第2話
「ユリちゃんごめん!空飛ぶのが楽しすぎて時間ギリギリになっちゃった!」
「私もリオンさんの楽しそうな顔が見たくて飛ばし過ぎちゃいました!ごめんなさい!」
そんな会話をしながら昨夜作ったシチューを食べているが、時間が無い為ちゃんと味わえない。ついつい長く飛び過ぎてしまった。彼女が喜び、色んな所に行きたいと言っている姿が尊く、それに応えて近くの湖や山飛んで行ってしまった。
彼女は喜ぶのが上手で、新しい場所に連れて行く旅に景色を見て感動し、私の事を褒めてくれた。その言葉があまりにも心地よくて、ついつい浮かれてしまった。
早朝から飛び始めたのに、気が付けば陽が世界を煌々と照らし始めている。彼女の話によれば、祭りの準備はもう既に始まっているらしい。怒られるのも覚悟して街に向かわなければ。
食べ終わった食器を2人で急いで洗い、いかにも魔法使いらしい服に身を纏い、私たちは街へと飛んで行った。早朝飛んだ時の様に景色を楽しむ為の飛行ではなく、急いで飛ぶための飛行だ。景色が流れる様に過ぎていき、彼女はその景色にも感動し、喜びの声をあげている。私が初めてこの速度で飛んだ時はあまりの速さに怯えていたが、彼女はそんな様子を全く見せない。可愛い顔をしているが、とんでもなく肝が据わっているみたいだ。
歩きで20分程の道のりを30秒ほどで制覇し、彼女の家の前に降り立った。彼女の家へと入る前に、2人でお互いの身なりを確認する。風の影響を受けない魔法をかけたので、私たちの服装に乱れはなかったが、彼女の口にシチューが付いていたので、ハンカチで拭う。彼女は少し恥ずかしそうにはにかんでいた。天使とはまさにこの子の事だろう。
私は意を決して、ドアをノックする。ほぼ同時に扉の向こうからローズさんの返事が聞こえて扉が開く。
「待ってたわよ!おかえりなさい。」
「ただいま!」
ローズさんの表情から察するに、どうやら怒ってはいないらしい。
「すみません。長い間飛んでたら時間ギリギリになっちゃいまいた...」
「そうなると思ってリオンには早めの時間を伝えておいたのよ。だから大丈夫、 本当にちょうどいい時間よ。」
自分の娘が私の魔法ではしゃぐ事を想定していたらしい。流石母親だ。
「それじゃあ早速準備に向かいましょうか。今日は忙しくなるわよ!」
ローズさんの掛け声と同時に、リオンは街の方へと駆けていった。遅れない様に付いて行こうとする私にローズさんが声をかけてきた。
「ユリちゃん、私も後で空を飛んでみたいんだけど大丈夫かしら?」
ローズさんも実は魔法に興味津々らしい、流石母親だ。
街の中心部に着くと、お祭りの準備は既に始まっていた。祭りの準備をしている人々の間には、これから行われる祭りに対しての期待感や、春の訪れに対する喜びが溢れており、今日の気候も相まって穏やかな雰囲気が流れている。先に中心部へと到着していたリオンは周りの大人に可愛がられながら何かを食べている。あの様子なら私が近くに付いておく必要はないだろう。
建物の間にロープが張り巡らされ、春の訪れを祝う為に付けられた沢山の旗が、風になびいている。旗にはこの街に伝わる独特の模様が描かれている。よく観察してみると、旗に書かれている模様は私たち魔法使いが使用する魔法陣ととても似ており、この街と魔法使いとの繋がりが深い事が分かる。
「おぉクロユリちゃん!久しぶりだな!元気してたか?」
「トーマスさんお久しぶりです。冬の間に頂いたお野菜のおかげで元気モリモリでしたよ!」
力こぶを作る仕草をしながら感謝を伝えると、トーマスさんは豪快にガハハと声をあげて笑った。彼はこの街で農業をしているトーマスさんだ。豪快な性格と、筋骨隆々な見た目からは想像できない様な丁寧な仕事ぶりで沢山の野菜を作っており、私が丘の上に引っ越してきた時から気にかけてくれ、定期的に野菜を届けてくれた。この街のあらゆる事を教えてくれたのもこの人だ。
始めて見た時に見た目の威圧感から背筋が凍ったのは今となっては良い思い出だ。
思い出に浸っていると、トーマスさんから声がかかる。
「クロユリちゃんに魔法でやって貰いたい事があるんだけどいいか?」
「私に出来る事なら何なりと」
「ここから北門に行く途中、食糧庫があるんだけどよ、そこにある食糧がどうやら こぼれちまったらしくて始末に困ってるらしいんだよ。その処理をお願いしてもいいか?」
「分かりました」
私は浮遊魔法を自分にかけ、その場で浮かび上がり即座に北門の方へと飛び立つ。
「クロユリちゃんほんとに魔法使いだったんだな....」
という声が後ろから聞こえた気がするが、無視しておこう。
この街の食糧庫は、冬をしのぐための食糧を貯蔵する為に使われている。冬の終わりに行われる祭りでは、冬の間に使わなかった余った食糧達を無料で開放し、春の訪れを住人達で祝うそうだ。近くに広大な森があるからこういう祝いをしても問題ない位に食料の余裕があるのだろう。
そんな事を考えながら街中を飛んでいると、すれ違う住民達、特に子供達から感嘆の声が聞こえてくる。かっこいいだとか、凄いだとかそういう声だ。悪い気はしなかった。
食糧庫へと到着すると、何やら騒がしい声が聞こえてきた。
「あぁ一人じゃキリがねえ!」
声の主は衛兵のイヴァルさんだ。いつもの様に鎧を付けていないから見た目ではすぐに分からなかったが、聞こえてきた声と普段部下を叱っている時の声が同じだ。
「手伝いに来ましたクロユリです。」
私の声を聞いたイヴァルさんは、額に伝う汗を拭いながらこちらを振り返る。
「クロユリじゃねえか。どうしてここに?」
「トーマスさんに食糧庫の始末を手伝ってくれとお願いされたので。」
「あぁそれはありがたいな。見ての通り貯蔵してた食料がひっくり返っちまったみたいでよ。こぼれて困るようなもんはこぼれてないが、量が多くてな。人手が欲しかったんだ。部下たちにも声かけたんだが、一番乗りはクロユリだったみたいだな。」
険しかったイヴァルさんの表情は最初の時に比べて明るくなっている。
「ただなぁクロユリ1人いた所でこの量はキリがないんだよ。」
彼が指差した先には、かなりの量の食糧が散らばっていた。イヴァルさんはその量の多さにうんざりしていたが、魔法が使える私にとってはどうという事は無い。
「ふっふっふ。侮るなかれ!私の魔法にかかれば一瞬ですとも」
「この量だぞ?一人で行けるか?」
「余裕ですとも!」
食糧庫の中を確認すると、穀物や乾燥させた肉、ジャガイモなんかが散乱している。幸いな事に零れたのは少しの区画だけらしい。それでも結構な量がこぼれている。確かにこれは1人でどうこうできる物じゃない。だがこの私にかかれば余裕なのだ。
唯一問題があるとすれば、倉庫内の寒さだ。その寒さの原因は、食糧庫全体に倉庫を冷やす魔法がかけられており、天井に書かれた魔法陣から冷気が送られている事が影響している。天井から微かに魔力の流れる気配がするので間違い無いだろう。この街はこういう魔法達の技術によって豊かさを保てている。魔法と深い関係を築いてきたからこそできることだ。
私は散乱している食糧達の種類を確認して、魔力を込める。まずは穀物から片付けていこう。そうイメージすると地面に散らばっていた穀物が宙に浮き始める。
「こりゃすげえ。俺の作業必要なかったな。」
イヴァルさんの驚く声が聞こえる。そうだろうそうだろう。もっと褒めるのだ。
「イヴァルさん穀物はどの木箱に入れればいいですか?」
「あぁそれはこの木箱達に入れてくれ。」
イヴァルさんは木箱を並べて指示する。
私が木箱に穀物を入れて、適量になったらイヴァルさんが蓋をする。それを6箱分終えた所で散乱していた穀物は無くなっていた。
同じ要領を繰り返し、他の食料も木箱に詰め、全ての作業が完了した。かかった時間はおよそ半刻ほどだ。
「いやぁ助かったよクロユリ。お前さんがいなかったら後2時間以上はかかってたからな。」
「私もこの街の一員ですから、お役に立てて光栄です。」
ローブの端を持って、貴族の様に返答する。
「似合ってないな」
イヴァルさんの辛辣な言葉が胸に刺さる。結構可愛いと思ったが、どうやらダメだったらしい。
そんなやり取りをしていると、イヴァルさんを呼ぶ声が聞こえてきた。部下達が到着したらしい。
「隊長、食糧大丈夫ですか?」
「クロユリがやってくれたからもう大丈夫だ。お前らの仕事はこれらを広場に運んでくれ。」
その指示に部下たちは了解しましたと返事をする。
「イヴァルさん私も魔法で手伝いましょうか?」
「いや気持ちだけ貰っておくよ。力仕事は俺らの仕事だからな」
「じゃあお言葉に甘えますね。」
部下たちの訓練の一環という意味合いもあるのだろう。こういう時は言葉に甘えるのが丁度いい。イヴァルさんの部下たちは既に木箱を運び出している。綺麗に積まれた木箱を上から順にリレーの様にして運び出している。統率も取れており、手際が良い。
しかし何で木箱は崩れたのだろうか。崩れた区画以外の木箱は人為的な力が加わらない限り崩れるような積まれ方はしていない。もしかして倉庫内に誰かがいるのではないだろうか。そう考えると崩れた理由も納得できる。誰かが食料を盗もうと倉庫内に入って木箱を開けようとしたところ、運悪く崩壊という流れだ。
気になった以上確かめない訳にはいかない。私は倉庫の中に再び入り、木箱を運び出している兵士の横を通り抜け食糧庫の奥へと進む。後ろからイヴァルさんの問いかける声が聞こえたが、今は侵入者を探す方が先だ。
食糧庫の奥まで来ると、入り口から入る光が届く量も少ないので、かなり暗くなっている。私は魔力の反応がないかを確認しながら慎重に進んだ。すると食糧庫の隅に何かがいるらしいということが分かった。恐る恐るその方向へ歩を進めると、何かが丸まって居る。
その何かはこちらをチラッと確認したが、逃げる様子もない。相当弱っているらしい。それを抱きかかえて、入り口付近に戻ると外の明るさによって何かが分かった。真っ白なイタチだ。この子が木箱を崩した犯人はこの可愛い可愛いイタチだったらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます