10

 東里舞との話の後、もしかしたら何か見つかるかもしれないと思い、この時間軸に来た他の生徒を探し続けたが、結局新たな人物が見つかることはなかった。


 時刻が午後二時になり、これ以上捜索するのは難しいと判断した水守によって僕達、三人は再び事務所に集合することになった。


「それで犯人は誰だと思う?」


 苛立ちを隠せないのか、小刻みに貧乏ゆすりをしながら水守が僕達に訊く。


「正直分かんないっす」

「……悔しいけど同じく」


 犯人が分からないというレベルではなく、容疑者の一人すら浮かんでいないのだ。

 この状況は異常とも言っていい。


「もう時間がねえぞ」


 約束の時間まではもう三時しか残されていない。

 それまでに犯人を見つけなければ……これ以上は考えたくもない。


「もう一度、今回の事件を振り返ってみたほうが良いかもしれない。新しい情報が出ない以上、そうするしかないよ」


 もう今の情報で全ての謎が解けると考えるしかない。

 もう新しい情報を探る時間なんて残されていないのだから。


「それしかねえか」


 再びホワイトボードに


『東里柊佳殺人事件


いつ

どこで

だれが

なにを

なぜ

どのように』


 と目次を書きだす。


「この中で確定しているのこの部分だよね」


『東里柊佳殺人事件

いつ  十月十三日

どこで

だれが 犯人

なにを 東里柊佳を殺害した

なぜ  怨恨

どのように』


 慣れた手つきで情報を書き足す。


「厳密にはなぜの部分は怨恨は確定してないけど、これ以外の線を結局考えられなかったし、これで確定していいはず」


 金銭関係や、痴情の縺れ関係の話は誰からも訊くことが無かった。


「つまり大切になってくるのはどこでとどのようにか」

「いや、場所に関しては正直自宅又は学校、後は通学路の三択で良いと思う。それに場所で犯人を特定できるとは思えないし」


 たとえば犯行現場が学校だとしてもその犯人が学校関係者とは限らない。

 どこでという情報は、僕達が求めないといけない誰がという情報を考える際に、たいして意味を持たないだろう。


「それもそうだな。ならやっぱりどのようにか」


 そう結局のところ動機、それが分からなければ犯人の特定なんて出来ない。


「たぶんなんだけど大量殺人ってせんは切ってもいいだろうな」

「ここまで探して何もかすらなかったすもんね」


 ここまで時間を使っておいてなんだが、見つからなかった以上そう考える方が自然だ。


 もうすでに他の生徒達は犯人を外してしまった可能性や、全員既にオリジナルに見つかってしまっていた可能性もなくはない。ただそれらしい犯人を見つけたとしても、確信が持てるまでは人間の心理として時間ギリギリまで粘りたくなると思う。自分の命がかかっているとなれば尚更だ。確信に至るような情報を見るけることも難しいだろうし、複数人がこちらにタイムスリップしている場合、全員が全員ゲームに負けたと考えるのは不自然だ。


「そうなると……どうなるんっすか?」


 困ったように、東里さんが言う。

 今の段階で言える事と言えば、大量殺人以外なら何でもありという状況なのだから。


「……今の段階だと何でもありだな、ただ今までの捜査の中で何かヒントがあるはずなんだ」


 そうなってくると気になってくるのは、あの神様との会話だ。

 未来での犯行、犯人の正体を知っている唯一の人物との会話だ。

 あの会話のどこかにヒントが隠されているはずなんだけど……。


 ただその先は誰も言葉を口にしなかった。


「……なあ、ここは少し誰がについて考えてみないか? このままどのようにを考えても何も出ないっぽいし」

「その方がいいかもね」


 正直なところ今の状況では手詰まりだ。

 こういった時思考を切り替えてみると、意外とすんなりと理解出来ることがある。


「可能性としてありえるのは……その一年前に告白を断ったっていう前田翔太。後は……その深沢正樹の二人か?」


 水守は少し考えた後に、結局深沢正樹の名前を口にした。


 一応彼も捜査線上に名前が挙がった人物ではある、情報を整理するという意味では念のため彼についても考えて置く必要があるとの考えだろう。


「なんでそこでお父さんの名前が出てくるんっすか?」


 東里さんは首を傾げた。

 彼女からすれば突然死んだはずの、父親の名前が出てきたのだから当然だろう。


「その……お父さんは実は死んでなくて、失踪しただけみたいなんだ」

「ふーん、そうなんっすね」


 東里さんにとってはかなり衝撃的な事実のはずだが、そのことに全くに気かけた様子はない。むしろ言い捨てるような口調だった。


「案外驚かないんだね」


 父親が生きていることを知れば取り乱すかもしれないと思っていたのだが、それは杞憂だったようだ。


「んー、まあ別にどうでもいいっすからね。生きてるのに今まで顔を出さないってことは多分、一生私に関わるつもりはないはずっすから。それなら死んでいるのとそんなに変わらないかなーって思ったっす」


 心底興味なさそうに、東里さんは言った。

 彼女からすればただ血が繋がっているだけといった感覚なのだろう。


「それは、そうかもしれない」


 二度と関わらないなら死んでいるのと同じか。

 なるほど、そういう考え方もありなのか。


「まあ、それに私にはお母さんがいるっすから!」


 先程の様子から一変、溌剌とした様子で水守さんは言う。

 どうやら東里舞の父親の存在を知られてしまったら、娘がそちらに行ってしまうのではないかという心配は杞憂だったようだ。

 この様子からそれが良く分かる。


「深沢正樹については未だ行方知らず、犯人として指摘するのは不可能だ。もしもの時には前田翔太を指摘するしかないが……」


 水守も前田翔太が犯人だという、推理にどうやらしっくり来ていないらしい。

 それは僕も同じだ。


 やっぱり動機が動機なだけに、前田翔太が東里さんを殺すとはどうも思えないのだ。そうなると結局容疑者の候補が全滅してしまったことになる。


 やはり手詰まり感を覚えたその時だった。


 仕事用の携帯が鳴った。


「ごめん、ちょっと出てくるよ」

「おう、すぐ戻って来いよ」


 表示されている電話番号は見たことのない番号からだった。


「もしもし、こちら水守探偵事務所ですが、仕事の御依頼でしょうか?」

「はい、その、飼い犬が逃げてしまって」


 随分と切羽詰まった様子の婦人からの電話だった。

 気持ちとしては今すぐにでも切ってしまいたかったが、向こうからすればこっちの事情なんて知ったことではないだろう。


 さっさと用件だけ聞いて、電話を切ってしまおう。


「であれば、逃げた飼い犬の捜索が依頼ということでしょうか?」

「はい、そうなんです。えっと、茶色のトイプードルで名前はポチって言います。それでえっと、首輪は点けてないんです。その散歩中に首輪が苦しそうで外したら、すぐに走り出してしまって。普段はそんな子じゃなかったのに、どうしてあの日に限って」


 愛犬がいなくなってしまって、錯乱しているのだろう。普段なら何も思うことはないのだが、もっと簡潔に話せないものかと嫌になってくる。

 逃げた時の状況なんてどうでもいいし、今はそんな話を聞いている余裕はない。


「ええ、飼い犬がいなくなってしまって混乱してしまう気持ちもあります。ですが当探偵事務所では明日まで調査が入っており、そちらの調査が開始するのが明日の十九時以降になってしまうのですが、それでもよろしいでしょうか?」


 努めて冷静を装いながら、今そんな暇はないことを告げる。


「もっと早く出来ないんですか?」


 電話越しではあるがその声からは苛立ちを隠しきれていなかった。


 苛立っているのはこっちの方だっていうのに。


「すみません、どうしても人員を割くことが出来なくてですね」


 だがその苛立ちを前に出すわけにはいかない。

 そうすればこの電話の時間がもっと伸びてしまう可能性だってあるからだ。


「分かりました、それならそれでいいです」


 ごねても無駄だと悟ったのか、不貞腐れたような口調だった。


「それでは明日の十九時にお伺いしますので名前と住所の方をお願いします」


 電話口に訊いた氏名と住所をメモをとり、間違っていないことを復唱してから、すぐに電話を切る。


「何の電話だったんだ?」


 水守がこっちの方を期待したような目つきで見てくる。

 大方、名刺を渡した誰かからの話だと期待していたのだろうけど、残念な事実を伝えないといけない。


「普通に依頼の話、犬がいなくなったから探して欲しいってさ」


 水守は頭を下げて、分かりやすく落胆する。


 僕だって気持ちはおなじだ、普段ならうれしい依頼の話もこんな非常事態が前だと全く嬉しくない。しかも、犬が迷子になった理由が自業自得ともいうべき内容なら、むしろ怒りが出てくるとも言えるほどだ。


 苦しそうだからって首輪を解けばそれは逃げるだろう。相手は言葉の通じる人間ではなく、動物なんだから。ちゃんとリードでつないでおかないと。人間に首輪を繋ぐ時なんて殆どないに等しいけども。


 だが、今そんなことに怒りを向けている暇はない。

 早くこの事件の犯人を見つけないと……


「……あれ、待てよ」


 その時僕の頭の中で、一つの考えが思い浮かんでいた。


 これなら今まで疑問に思っていたことは、説明出来る。むしろこれ以上に納得できる推理は思い浮かばないといえるほどだ。


 だけどこんなことありえるのか?


 いや、でもそうとしか思えない。


「……犯人わかったかもしれない」

「なに、本当か?」


 水守はこちらに期待の目を向けた。


「うん、確証はないけど……これなら今まで引っかかっていたことも全部分かるんだ」

「それでその犯人っていうのは誰なんっすか」


 東里さんも同じようにこちらに視線を向ける。


「それは……」


 自分の推理を口に出そうとして止まってしまった。


 確かに、これが今考えられる可能性として高いのは間違いない。


 だけど、本当にこれでいいのか?


 こんなことがこの事件の真相でいいのか?


「その前に一回、今回の件について振り返りたいところがあるんだけどいいかな」


 正直な所自身の推理に全くと言っていい程自信を持てない。


 いや、むしろ間違っていた方がいいのではないか。そんな風に思ってしまうのだ。


「なんかわからねえけど、それが必要なんだろ? それなら振り返るしかねえだろ」

「ありがとう」

「とはいっても、振り返るってどこから振り返るんっすか?」

「……まずは神様が話していた内容を振り返りたいんだよね」


 多分これで全部分かるはずだ。


「神様が言ってた内容っすか?」


 唯一この事件の犯人を知っている人物、彼の話をもっと大切にするべきだったのだ。


「うん。前に東里さんが話してくれた内容、一応書き写しておいたんだけど、ちょっとこれを見て欲しい」


 パソコンを起動して、神様が言ったとされる文章を印刷してからそれを二人に配る。


『お前は明確な殺意をもって殺された。お前を生きかえらしてやろう。

 ただしその前にゲームをしてもらう必要がある。簡単な謎解きゲームだ。

 お前を事件が起きる一週間前の過去に送る。

 その事件が起きる前日の午後五時までの間にお前を殺した犯人、その張本人を指さして見事犯人は貴方だ、と宣言することができればゲームに勝てる。

 だが一度でも間違えた場合又は、回答できずに制限時間が来てしまえば負け。

 ゲームに負けた場合、過去にいったことによっておこる影響は全てなかったことになる。

 神様の言っていることに嘘はない。

 事件の死因に関する記憶と死ぬまでの七日間の記憶は全て無くした状態で過去に送る。そして過去に行く以上過去の世界線のお前(オリジナル)が存在しているがそいつにお前の存在が気付かれてはいけない、もし気づかれた場合も負け。

 私は君に期待している。生きかえりのチャンスを手にしたまえ』


 多少言い方に際はあれど、神様が言っていた内容に間違いはないはずだ。


「この内容に間違いはないよね?」

「えっと、そうっすね。ほぼほぼ同じっす」


 東里さんのお墨付きももらった。

 それなら僕の推理が大きく外れているということは無いだろう。


「それで、この話のどこが気になるんだ?」


 紙に目を通しながら、水守が尋ねる。


「気になるところはいくつかあるんだけど、一つずつ考えていこうと思う。まず一つ目なんだけど、なんで神様が事件発生の一週間前にわざわざ東里さんを連れて来たのかってことだ」

「ああ、それな。神様の気まぐれだとかそんなもんだと思ってたんだが違うのか?」

「その可能性もある、だけど神様が何の目的もなくそんなことをするとは思えないんだよね」


 神様がただの謎解きゲームをさせるとは思えなかった。それに東里を生き返らせるのには世界を改変する必要があるというなら尚更だ。それ程の事を目的なしにやるとは思えない。

 だったら、神様が取った行動には全て意味があると考えた方が自然だ。


「なら一週間前に来させた目的ってなんなんっすか」

「ゲームを難しくすることじゃねえか? オリジナルと会ってはいけないってルールもあるからな」


 水守が考えを述べた。


「そこも気になる所なんだよね」

「ん? 何か気になるところか? それ以外の理由は思いつかねえけどな」

「オリジナルと会ってはいけない、このルールって可笑しくない?」

「そうっすかね。別に気にならないっすけど」

「いや、変なんだよ。だってこのルールだと、事件が解けるはずがないんだ」


 今回のゲームは謎解きゲームとして破綻している。


 頼れるものは無し、この時間軸で記憶を持っている自分とすら協力出来ないそんな状況で事件が解けるはずがない。


 今日の朝の時点で謎が解けない理由としてあげなかった三つ目の理由、そもそもこの事件は解けるように出来ていない。それがあの時事件の謎が解けなかった理由だったのだ。


「いや、そんなわけないだろ」


 水守はそれを否定する。


「それならオリジナルと会ってはいけないっていうのは、何のためのルールだと思う?」

「それはまあ、オリジナルと会えないっていうのは監禁とかで無理やり事件を起こさないためのルールとして……」


 そこまで言って水守も気づいたようだ。


「そうなんだよね。事件は起こるんだ、東里さんが何をしてもオリジナルのは事件に巻き込まれるはずなんだ」


 ゲームに負ければ、過去にいったことによっておこる影響は全てなかったことになる。それはゲームの中でも決められている。


「なら、これならどうだ。そもそもこのゲームは本人ではなく信頼できる誰かと協力することが目的のゲームだったら?」

「その線は僕も考えた。だけど単純な謎解きゲームだとするとそうする意図が分からないんだ、なんで神様は他人と協力なんかさせようとしたんだろうって」


 過去の自分とはいえ、自分は自分だ。これがただの謎解きゲームだというなら、プレイヤーの力のみ、つまりは東里さんとオリジナルが協力する形で謎解きする方が自然になる。


「それは……確かによくわかんないっすね」

「だから逆に考えてみたんだ。実はこのゲーム、解いても解かなくてもいいんじゃないかって、そうしたら他人と協力させる意味も分かったんだ」


 そうすべては前提から間違えていたのだ。

 このゲームの勝敗、それは一切この事件に関係なんて無かった。そう考えればすべての事が説明出来る。


「どういう意味だ?」


 こちらを疑うような口調で水守が訪ねてくる。

 まあ卓袱台を完全にひっくり返したようなものだ、こういった反応になるのも理解出来る。


「神様の話をもう一度見て欲しんだけど、神様はゲームに勝ったら生き返らせるとは一言も言っていないんだ」

「は? そんな訳……」


 水守は途端に紙に目を落とすも言葉を続けることが出来ない。

 東里さんも同じような様子だった。


「言ってないよね?」


 その神様が言っていたのは、あくまで生き返る前にゲームをやってもらうという事だけであり、そのゲームの勝敗によって生き返れるかどうかを決めるとは言っていない。


 神様が明言しているのは、ゲームに負けた際に、過去に行ったことによっておこった影響、これをなかったことにするというだけだ。


「それは確かにそうだが……」


 ただ水守の奴は納得できなかったようで、食い下がってくる。


「うん、そうだよね。納得できるはずがない、だけどさ、最後の発言を見て欲しいんだ」

「私は君に期待している。無事生き延びたまえ…っすか? この言葉に意味に何の意味があるんっすか?」


 変な言い回しだとは思っていたのだ。

 ただその意味がようやく分かった。


「生き返る事がゲームに勝利する条件なら、生き延びることを期待するのは不自然だと思うんだよ。そこは生き返る事、またはゲームに勝利することを期待する方が自然なんだ」

「それは……まあ、一理あるか……」


 これでもどうにも水守の奴は納得はしきっていないらしい。


 まあ、僕だってこの考えになったのは真相からの逆算だ。今の段階だと納得できないのも仕方ない、まだ僕は真相についてを口にしていないのだから。


「それで本筋に戻るんだけど、このゲーム。一週間前に戻した理由は他人と協力、本来は頼れる人物、友人である市川さんとかと協力するっていうのが、ゲームの本筋だったんだと思うんだよね。

 まあ今回は何の因果か、僕達水守探偵事務所に依頼がまわってきたわけだけど」


 それが幸運だったのか、それとも不運だったのか今の僕にはまだ結論を出すことが出来ないけども。


「それで次に気になったのは、死因に関する記憶をなくしたことなんだ」

「そんな気になるもんか?」

「もちろん、だってそれのせいでこの謎解きゲームは破綻しているんだから」


 時刻以外にも死因が分かっていれば、犯行方法の面から犯人の特定を進めることが出来る。ただ今回の事件では被害者と犯行時刻しか分かっていない。

 三つの文字を求める連立方程式で、一つの文字と一つの式だけを与えられているようなものだ。これでは解きようもない。


「解かせるつもりが無かったから、最初からいらないって判断したんっすかね?」


 確かにそう考える事もできる、ただただ理不尽なゲームを押し付けたそう考える事も出来るけど。


「僕はどちらかというと、死因を隠す必要があったからだと思うんだ」


 わざわざ死んだときの証拠を葬式の映像にしていたり、死因を知られないように徹底しているあたり、そちらの方がしっくりくる。


「死因が分かると犯人が分かる可能性があるって言ってたな」

「うん。というか死因のみで犯人が分かるとすれば、それを教えるわけにはいかないよね」

「まあ、そんなものがあればな」


 それについてはもう話し切っただろうという風に呆れたような口調で水守は言った。


「そしてこれが最後になるんだけど……僕達はこの三日間捜査をしたけど怪しい人物は誰一人出てこなかった。

 もちろん、捜査不足だとかそういうものもあったかもしれないけど、それでも相手を殺したいほどの恨みなんだから捜査線上に出てこないのは不自然だ」

「そうっすね。よっぽどの快楽殺人者とかそういうのじゃなければ、見つかるはずっす」


 人を殺すほどの恨みと言うのはよっぽどだ。

 こんなに影も形もないなんてことあるはずがない。


「だからさ、多分殺人なんてなかったんだよ。東里さんは殺人事件に巻き込まれたりしていないんだ」


 だからこそ、今回の事件の真相はこうなってしまう。


「いやいや、そんなことありえないっすよ! だって私は明確な殺意を持って殺されたんっすよ?

 それなら、犯人がいないなんてことありえるはずがないっすって! どうしたんっすか、伊藤さんこんな時に冗談なんてらしくないっすよ。ねえ、水守さん」


 ただその声に水守は答えない。

 何かを考え込むように俯き、そしてやがてゆっくりと顔を上げた。


「ああ、なるほど。確かにそれなら殺人は起こってない、ゲームの勝敗を重視せず協力させる意味も分かる……分かるが……本当にこれが答えなのか?」

「そうだと思う。出来れば何か反論があれば嬉しいんだけど」


 もう時間がないためこの推理が合っていて欲しいという気持ちと、こんなことが真相であって欲しくないという二つの気持ちがせめぎあっている。


「……いや、ないな」


 水守は力なく、顔を横に振った。


「なんなんっすか? お二人には何かわかったんっすか?」


 ただ一人分かっていない、東里さんが僕達の顔を見回す。



「自殺だよ。東里さんの死因は、だから殺人なんて起こってないんだ」



 そうとしか考えられないのだ。


「いやいや、そんなの可笑しいっすよ!」


 その声に信じられないといった風に、東里さんが声を上げる。

 それもそうだ、いきなり自分が死んだ理由が実は自殺だなんて言われて納得が出来るわけがない。そもそもどんな死因でも納得は出来ないだろうという、話しは置いておくとしても、その中でも特に自殺というのはイメージがしにくいだろう。


「でも自殺だとすると納得できることが多いのも確かなんだ。死因が自殺であればこうも死因をひた隠しにする理由も理解出来る」

「死因そのものが犯人を特定する理由になるからな」


 自殺という死因、それは被害者と加害者が同一である事を証明している。

 これでは謎解きゲームの意味をなさない。オリジナルとの接触を禁止したのも、同じ意図だろう。本人から話を聞けば、すぐに犯人が分かってしまう。わざわざ葬式を移す程に死因を徹底して隠していたのも、これが理由だろう。

 それもまあ、とうぜんだ。犯人から直接話を聞くことになるんだから。


「明確な殺意を持って殺されたっていうのはどうなるんっすか?」

「それは、自分自身に殺意をもって、自分を殺したって事だと思う」


 そう考えれば、神様の言っていることに矛盾は生じない。

 自分自身の意思で死ねば、それは自分自身に対して殺意を持ち、自身を殺したということだって出来るのだから。


「それなら、神様は何でこんなことしてるんっすか!」

「それは……多分だけど、自殺した人が本当に死にたいのかというのを見定めようとしていたんじゃないかな」


 そう考えると、今回のゲームについても理解出来るのだ。


「ありえるな。たいていどこの宗教でも自殺の禁止ってのはある、神様が自殺と言ったものに嫌悪感を持っていてもおかしくはない。

 それに自殺っていうのは、最期を自らの手で選ぶだけであってそれ以前の事を踏まえると罰せられないだけで殺人とほぼ同義と呼ばれることもある」


 虐めによる自殺、ブラック会社による労働に耐えかねての自殺、詐欺にあって借金で首が纏わらなくなっての自殺。

 こういったものは他者の行動によって、自分で死を選ぶという選択を取ったことになる。確かに虐めを行ったものや、詐欺を行ったものなどによる間接的な殺人だと考える事が出来るのも確かだ。


「だからまあ、あー、うん。神様の目的としては自殺した奴が本当に生き残りたいかを見たいっていったところだろうな。死因、つまり死にたいと思ってしまう程の記憶を無くしてしまって生に執着させようとしたんだろう」


 水守は何かを隠しているような言い分だったが、この状況でわざわざ隠すということは、東里さんには聞かれない方がいい事なんだろう。

 それならこちらとしても言及しない方がいいだろう。今は話を進めよう。


「それでなんで友人、志保ちゃんと協力させようって話になるんっすか?」

「市川さんが協力している姿を見せる為だよ。きっとね」


 誰かが自分が生きて欲しいと願っている、その姿はきっと生きるための理由になるはずだ。それを見たうえでまだ死ぬのかどうか、それこそがこのゲームの本題なのだと思う。だからこそ、わざわざ事件の一週間前に送る必要があったわけだ。

 もし事件の後なら、市川さんは犯人を知っているだろうし、良く分からない空間を作って一人で謎解きをさせると協力者を見つけれない。


 そこから考えるとおそらく、勝っても負けても今の東里さんの記憶はオリジナルに引き継がれると考えるのが妥当だ。

 記憶を受け継いだ後の選択、それが神様にとっては大切だったのだろう。だからこその『生き延びることを期待している』という言い回しだったのだろう。


「それに自殺だと思う理由はもう一つあって、鞄の中から無くなっていた物について覚えているかな?」

「えっと、数学のノートと携帯っすよね」


 そう、何故かその二つだけこの時間軸に来た際に、綺麗に鞄の中身から無くなっていた。


 あの時は何故その二つが存在していなかったのか、全く理解出来なかったが今なら分かる。


「ああ、そういうことか。数学のノートは遺書として使ったんだな」

「そうだと思う。もし普通の殺され方をしていたのだとすれば、この二つだけが持ち込まれなかった理由が、説明出来ないんだよね。携帯は何とでも説明出来るけど数学のノートだけはどうやっても説明出来ないんだ」


 数学のノートを丸々と使ったというよりは、多分ノートのページを破って遺書としたんだろう。

 その破れたノートは死因に繋がるものであるため、こちらの時間軸に持ってくることが出来なかったと考えればしっくりくる。

 携帯の方は、多分直接遺書を送ったんだろうと思う。


 東里さんの交友関係を考えると、ノートは市川さんに向けた遺書、そして携帯のものは母親への遺書だと考えるとしっくりくる。


「それは、そのそうかもしれないっすけど! でも、そもそもなんで私が自殺なんかするんっすか!」


 東里さんは納得できていないようで、声を荒げる。


「肝心の自殺する理由についてだけど、正直なところまだ確信がないんだ」


 そう、自殺だとすれば今回の事件が全て納得いくのは事実だ。


 ただ一番大切な自殺をする理由についてはどうも引っかかるところがあるのも事実だ、これがこの推理を口にするのが躊躇われた要因でもある。


「ほら、やっぱり間違ってるんっすよ」


 その声は本気で嘘と思っているよりは、嘘だと信じたい、いやそう信じようとしているように聞こえた。


「でも、その理由は簡単に分かるはずだよ」

「どうやるんっすか?」


 怪訝そうな目で、東里さんはこちらを見た。


「簡単だよ。本人に聞いてしまえばいいんだ」

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