11
「本当に私は自殺したんっすかね……」
非常に困ったことになってしまった。
蓮に言われた通り、学校の近くの喫茶店、「たまら」でオリジナルと蓮の奴が入ってくるのを待っているのだが、さっきからずっと柊佳ちゃんがこの調子なのだ。
気持ちとしては分かる。
自分だって、いきなり実は死因は自殺でしたなんて言われたら信じられるわけがないし、そんな選択をしたと思いたくない。
「蓮の言う通りそう考えるのが自然だし、他の事についても説明がつくのは事実だな」
「でも、そんなの……」
どうやら納得は出来ていないらしい。
まあ、納得なんて出来るはずもないか。あのオリジナルから話を聞くまではきっと柊佳ちゃんは納得できないだろう。
「正直俺も信じられないよ。どう考えても、柊佳ちゃんはそういうタイプに見えないし、自殺するほどの理由なんてあるわけないしな」
どんな事があっても、自分から大切の命を失うような理由にはならない。
生きていればどうとでもなる。自殺というのは考えられる中で一番最悪な方法だと思う。
「理由……そうっすよね。水守さんは何だと思うっすか? 私が自殺した理由」
「……皆目見当もつかねえな」
正直な気持ちを口にする。
事務所では何も言っていなかったが、多分蓮の奴は自殺の理由について何かに感づいていた。
だがあいにく俺にはさっぱりだ。
「それでも名探偵なんっすか」
柊佳ちゃんの冷たい視線が突き刺さる。
「名探偵でも、分からない事ぐらいある!」
「……ふざけないで欲しいっす」
いつもの調子で乗り切ろうと思ったのだが、それを柊佳ちゃんは許してはくれないようだ。
仕方ない……、ここは本音で話すしかないか。
今更取り繕ったところで仕方ないし。
「しかたねえだろ。俺は探偵向いてないんだから」
その言葉に柊佳ちゃんは目を丸くした。
昔から物事を順序だてて考えるのが苦手だった。手に入れた情報から、さらなる情報を推理することも苦手だった。ミステリー小説を読んで犯人が分かったこともないし、謎解きゲームでは他の人が犯人を口にするまで犯人が分かったことがない。
おおよそ名探偵になるには必要な素養が俺には欠けているという自負ぐらい自分にもあった。
「正直今回の事件だって、蓮がいないと解けなかったしな」
間違いない事実だ。
自分の推理は見当外れだった。大量殺人どころか、そもそも殺人事件すら起きていなかったというのだから。やはり探偵なんかには向いていないと、言わざるをえない。認めたくない、事実ではあるが。
「それなら何で探偵なんかやってるんっすか。向いてないことをやるのって辛くないんっすか?」
その言葉は心にナイフのように突き刺さる。
だが、そんなことで表情を崩すわけにはいかない。
そうさ、真の名探偵というのは何時でも余裕を見せていないといけないのだから。
「正直辛いことはあるさ。そもそも探偵っぽい仕事すら舞い込んでこないし、せっかくこうして謎が来ても自分じゃあ何も分からない。
けどさ、仕方ねえんだよ、憧れちまったんだから」
「憧れっすか?」
「そうさ、憧れってのは厄介なもんでな。諦めようとしたら、ふと湧いてくるのさ『諦めて、お前は本当に後悔しないのか?』なんて言葉がさ。寝ても覚めても、そいつの事ばかり思い浮かんでくる。別の事をやろうにも頭の中が晴れることがない、辛いぜ、本当に」
結局のところ言ってしまえば、自分はその憧れを捨てるだけの勇気が無かったのだろう。
今まで積み上げて来たものを、価値のないものだと投げ捨てて他の道に進む勇気、それがなかった。だからこそ、向いてないと分かっていながらも、探偵という道にしがみついているだけなのだと思う。非常に情けない自己分析だとは思うけども。
「なんだか探偵って仕事に恋してるみたいっすね」
「そうかもな」
探偵という仕事に恋をしている。
確かに言い得て妙な表現だと思った。
「だからまあ、苦しくても平気なんだろうよ。どんなに苦しくても、探偵であれるなら。ほら、映画とかでも恋人と一緒にいれるならどんな苦難でも乗り切れるってよく言うし、そんな感じだよ」
言っておいてなんだが、凄いことを言っているな。
目線を逸らすために、注文しておいたコーヒーを口にする。
……やっぱり苦くてのめたものじゃない。
煙管も吸うと咽るし、やっぱり理想像であるハードボイルドでかっこいい探偵とは程遠い現状に嫌気がさす。
「しかし、自殺か。嫌な事件に巻き込んじまったな」
「なんかあったんっすか?」
「……蓮の母親な、自殺したんだよ。あいつがまだ中学校のころにな」
話すかどうか少し悩んでから、結局蓮の話をすることにした。
あの推理が本当なら、オリジナルに戻った時に柊佳ちゃんが再び死を選ぶ可能性は十分にある。
死因を思い出した時、再び死にたいと思う可能性は零ではない。だからこそ、神様は『生き延びることを願っている』なんて言い回しをしたんだろう。
それならその可能性を少しでも低くするためなら同情でもなんでも、使えるものは使うべきだろう。
俺の言葉じゃあ、きっと薄ぺらくて届かないだろうしな。
「え……」
「蓮の母親が自殺を選んだ理由は俺にも分からねえ。ただまあ、一人で連の奴を育てることに疲れたんじゃないか親は言っていた。
……あと、これはあくまで噂なんだが、本当は無理心中の予定だったらしい」
「無理心中って」
その言葉の意味を悟ったのだろう、柊佳ちゃんの顔から血の気が引いた。
「……蓮の奴は偶然助かったみたいだけどな。そこからはまあ酷いもんだったぜ、いつもクラスの中心だった奴が急にしゃべらなくなっちまったんだから」
あの頃の蓮の奴は見てるこっちの方が痛々しかった。
「それは……」
柊佳ちゃんも何を言っていいか悩んでいるようだった。
確かに急にこんなことを聞かされても、反応に困るというのが本音だろう。
「あいつはさ母親を止められなかったことをずっと悔やんでたんだ。一番近くにいた、自分が何で支えて上げれなかったんだってさ。ずっと言ってたよ。
すげえよな、普通自分と無理心中とした相手を止めれなかったことを後悔しねえよ。むしろなんで自分を殺そうとしたのかって攻めても可笑しくねえって」
あの時のあいつの気持ちが分かるとは嘘でも言えない。
ただあの時のあいつの、ただ生きているだけといった様子はもう見たくない、それは紛れもない事実だった。
「まあだからさ、もし元の体に戻って死にたいって思ってもさ。生きてやってくれよ。あいつのためにさ。多分柊佳ちゃんが死んだりしたら、あいつあの時と同じぐらい悲しむと思うからさ。また止められなかったってな。
すげえこっち本位なお願いだけどさ、頼むよ」
自分から死にたいと思う程の悲しみ、それがどんなことか分からない俺が言えるのはこれぐらいのものだ。
「はい……」
自分から死を選ぶ程の理由を思い出せない、柊佳ちゃんの返事も弱弱しい。
やっぱり探偵になんか向いてないよな、俺。
思わずため息が出てしまう。
本物の名探偵ならここでビシッと、柊佳ちゃんもオリジナルも両方を説得し、崖の上で涙を流しながらもう二度と自殺なんてしないと宣言させているだろう。
だが現実はどうだろうか。
俺が出来ることといえば精々、相手の善意に漬け込むことぐらいのものだ。
こんなだらしない名探偵なんてどこにもいないだろう。
自分の能力の無さが、本当に嫌になる。
自己嫌悪に陥っていると、喫茶店に来訪を告げるベルの音が鳴り響いた。
「……来たな」
扉にいるのは間違いなく、オリジナルと蓮の奴の姿だった。
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