなー……
「48番の方ー」
お、あと2人だ、そろそろ並ばねば。
「次、50番の方ー」
「は、はい……」
ついに、オレの順番が来てしまった。
「2分間ですので、よろしくお願いしまーす」
「わ、わかりました……」
スタッフの方に説明を受けてから、ブースの中に入る。一応、薄いパネルで囲われた個室のような場所になっていた。
「あ、こんにちはー!記念すべき最後の人だー!よろしくおねがいしまーす!」
ひまちゃんがそこにいた。オレに話しかけている。あのひまちゃんが。
おしゃべり会の会場には人一人分くらいの縦長のモニターが置いてあり、そこにひまちゃんが映し出されていた。
モニターの上にはカメラがあって、オレが入ってきたタイミングでひまちゃんが手を振ったことから、こっちの姿は見えているんだと思う。
オレはそのモニターの前のイスに着席した。身体の震えがいよいよピークに達していた。えっと……えっと……なにをしゃべれば……
「あれー?固まっちゃった?大丈夫かねー?ちみー?」
「……あ!うん!いや、はい!だいじょぶです!えと、今日のライブ最高でした!だ!だいすきです!」
「あははは!めっちゃ緊張してんじゃん!でもありがとー!うれしいよ♡キミは、ひまのこと、いつから応援してくれてるのー?」
「えと、2ヶ月前からの新参でして……その……お恥ずかしいです……」
「えー?そんなことないよー!応援してくれてるんだから長さなんて関係ないない!じゃあ聞いちゃうけど、ひまのどんなとこが好きなのー?〈だいすき〉なんでしょー?(にやぁ」
ひまちゃんがニヤついているような気がしたが、オレの脳みそはテンパっていてよくわからなかった。伝えたいこと、全部伝えたかった。
「えと……ひまちゃんの元気なところ、というか皆に元気になってもらおうっていう姿勢っていうか……あの!毎回言ってる〈一日一善、みんなの元気のためにー!〉っていう挨拶が大好きで!元気をもらえてるっていうか」
あれ?オレ、何言ってんだ、言葉がまとまらない。
「じじ!実は!2ヶ月前すごいつらいことがあって、そのときひまちゃんが配信してて!あー、この子ゲーム下手なのに楽しそうにしてるなって!あっ!下手とか言ってごめんなさい!……で!でも!そう思って!そのときマグマにダイブして全ロスしてすごい笑って!」
クラクラする。ひまちゃんも黙ってるじゃん。なにやってんだよ、オレ……
「そのとき!オレ最近笑ってなかったなって!…………き、きづいて……」
視界がじんわりボヤけてくる。
「だから……ひまちゃんが元気をくれたっていうか…………うっ……」
言葉はつまるのに涙は出てきてしまう。
「……うん。大丈夫、伝わってるよ」
「うん……それで……仕事もなんとか頑張ろうって気になって……ははっ、ごめんね。急にこんな話……」
「はーい、2分でーす」
ブースの中に、スタッフさんが入ってくる。オレの方を見て、少し驚いた顔を見せたように思う。オレがボロボロになって泣いているからだろう。
「あっ……」
「マネージャーさん!あとすこしだけ!」
「ひま?んー?まぁ最後の人だし、もうちょっとね」
「うん、ありがと♡」
「あ……あの……」
「大丈夫だよ。つづけて?」
「えと……それから……仕事の方はなんとかなって、てかイヤなやつがいなくなっただけなんだけど……それからは前向きになれて、やりがいも出てきてさ……今日も実は2徹なんだけど全然余裕で、ひまちゃんのライブあるからって……で、そんな感じで、毎日ひまちゃんの配信みてがんばろう……って。オレも誰かに元気をあげたいって、思うようになって……えと、だから…………配信してくれてて、いつも元気をくれて、あのとき助けてくれて、ありがとう……ございます……」
そこまで言って、限界がきた。推しが目の前にいるのに、前を見ることができなくなった。ボロボロと下を向いて涙を流す。はずかしくって腕で拭うが、涙は止まってくれない。
「…………うん、うん……グスっ……」
あれ?ひまちゃんも、泣いてる?
「……ずるいじゃん、そんなこと言うの……うん!すっごいうれしい!ひまのほうこそありがとう!あ!ございます!えへへ///」
「いや、そんな……」
あー……天使だ天使がいる……
「ひま、そろそろ……」
「マネージャーさん!もうちょっとだけ!」
「って言っても、ほかのファンの目もある……まずいよ……」
「あっ!大丈夫です!たくさん時間もらってありがとうございます!今日は最高でした!それじゃあ!」
そう言って、オレは勢いよく立ち上がり、頭を下げる。頭を強くふり過ぎたのかもしれない。クラクラがひどいことになった。
フラッ……まっすぐ立っていられなくなる。
やばい……立ちくらみ?2徹で、はしゃぎすぎた?一瞬、そんな考えが脳裏によぎったところで、オレの意識はなくなった。
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