水守が夕食は何でもいいと言っていたのだが、結局東里さんの希望によって夕食は近くのファミレスになった。


 そもそも田舎で出前の種類が殆どなかったのもあるが、東里さんが余り乗り気ではなかったこともあり結局ファミレスになってしまった。

 どうせなら寿司でも水守の奢りで食べたかった所だが、依頼人がそうしたいというならこちらから文句を言うわけにもいかない。


 さて、そんな人の金で寿司を食えるチャンスを棒に振り、ファミレスに決めた少女はファミレスのメニューの書かれたタブレットを目の前に目を輝かせていた。


 これだけ喜こばれるならファミレスでよかったと思う一方で、ファミレスぐらいでこんなに喜ぶものかと不信に思う。

 客単価の高いファミレスなら僕だって気分が上がる、ただここはコスパが良く家族で気軽に利用しやすい方のファミレスだ。

 そんな場所で現役の女子高校生が喜ぶものだろうか。


 そこまで考えてから思い出す、東里さんは父親を早くに亡くしていたはずだ。

 金銭的には多少ゆとりはあったといってはいたものの、外食という行為自体、余えいしてこなかったのかもしれない。


「好きな物を頼んでいいからな」

「むむむ、こんなにメニューがあると悩んじゃうっすね」


 東里さんはメニューを一文字たりとも読み逃がしはしないといった勢いで読み続けている。

 ただのファミレスで、これだけ喜ばれることもきっと今後ないだろう。

 多分注文するまで、随分と時間が掛るだろうな。


「しかし明日からどう動くべきかね」


 水守も同じことを考えたのか、今回の事件の話を振ってくる。


「それを考えるのって普通探偵の役目じゃない?」

「いや、俺にだって考えはあるさ。ただそのな、ほら、よい探偵というのは依頼人の話にしっかり耳を傾けるものなのさ」


 これほどまで説得力がない言葉もないだろう。

 目は泳ぎまくっているし、なんなら僕は依頼人ではなく助手だ。せめて助手に耳を傾ける物に変えていておいて欲しい。まあいいや。


「まずは情報を集めるべきだと思うよ。結局何をするにしても情報が足りていない。オリジナルに話を聞くことは必須だし、あとは仲が良いって言ってた市川志保って子からも話を聞きたい。後は……東里さんのお母さんからも話を聞きたいけど……」

「とっかかりがないよな」


 東里さんからの依頼と言う形にして、話を聞くことは出来るがその場合オリジナルに話が行く可能性が非常に高い。

 オリジナルに話が行くということは、東里さんの存在がオリジナルに認識される可能性が高くなる。


「あー、お母さんには話聞けないかもしれないっす」


 さっきまでメニュー表とにらめっこしていた東里さんが申し訳なさそうに口にする。


「どうして?」

「お母さん、あんまり家に帰ってこないんっすよ。それにそのお母さんの電話番号とか覚えてないっすから、その……職場に直接行くしかないんっすよね」

「ああ、なるほどね」


 職場に行くとなればことが大ごとになる。

 水守探偵事務所の評判が落ちるぐらいなら問題はないが、警察などが出張ってくると話は変わってくる。

 東里さんの存在だってばれてしまうし、警察の対応に時間を使う可能性だってある。


「そうなると、話を聞けそうなのは今のところ、オリジナルと市川さんぐらいか」


 二人から話を聞けばまた、話を聞くべき相手というのが見つかるかもしれないがそれにしたって少なすぎる気がする。

 というか、そもそも未来に起こる事件を解決しろというこのゲームの目的自体が間違っているような気さえしてくる。

 なんせ情報が集める方法が殆どないのだから。

 事件が起きていないため、物的証拠を見つけることだってできないし、目撃証言はおろか状況証拠すら取ることが出来ない。ただ動機という一点からしか犯人を推測することが出来ないのだから。

 動機だけで犯人を決めるというのは非常に危険な行為だし、外れる可能性だって高い……というかむしろ当てろという方が難解に思えてしまう。


 人を生き返らせるという、神話でしか聞いたことのない大業、それをなすための試練とでもいうのだろうか。


 もしそうならただの田舎町に事務所を開く探偵事務所としては、非常に荷が重い話だ。


「オリジナルに話を聞くなら、早いほうが良いが……放課後にするべきか」

「流石に、そうなるね」


 今から家に行くというのを除けば、その時間になるだろう。

 流石にこの時間から、家に行くのは非常識だし、向こうもこちらの事を信用してくれるとは思えない。


 信用と言うのは大切だ。こちらの事を信用してくれないと、ちゃんとした情報を話してくれなくなるし、下手すれば適当な嘘を付いて誤魔化そうなんて思われるかもしれない。時間がない今、それは悪手だ。

 流石に学校に乗り込むわけにはいかないから、一番早い時間となると放課後と言う事になってしまう。


「朝じゃあ駄目なんっすか?」

「駄目じゃないけど、流石に朝はね」

「時間がないしな」


 通学途中でゆっくり話が出来るとは思えない。

 むしろ煩わしく思われる可能性が高い。仮に話が出来たとしても放課後話をする約束を取り付けるぐらいのものだろう。それぐらいなら放課後に話かけたほうがいいだろう。


「時間に関してなら大丈夫と思うっすよ。だって私、七時ニ十分には家出てるっすもん」

「七時ニ十分っていうと……えっと、随分と早い気がするけどどうなんだ」

「流石に高校の登校時間はもう覚えてないよ。東里さんの学校だといつまでに登校すればいいの?」

「八時ニ十分までっすね! 話を聞くぐらいの時間はあるはずっす」


 確かにその話が本当なら、話を聞く時間ぐらいはあるだろう。

 それにしても八時ニ十分までに登校すればいいにしては、登校が早すぎる気がする。家から学校まで一時間かかるというわけじゃないだろうし。


「随分と早い登校だけど、何か理由があるの?」

「勉強がしやすいからっすね。そのぐらいの時間だと家で勉強してても遅刻するのが怖くて、あんまり集中できないっすから」

「そいつは凄いな」


 高校時代遅刻の常習犯だった、水守は感心するようにウンウンと頷いた。

 遅刻の理由は寝坊というポピュラーなものから、登校途中で興味深いものを見つけて追いかけたからとかいう常人にはよく理解出来ないものまで様々だったが、とにかく遅刻に事欠かない生徒であったことに変わりはない。


「お前は遅刻してばっかりだったもんな」

「仕方ねえだろ。学校いく暇があったら、他にやりたいことが山ほどあったんだから」


 一切悪いとは思ってないとばかりに、水守は投げやりに答えた。


「遅刻していい理由にはならないと思うけどね、それは」

「そうっすよ。遅刻は駄目っす!」

「まあいいだろ、仕事では時間に遅れたことないんだから」


 言われてみればそうだ。

 探偵業を始めてから、依頼について口ではああだこうだ悪態をついてはいるもののその依頼に遅れたことは一度もない。やっぱり興味があるかどうかというのは成果に重大な影響を与えるものだ。


「これでも私無遅刻無欠席っすからね。ちょっとした自慢っす!」

「皆勤賞って奴だ。凄いね」


 水守の奴はともかくとして、なんだかんだ僕も真面目な生徒とは呼べなかった。

 何日か学校をサボったこともある。まあそもそも学校に行くことが出来なかった時期があったからそう言ったものとは縁が無かった。


「よし、決めたっす。このパスタにするっす」


 ようやく注文を決めた東里さんが、水守に注文用のタブレットを渡す。


「遠慮しなくても、こっちのステーキとかでも別にいいけど」

「いや、もう決めたっす! これ以上見たら絶対決めれないっすもん」


 もうタブレットを見ないとばかりに、目をぎゅっとつぶった。


「まあ柊佳ちゃんが良いならそれでいいけどさ」


 あらかじめ注文を決めていたのか水守からすぐにタブレットを受け取り、いつも頼んでいるハンバーグのセットを頼んでから注文確定のボタンを押す。


「え、もう二人とも決めたんっすか?」


 タブレットを所定の位置に戻すと、東里さんが驚いたような表情でこちらを見た。


「まあ、いつものを頼むだけだからね」

「そうだなー、頼むもんいつも決めてるし」


 期間限定商品とかがあっても結局、いつも頼んでいる奴を頼んでしまうんだよな。こういった食に対して保守的なところは、水守と僕の数少ない共通点と言えるだろう。


「むむむ、なるほど。ファミレスのメニューで考える時間を使わなくていいようにルーティン化してるんっすね。流石名探偵っす」


 別にそんな意図はないし、そもそもメニューを考える時間がもったいないと思える程余裕がない職業でもないと思うんだけど……まあ、わざわざ否定するのも面倒だ。


「ほう、流石、よくわかりましたね。名探偵たるものこうした無駄を省き、自身の脳細胞の全てを謎の解決に回すことが……」


 横の馬鹿は、その言葉を受けてありもしない常識を話始めてるし……うん、もう放っておこう。


 楽しそうなのは良いことだし、誰も不幸にはなってないしな。それがいい、うん。

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