月影の魔女クロユリ

らいちょう

第1話

街の外れの小高い丘の上に私は住んでいる。街の近くにある森はこの世界で他に類を見ない程に魔力が満ち溢れている。その溢れ出る魔力に引き寄せられた魔物や植物などの生命体が沢山生息しているこの場所は、魔法に関する研究する私にとってはかなり都合の良い環境だ。魔女という珍しい存在は場所によっては迫害の対象になるし、場合によっては魔女狩りなんかで処刑されてしまう事もある。


 そんな事が起こり得る世の中で、研究に最適な場所の近くに住めているのはもの凄く幸運だ。ただこの丘の上に住む為、私は街ととある契約を結んでいる。それが街で問題が起きた際は解決に協力して欲しいというものだ。まぁ契約とはいっても、そんな仰々しい物ではなくて、私の魔法を使って、街の困り事を解決して欲しいみたいな感じだ。この環境と家を無償で提供してもらい、街の人にも良くして貰っているので、私としてはむしろありがたい。


 この丘に住み始めて半年、本当に楽しい日々が過ごせている。これからはそんな私、クロユリの日常を日記として残していこうと思う。この素晴らしい街との記憶が消えてしまわない様に。


 今日は心地の良い朝だった。今朝の気温はこれまでの冬の寒さが嘘だったかのように暖かく、頬を撫でる風からも春の気配が感じられる。魔法使いにとって春は1年の中でいちばん気持ちが高揚する。冬の間に冬眠していた魔物や枯れていた植物達が目覚め始め、活発になり始める。彼らを研究する私としては研究材料たちが動き出すという事は新しい発見が出来る事とほぼ同義だ。また新しい発見できるのだという喜びと過ごしやすい気候になるという喜び、これらが重なり合う春の訪れを感じさせる朝程、幸せなものはない。


 しかしかといって冬が嫌いな訳でも無い。特に今年の冬は非常に楽しい冬だった。迫害の対象である魔女の私を温かく受け入れてくれたこの街で沢山の人と関われたからだ。街から少し離れたこの場所に訪れた私の生活を気にかけ、定期的に料理を持ってきてくれたパン屋のおばさんや、私の家へと訪れ、家の修繕を行ってくれた大工のおじさん、私が寂しくない様にと遊びに来てくれた子供達、そんな彼らの温かさがあったから私は幸せな気持ちで春を迎えられた。


 冬の内はお世話になってばかりだったけれど、魔力が活発になり始めた今の季節からは私が魔法で彼らの役に立てる。その事実がたまらなく嬉しい。こんな事を考えていると丘の下の方から私を呼ぶ声が聞こえてきた。声の正体は子供達の中でとびきり私に懐いてくれていたリオンだった。朝からここに来るのは珍しく、何事かと思い、私は急いで丘の下へと舞い降りた。


 「ユリちゃんってほんとに魔女だったんだね!」とリオンは眼を輝かせながら言った。冬の間は魔力の源となる生命の活動が減るので、それに伴い魔力量が減少する。そのせいで簡単な魔法しか使えていなかった。だから浮遊魔法で優雅に舞い降りた私を見て驚いたらしい。確かにちゃんとした魔法も見せずに家の中で時間があれば本を読んでいた訳だから、彼女の目には丘の上に移住してきたちょっと魔法の使える引きこもりの様に映っていたのかもしれない。

 

 リオンの言葉に私は、失礼ですねと軽く返し、本題へと移った。

 

 「それでこんな早くからどうしたんですか?まだ日が昇ったばかりですよ?」


 「ユリちゃんを呼びに来たんだよ!今日の温かいでしょ?これくらいの季節になると春の訪れを祝って、街でお祭りするんだよ!」


 確か冬の間にそんな話を聞いた様な気がしないでもない。それが今日だったからわざわざ直接呼びに来てくれたという訳か。連絡用の魔法で知らせてくれれば伝わるのに直接来たという事は、私に会いたかったのだろうかなどと考えを巡らせる。目の前にいるリオンの私を見る目は相変わらずキラキラと輝いているので、恐らく私の所へ会いに来てくれたのだろう。私はリオンのその行為が何だかもの凄く嬉しくて、彼女の艶のある髪を撫でた。


 「そのお祭りというのはいつから始まるんですか?」


 撫でられるのが好きなリオンは少し嬉しそうな顔をしながら応えた。


 「始まるのはお昼過ぎからなんだけど、ユリちゃんにお祭りの手伝いをして欲しいの!飾りつけとか荷物運びとか!」


 「なるほど。分かりました。」


 自分の魔法でお世話になっている街に恩返しが出来るのはありがたい。


 「リオンさん朝ごはんは食べましたか?」私の問いに彼女は首を横に振る。


 「それじゃあ私の家で食べましょうか。そんな大層な物は用意できないですけど。」


 私の言葉を聞いたリオンはやったーと喜んでいる。本当に可愛らしい娘だ。この娘は私に初めて会った時から他の子ども達よりも遥かに高い熱量を私に向けていた。街の外れで魔法を研究する魔女というのが、年頃の娘の琴線に触れたのだろう。冬の間もよく私の元を訪れては、魔法の話を聞きに来ていた。リオンは魔法に興味があるらしく、冬の間何回も魔法を見せてとか、魔法を教えて欲しいとか言っていたが、冬の間は魔法を人に教えられる程の魔力は余っていなかった。なので私のこれまでの旅の話を聞かせるばかりだった。


 生き物が目覚めだし、世界に生き物のエネルギー、つまり魔力が溢れ出した今となっては魔力の心配をする必要が無い。遂に魔法を見せる時だ。


 「リオンさん私の家まで飛んでいきましょうか。こんなに朝から張り切って来たのも魔法が見たかったのでしょう?」


 私の言葉に彼女は眼を一層輝かせながら反応した。宝石の様に光る眼の中には、ありとあらゆる希望が映っている様に感じる。その宝石に宿る希望が私に向けられているという事実が何となく誇らしい。自分の魔法が誰かに求められている。その事実は魔法が使うだけで迫害の対象とされ、あらゆる場所を追われた私にとってあまりにも幸運な事だ。この幸運を与えてくれた彼女の期待に応えるべく、私はリオンの手を取った。


 「いいですかリオン。私の手を絶対に離さないでくださいね。落ちたら死んじゃいますから。」


 「うん!」


 彼女の返事からは微塵の恐怖すらも感じない。相当楽しみらしい。


 私はリオンの手を握り、空を飛ぶ事を強くイメージする。あとは魔力が勝手に空へと導いてくれる。


 彼女は地面から足が離れた事で、感嘆の声を漏らす。

 

 「まだまだ驚くのは早いですよ!」


 先程まで足を着けていた地面は次第に遠くなり、私たちを優に超える木々に囲まれた森が、まるでミニチュアの様に足元に広がる。そしてリオンの住む街が見えてくる。この光景に彼女は言葉を失っている。浮かび上がっている途中までは凄い!とか高い!とか反応をしていたが、途中から目にこの景色を焼き付けるように、じっと眼下に広がる世界を見ている。


 私は誰かの為になる事を夢見て魔法の世界に足を踏み入れた。だからこうやって自分の魔法が誰かの願望を叶えられたという事実がたまらなく嬉しい。私の魔法は誰かの為になったのだ。景色を見て感動しているリオンの横で、私は別の感動を覚えた。


 各々の感動に浸っている私たち2人を吹き付ける風から春の匂いがする。新しい季節が始まるようだ。

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