12
水守と東里さんを学校近くにある喫茶店「たまら」待機してもらってから、僕はオリジナルが学校から出てくる所を待っていた。
しばらく待っていると、校舎の正門にオリジナルの姿が見えた。
前回やった時と同じように、人通りが少ない地点になってから話しかける。
「すいません、ちょっとよろしいでしょうか」
オリジナルは突然話しかけられたことに困惑していた様子だったが、話しかけたのが自分だと分かるとすぐに柔和な笑みを浮かべた。
「いいっすけど、今回は何の用っすか?」
「前回の話の続きでもう少し聞きたいことがありまして、お時間よろしいでしょうか」
「むむ、良いっすよ。あのドッペルゲンガーさんが捕まったかどうか私も気になっていたっすから」
オリジナルは片手で敬礼のようなポーズを取りながら、こちらに身を乗り出した。
「ちょっと長くなるだろうから、そこの喫茶店で話をしてもいいでしょうか?」
話の内容的に、こんな道端で話が出来るような内容ではない。どこかで腰を据えてから話をしたかった。
「……分かったっす」
こちらの雰囲気を察してか、こちらの誘いには乗ってくれた。
喫茶店の中を見渡してみると、水守とフードを目深に被った東里さんの姿があった。
それを確認して、彼等の座っている席が僕の背中側になるように座る。
「こういうところは初めてっすね。それでドッペルゲンガーさんはどうなったんっすか?」
一見好奇心旺盛そうに、机に乗り出しながら彼女は話を始めた。
凄いな、こうしてまじかで見ても、自殺を考えているとは到底思えない。
「その話をする前に、とりあえず注文が来てからにしようか。どうせ長くなるんだからさ」
「……そうっすね。もしかして、探偵さんの推理披露ってやつっすか? いや、まだ情報集めの段階なんっすかね。なんにせよワクワクっす!」
一瞬だけ気だるげな表情を浮かべたのを僕は見逃さなかった。
それは本当に一瞬のことで、注意深く見ていないと見逃すか、もし見たとしてもそれを気のせいだと思ってしまうだろう。
「そうだね……飲み物はコーヒーでいいかな?」
「何でも大丈夫っすよ!」
特に抵抗することもなく、彼女はこちらの提案を呑んだ。
やっぱり、オリジナルと東里さんは違う。
死因について忘れているだけなんだけど、たったそれだけの事で、これほどまで違うというのか。
「そっか」
机の上のベルを押すと、店主が注文を取りに来る。
「ホットコーヒー二つで」
その注文に対して、オリジナルはやはり何も言おうともしない。
しばらく待っていると、店主が慣れた手つきでコーヒーのカップを二つ置いていく。
「それで結局ドッペルゲンガーの件はどうなったんっすか?」
催促するように、東里さんは話題を振ってきた。
話を聞きたいというよりは、さっさと話しを終わらせてしまいたいというのがきっと彼女の本心なのだろうな。
「うん。その話の前にちょっと本題を話そうと思うんだけど、君死のうとしてるよね。明日の放課後に」
僕がそう尋ねた瞬間オリジナルはあからさまに動揺した。
下手に腹の探り合いをするより、直球を投げつけたほうが効果的だと思ったが、その考えは間違ってはいなかったらしい。
「な、何言ってるんっすか。死ぬなんてそんなことしようとするわけが……」
「いいんだよ。そんな取り繕わなくっても」
相手の言い分を遮るように、言葉を続ける。
明らかに動揺を隠せていない、畳みかけるなら今のタイミングだろう。。
こちらの問いかけに対して、逃げれないと悟ったのかオリジナルは大きくため息をついた。
「……なんで分かったんっすか」
僕の背中で息をのむような音が聞こえたような気がした。
「そっか、やっぱりそうだったんだね」
それは推理が確信に変わった瞬間だった。
「かまをかけたんっすか?」
「まあ、端的に言えばそうだね。正直な所確証があったわけじゃない。ただ君の反応で僕の推理は間違っていなかったと確信したよ。
……まあ本音を言えば間違っていて欲しかったんだけど」
どれだけ他の状況が説明出来ると言っても、自殺するほどの理由が不明なうちは確信することは出来なかった。
「なるほど、どうして疑惑が掛かったのは気になるっすけど……その前にこっちを聞かないといけないっすよね。
これからどうするつもりっすか? 母親にでも話をするつもりっすか? それとも志保ちゃんに?」
……さて、ここは大きな分岐点になると思う。
今の時点で東里さんが巻き込まれたゲーム事態に勝利することは確定している。
ただ今からしないといけないことは、東里さんが生き返った際にもう一度死なないようにすることだ。
ゲームの勝敗なんてことは、もはや関係ない。ゲームに勝ったところで、最終的に彼女が再び死を選んでしまったらそれは負けと同義だ。
母親や市川さんに東里さんが自殺を考えていた話をすれば、あの二人が止める為に力を尽くしてくれることは想像に難くない。
東里舞の娘への愛は本物だし、市川さんも面倒見は良い方だろう。
だからオリジナルの自殺を止めるという事だけなら、その方法を取るのは間違いではないだろう。むしろ、自分達よりもオリジナルの事を良く知っている、彼女達に任せておいた方が良いような気もしてくる。
「……いいや、誰にも話さないよ。だけど、その代わりに何が君をそこまで追い詰めたのかを教えて欲しい」
だけど、いやだからこそ、僕は自らの意思で一歩踏み込むことにした。
水守の奴ならこうしただろうし……いや、言い訳にあいつを使うのは良くないな。
僕がそうしたかったから、今一歩踏み込むことにしたんだ。
説得できる自信なんてものはない、所詮僕と彼女は他人だ。
東里さんならともかく、オリジナルにとって僕なんてただ突然話しかけてきた怪しいおっさんにすぎない。
それでも今回の依頼は水守探偵事務所として解決するべきだと思ったし、そうしないと後悔すると思ったんだ。
「そんなのでいいんっすか?」
「ええ、もちろん」
「……話してもいいっすけど、それならその前にどうして私が自殺しようとしているのか分かったのか教えてもらえないっすか?」
当然その部分は気になる話だろう。
流石に東里さんの話をするわけにもいかない。ゲームが今の段階で負けで終わってしまうのは、おそらく良い結末にたどり付かないだろうから。
「それぐらいで良いなら、話すよ。まず一番初めに気になったのは、市川さんと話をした時だった」
「志保ちゃんっすか?」
それはオリジナルにとっては想定外の角度だったらしい。困惑の感情が顔に良く表れていた。
「ああ、僕は君と話をしたその日の放課後に市川さんに話を聞きにいったんだ。ドッペルゲンガーの話をしにいくためにね」
「ああ、どうりで今日はやたら志保ちゃんが私に構ってきたんっすね」
随分と友人想いなことだ。
まあだからこそ、東里さんとも友達になれたのかもしれない。
「けど、そこで一つ違和感があったんだ。市川さんは君のドッペルゲンガーの話を知らなかったんだ」
そう、市川さんは僕の質問に全く心当たりが無かったのだ。
「それのどこが変なんっすか? ただ知らなかっただけじゃないっすか?」
「そうだね、たしかに知らないだけなら特に不思議じゃない。ただ今回問題なのは、朝君にドッペルゲンガーの話をしてから、放課後に市川さんに話を聞きに行ったのに彼女が何も知らなかったことなんだ」
少なくとも、市川さんの事を友人だと思っているのは東里さんオリジナルの両方から聞いている。だからそこは疑いようがない。だが、ここで問題になるのは、何故オリジナルはドッペルゲンガーの話を市川さんにしなかったのかという疑問だ。
オリジナルと話してみた感覚としては、登校の際に探偵に話しかけられたことは友人に言いふらすと思っていた。それに、その内容が自分のドッペルゲンガーが現れたという事件なら尚更だ。
そういった非日常は誰かに話したくなるものだし、僕のような探偵に好印象を覚えない人間でもそうなのに、オリジナル様な対応を取る人なら尚更だろう。
しかし現実としては、オリジナルから放課後までに市川さんにドッペルゲンガーの話がされることは無かったわけだ。
「だから多分、あの探偵に喜んでいたのは演技なんじゃないかって思ってね」
「……探偵さんって凄いんですね。今まで市川さん以外にバレたことなかったんですけど、まさかそれだけで知られるとは思いませんでした」
オリジナルの雰囲気が変わった。今までとは違い、あの人懐っこい笑みは消え失せ、顔からはおおよそ表情と言うものが消え去っていた。
おそらくこっちの方が素に近いんだろう。
東里さんがこうした話し方ではない所を見るに、自殺する要因の中にはこうした態度の乖離も原因に含まれているのかもしれない。
「別にそんなたいしたものじゃないさ」
実際僕もオリジナルと、東里さんの態度を比べないと分からなかった。
単体だけをみて普段の態度が演技だと見抜いた市川さんに比べれば大したことは無い。
「それで次に気になったのは市川さんと東里舞、君の母親の話だよ」
「母と話が出来たんですね。忙しいはずですけど」
母親の名前を出すと、オリジナルの表情に陰が指した。
「まあ、色々方法はあるからね。それで二人が言うところに君はいいこであるらしい。市川さんはいい子過ぎるって評するほどにはね。多分なんだけど君はいい子であろうとしてたんだんじゃないかな、そうすれば波風が立たないから。
それなら今までの態度にも納得は出来る。天真爛漫で、誰にでも分け隔てなく接して、いつも笑顔を絶やさない女の子、確かに悪感情を持つのが難しいレベルだ。その全てが演技だというのは恐ろしいけどね」
推測だがいい子であろうとするのは、彼女の家庭環境によるものなのだろう。
女手一つで育ててきた、母親を見て育った結果『いい子』である事が何よりも大切だと思った。
そこまでならありそうな話しで片づけられる。ただいい子であるため四六時中演技し続けていたとすれば、話しは別だ。もちろん誰だって、いい子に見せるために先生の前では多少いい顔をしたりすることだってある、それだとしてもオリジナルのものは度を過ぎているように感じた。
「私と話したのはあの一瞬だけのはずなんですけど、そこまで分かってるんですね」
「まあね」
演技だと分かった理由は東里さんとオリジナルを比べたおかげなんだけど、今東里さんの話を出すわけにはいかない。
「探偵っていうのは凄いものですね」
心の底から感嘆しているようにオリジナルは告げた。
「でもそこまで来たなら死にたい理由も分かるんじゃないですか?」
意地悪そうに、彼女は尋ねた。
「そこなんだよ。僕は最初、いい子ではいられなくなったのかと思った。君の意思やそういったものに関わらず、そういった状況に陥ることはあるからね。良い子ではいられなくて死ぬことを決めたとかね。だけど、多分そうじゃないんだよね」
自分にその意思はなくとも、悪人になってしまうことはある。
知らず知らずに悪事に加担してしまっていたり、悪いケースでは自分が被害者であるにも関わず自分が悪かったのだと責めてしまうことも。
ただそんな兆候は見えなかったし、神様がゲームを仕掛けてきたことも考慮するとか、彼女がそういった突発的な理由で死を選んだわけではないことは分かった。
「ええ、その通りです。私は最期の時までずっと良い子ですから」
いつものとは違う、見るものを引き込んでしまいそうな笑みを見て背筋に冷たいものを感じる。
東里さんとオリジナル、二人は同じ人物のはずなのに到底同じ人物とは思えなかった。
「なら良い子で居ることに疲れたからかな?」
「いえ、違います。私はいい子で居続けるために自分を殺すんです」
そう何の曇りもなく告げるオリジナルの姿に、今度は僕が困惑する番だった。
いい子で居続けるために死ぬ? 意味が分からない。
「それはどういう」
「……えっと、ああそうだ、伊藤さんであってますよね?」
自信なさげにオリジナルは尋ねた。
「ああ、はい。その通りです」
「伊藤さん、親にとっていい子ってどういう子だと思います?」
改めて考えてみると難しい。なんとなくこういうものだという指標はあるのだが、それを上手く言語化することが難しい。
ただ相手はこちらが答えを口にするまで、話を進める気は無いようで卓上にあった砂糖やミルクをコーヒーに入れてスプーンでグルグルと混ぜていた。
「……人の痛みが分かる子で、周りに迷惑を掛けない。何処に出しても恥ずかしくない子かな」
一般的なイメージにおそらく彼女が持っていそうな価値観を付け加えて答えてみる。
「不正解です。いいですか? いい子というのは手のかからない子供のことを言うんです」
きっぱりと断言する様な口調でオリジナルは言った。
「確かにそういう側面もあるだろうね」
手のかからない子をいい子と評するのは分からなくもない。
実際学校の先生などが評価するいい子というのはそう言った基準で口にされることも多いだろう。
「そういうことであれば死人程手のかからない存在はいないでしょう。
育てる手間はかかりませんし、強いて言うのであればそれらに対してやれることなんて墓参りぐらいの物です。ただその墓参りだって、別にしなくたっていいわけです。だからこそ私は死のうとしたんですよ」
話はちゃんと耳に入っているのだが、彼女が何を言っているのかいまいち理解出来ない。
「……それで死んだとしても、君のお母さんは悲しむんじゃない?」
だから僕が尋ねれるのはせいぜい一般論ぐらいのものだ。
「ええ、そうでしょうね。母は悲しんでくれると思います、けどそれは一瞬ですよ。人間っていうのはですね、どんなことも馴れる生き物なんです。最初は悲しんでくれるでしょうけど、長くても一年経てばきっと馴れて悲しみを感じなくなるはずです」
「もしもお母さんが、その悲しみに馴れることができたとしても近所の人達の目は厳しくなると思うけど?」
ほぼ確実に周りの人から娘の自殺を止められたなかった母親というレッテルを張られるだろう。
それは母親にとって周りから白い目で見られる要因になるだろう。それならオリジナルの言うところのいい子である条件とはかけ離れているのではないだろうか。
「人のうわさは七十五日といいますし、すぐにそんな噂消えていきますよ。それで母さんは自分自身の人生を歩むことが出来る、ほら、これでハッピーエンドじゃないですか」
彼女が冗談や何かで言っていないことはその目を見れば良く分かった。
本気でそんな馬鹿らしいことを心から信じて、彼女は言い放っていた。
「……ああ、良く分かったよ」
「あら、意外です。正直理解されるとは思っていなかったので」
「君はやっぱり疲れたんだ」
「……あれ、もしかしてさっきの話全部聞いてなかったんですか?」
こっちを馬鹿にしたような口調で、オリジナルは言った。
「聞いたよ。聞いたうえで、君は疲れたから自殺をしようとしてるんだと思ったんだよ」
むしろそうとしか思えなかった。
「どういう意味ですか」
「そのままさ。君は『いい子』で居続けることに疲れて、自殺と言う楽な道に逃げようとしているだけだ」
「そうかもしれないませんね、確かに逃げているのかもしれません」
口ではそういうものの、表情は全く納得していない様子だ。
内心としてはさっさとこんな話を終わらせてしまおうといったところだろうか。
だけど、僕としてもこんなところで逃がすつもりはない。
ここで退くぐらいなら、最初から一歩踏み込んだりしないだろう。
「あのさ、死ぬぐらいの勇気があるなら『悪い子』になればいいじゃん。どうしてそうしないのさ?」
僕がそう尋ねると彼女は押し黙ってしまう。
「理由を聞きたいんだけど、なんでそうしないの?」
ここが最後のチャンスだと思い、更に畳みかける。
「私は『いい子』じゃないといけないから」
「自殺は悪い子がやる事だよ。それは君も分かっているはずだよね」
「最期に悪い子になるだけです。私が死んだ後はきっと全部が良い方向に」
「ならない、断言するよ。絶対に良い方向になんかなりやしない」
「なんで!」
「君は死の意味を良くわかっていないから」
「それぐらい私だって」
「分かってないよ、全く。君には何も」
彼女は死を軽く考えすぎている。
死が良い方向に進む事なんて、一つもない。死が招くのはただの停止だ。現状からこれ以上悪くなることもなければ、良くなることもない停滞。周りを悪い方向に向かわせて、自身だけが停滞する。
それを良しとするのであれば、僕だって止めることは出来ない。
全てを諦めた人物に対して何を言ったところで響かないからだ。
だけど、彼女はそうじゃない。少なくとも今より良い方向に向かうことを望んでいる。それを知ってしまった以上、僕には止める義務があるし止めないといけない。
「なら、どうしろっていうんっすか」
「東里柊佳として死ねばいい」
「何を……」
「家出でもすればいいんだよ、東里柊佳という名前を捨ててさ」
「そんなこと」
「出来るさ、少なくとも僕はそれに協力する」
その時のオリジナルはまさしく言葉の意味通り言葉を失っていた。
やがて冷静さを取り戻したのか、こちらを睨みつける。
「そんな義理あなたにはないでしょう。こんなどこぞの小娘とも知れない人物の面倒を見る義務なんて」
「そうだね、確かにない。だけど僕はもう自ら死を選ぶ人物を見捨てる事なんてできない」
もう二度と、あんな思いをするのは嫌だった。
死ぬほど後悔するのは、あの一度だけで十分すぎる。
「ああ、もしかして私の体が目的だったりします? 確かに恩を売るのには丁度いい状況ですよね、これって。それでヤルだけやったらすぐにおさらば、そんなつもりですか。あーあ、これだから男って奴は信用できないんですよね」
こちらを怒らせることが目的なのか、やけに皮肉めいた口調だった。
「そんなことは絶対にしないさ」
それを分かっていて、相手のペースに乗るほど僕も馬鹿じゃない。
きっぱりとそのことを否定する。
「そんなこと口だけなら好きなだけ言えますよね」
「いや、言えるとも。そんなことはしないってね」
「なんでそんなことを……」
「だって、この事務所の探偵はいずれ世界に名を轟かす名探偵だからね。その助手である僕がこんなところで汚名を作ってはいけないんだから」
再びオリジナルは、言葉を失った。
水守の奴の事を知らない、オリジナルにとっては訳の分からない話だっただろう。僕にとってみれば、それこそ神様に誓うよりかは信憑性がある誓いなんだけど。
「まあ今のは冗談としても、騙されたって君には悪くない話だろう」
話を本題に戻す。
流石に僕だって、これでオリジナルが納得してくれるとは思っていない。
「それはどういう?」
「もしそういう行為を僕がしたのであれば、君には自殺する大義名分が出来る。誰よりも分かりやすいね。それは君にとって良い事であるはずだけど?」
これが彼女がこの提案に乗ると思った一番の要因だ。彼女にとってはメリットしかない。僕達が裏切ったところで彼女は当初の目的をより達成しやすくなる。
彼女は『悪い子』になってしまったから自殺と言う選択肢を選ぶことが出来るし、遺族は僕達という分かりやすい攻撃の的を見つけることが出来る。母親も娘を自殺させた母親というレッテルではなく、犯罪に巻き込まれた結果娘を失った悲劇の母親になることが出来る。
それはただただ何も理由なくただ自殺するよりはましな未来だろう。オリジナルの理論を借りるのであればと言う前提は付くが。
「……それは」
だがそんな選択肢を提示して尚オリジナルは悩んでいた。
それもそうだろう、彼女の本心としてはただ現状に疲れてしまっているだけなのだ。やりきれなくなって、もう生きたくなくて。だから自殺しようとしているのだ、それを少しでも正当化するために、彼女は自分を誤魔化すためにそれらしい理由を並べていたにすぎないのだから。
だからこそ、その理由は矛盾だらけだし、筋も通っていない。ただ、その事すらに気づけない程に、彼女の心は弱ってしまっている。ただそれだけの事だ。
「それでも何か問題でも?」
「……また後で答えてもいいっすか?」
……これは潮時かな。
元の話からに戻った彼女からは、これ以上話すことは無いという雰囲気を漂わせている。
「もちろん、返事はいつでも期待しているよ」
きっと彼女の中ではまだどうするべきか、揺れ動いているに違いない。
この説得がどうなるのか、僕だって分からない。
成功したと、断言できるような根拠は一切ない。ただ少しでも良い方向にいったと信じるしかないだろう。
オリジナルが立ち去る前に、水守の奴にメールを送る。その直後に後ろからメールの着信音が聞こえたかと思うと、先ほどまで目の前で話していた人物と全く同じ声で
「犯人は貴方だ」
と、言う声が聞こえた。
その声が聞こえた次の瞬間、真っ白な光に包まれて僕の意識は無くなった。
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