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東里さんの衝撃的な依頼から既に一日が経ち、僕は千紫万紅学園と東里さんの通学路に位置する場所にいた。
東里さんの家と学校までは徒歩でおよそ十分ほど、その大体中間程度に位置する場所だ。この辺りは人通りも余り多くなく、誰かに見かけられるということも少ないだろうと思ってのことだ。
あのファミレスでの食事の後調べて分かったことといえば、東里さんは特に有名な人間ではなさそうだという事だった。
名前を隠して芸能界で活躍している、みたいなことがない限り一般人で間違いない。それにもしも芸能人や有名動画配信者だとしても、それだけで神様が救う理由にはならなさそうだけれども、一応は調べてみた。ただ結果は外れだった。
東里さんの事は、いつの間にか仲良くなっていた水守の奴に任せて僕はオリジナルと接触をしに来た。
ちなみにだが東里さんはこの時間軸には住む場所が無いという事なので、事務所の部屋に泊まってもらっている。
水守曰く、その部屋は
「連続殺人犯の濡れ衣を掛けられた犯人をかくまう為の部屋だ!」
なんて世迷言を口にしていたものだが、こんな非常事態では案外役に立つもんである。匿っているのは殺人犯ではなく、未来の被害者ではあるのだけど。
水守の奴は殆ど事務所に住んでいるようなもので、泊まりに必要な道具は全て揃っているため昨日も事務所に泊まったらしい。
そのまま道でしばらく待っているとオリジナルの姿が見えた。
時刻はまだ七時半。東里さんが言っていた通りだ。学校には八時二十分までに教室に着けばいいらしいので、随分と早い登校である。
「すいません、少しお時間よろしいでしょうか」
オリジナルに近づき声を掛ける。
その表情は驚きや困惑といった感情が前面に押し出されていた。
「な、なんでしょうか」
こちらを警戒していることを一切隠そうとしない。
まあでも仕方ないだろう、誰がどう見たってこっちが不審者だし。
「東里柊佳さんですよね」
「……」
とつぜん名前を当てられたからだろう、より一層こちらへの警戒を強くする。
「突然すいません、自分怪しいものじゃなくてですね……こういったものになります」
そういって、名刺を一枚手渡す。
水守探偵事務所、探偵助手の伊藤蓮と書かれている正真正銘、僕の名刺だ。水守の提案で出版社だとか他の名刺も持たされているが、正直なところ持たされているだけで一度も使ったことはない。
変に身分を隠そうとして話を聞けなかったら本末転倒だ。
「探偵助手?」
見慣れない文字に、オリジナルは首を傾げた。
「ええ、まあこの街で活動している探偵、水守というんですが彼の助手をさせてもらっています。知ってます、水守探偵事務所?」
「えーー、本当っすか。水守探偵事務所っていうのは知らないっすけど、探偵って本当にいたんっすね、知らなかったっす。やっぱりドラマの事件みたいにこう崖の上で『犯人はお前だ!』とか言っちゃうんっすか。くー、いいっすね、ハードボイルドっす!」
こちらから正体を明かした途端、先ほどの様子は何処にいったのか突然フレンドリーな態度になる。
聞き込みをしていると偶に見る光景だ、おそらく日ごろからサスペンスをよく見ている人たちなんだろう。探偵という言葉なのか、自身が非日常に巻き込まれたことになのかは分からないが、喜びテンションを上げる。まあ水守と同じような人たちだ。
「幸か不幸か、まだそういった殺人事件は体験していませんけどね」
「私、本当に好きなんっすよ。こう、事件の関係者を全員集めて、『犯人はこの中にいる!』とか本当痺れるっす!」
「ああ、かっこいいですよね。確かに」
出来るだけ夢を壊さないように余計な事を口にしないように気を付ける。
「そういえばその探偵助手さんが何の用なんっすか」
これでようやく本題に入れるな。
「実はですね、私たちが探っている案件で一つあなたに関することがありまして」
「私にっすか?」
何のことか分からないと言った様子でキョトンとしている。
まさか彼女に関する依頼というのが、自分自身が依頼したものだとは夢にも思っていないだろう。まあ、馬鹿正直にその依頼の内容を話すつもりもないけど。
「ええ、実はとある青年の浮気調査をしてほしいとのことだったんですが……その青年とあなたが昨日の昼間、午後十二時に密会していたと言うんですよ」
「そ、そんなのありえないっすよ。私学校にいたっすもん!」
鳩が豆鉄砲を食らったような表情を浮かべた。見覚えが無くて当然だ、これは嘘なのだから。
「ええ、そうですよね。ですから私達としても変だなと思いまして、お話を聞こうと思ったんです。もしかしたらあなたにそっくりな別人が何か悪さをしているかもしれないと思いまして、それで調査をしようというわけなんです」
水守が考えたのがこれだ。
もう一人の東里さんの存在は隠さない。いわゆるドッペルゲンガーがいるとして、彼女に接触する。もちろん信用してもらえないかもしれないけど、これなら東里さんの存在をオリジナルに確信させることなく話を聞くことが出来るというわけだ。
「その私にそっくりな人っていうのは何でそんなことをしたんっすかね?」
「私達にも分かりません。分からないから、調査をするんです。調査に協力していただけますかね」
しばらく考えるようなそぶりを見せたが、やがて決心したかのように彼女は言う。
「分かったっす、でも出来るだけ手短に済ませて欲しいっすね、この後学校に行かないといけないっすから」
「ええ、もちろんです」
こちらの言い分を信じたのか、それとも断ったほうが面倒だと思ったのか、それは分からないが何とか第一関門は突破できたようだ。
話を聞いてもらえないのが最悪のパターンだったから、それを避けられただけありがたい。
「ここで話しを聞くというのもあれですから、どこか座れる場所で」
「大丈夫っす。この場で話したほうが楽っすよ」
多少は打ち解けているように見えたが、どうやら警戒はしっかりとされているらしい。
「それならまずは、昨日の行動を教えてもらえませんか?」
「昨日っすよね。えっと、確かいつも通り学校に行って、帰りのホームルームが終わるまではずっと学校にいたっすよ。ホームルームが終わった後は、特に寄り道をせずに家に帰ったとおもうっす。昼間に学校にいたことは同じクラスの人に聞けば話してくれると思うっす」
「なるほど、ありがとうございます」
ここまでの情報は正直言って興味はない。
ただドッペルゲンガーの捜査に来ている以上、聞かないと不自然だから訊いたに過ぎない。
「出来れば貴方の交友関係を聞きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「それを聞いてどうすんっすか?」
本題に移ると途端に、こちらの方を訝し気な目で見てくる。
「私達の方で貴方……と思わしき人物の交友関係に関しては既に調べています。それと齟齬があれば、その齟齬がある人物が接触しているのはあなたの別人である可能性があるからです」
嘘事態はついていない。実際、東里さんに交友関係の話は聞いている。
「そう言う事なら……えっと、一番仲が良いのは同じクラスの市川志保って子っすね。他の子は話したりはしますけど、休日に遊んだりとかそう言ったことはしないっすから。部活とかバイトはしてないっすから、他にこれっていう人はいないっすね」
やっぱりここでも特に変わっている点はないか。
もしここで聞いたことのない名前が出て来たなら、すぐに解決だったんだけどな。
「なるほど。失礼ですが、恋人とかはいませんか?」
「いえ……いないっすね。絶賛恋人募集中っす、別にお兄さんでも良いんっすよ?」
いたずらな笑みを浮かべる。
流石同一人物、こっちの東里さんも表情がコロコロと変わるな。
「遠慮しておきます。ふむ、私が集めた情報と相違ない。そうなるとやはりあの浮気相手は別人なのでしょうね……」
「ちぇー、残念」
オリジナルは指を鳴らし、残念とはこれっぽちもそうは思っていないだろう快活な表情を浮かべる。
オリジナルの方も記憶していないとなると、痴情の縺れなんて線は考えなくて良さそうだ。
「これは確認なんですが、誰かから恨みをかったということはありませんか?」
流石にこのまま情報なしに変えるわけにもいかずに、さらに一歩踏み込んで話を聞いてみる。
「なんでそんなことが気になるんっすか?」
「いえ、もしかすると貴方に怨恨がある人物が貴方に成りすますことによって、貴方に被害を与えようとした可能性があると思いまして」
当然のように、こちらに対して疑いの目を強くしたがそれらしい理由を述べると、なんとか納得してくれたようだ。
「んー、記憶にないっすね。そこまでの恨みをかうようなことしてないはずっすけど」
心当たりはないか。ここで心当たりがあれば話は楽だったんだろうけど、話しはそう簡単に進んでくれないらしい。
「質問ってもう終わりっすか?」
「ええ、ありがとうございます。もし何か身の回りでおかしなことがあれば、そちらの名刺に書かれている電話番号に電話してください。私達としてもあなたの力になりたいですから」
それを聞くや否や、彼女はこちらに会釈をした後走り去るようにこの場を後にした。
「うーん、どうしたもんかな」
一つ収穫は得たものの、情報の活かし方に頭を悩ませつつ、僕は事務所に戻るのであった。
「また私の勝ちっす!」
オリジナルから話を聞いてから事務所に戻ると、水守と東里さんは二人でかなり型落ちしたビデオゲームで遊んでいるところだった。随分と楽しそうにしている。
二人がプレイしているのは僕達が学生の頃に流行った格闘ゲームだ。水守の奴も昔は結構やりこんでいたはずだが、画面を見てみれば今まさに敗北したところだったようだ。
東里さん側のキャラの体力は殆ど削れていない所から見るに、完敗だったみたいだ。
「柊佳ちゃん、ずいぶんと上手いけど前からやってたの?」
その現実を受けいられないのか、水守はどこかうわごとのような調子で尋ねた。
「いや、今日やったのが初めてやったっす」
東里さんがこのゲームをやったことが無いのも無理はない、このゲームは流行ったのはかなり前だ。
僕達達がまだ小学生だったときだし、十五、六年前とかその辺だと思う。彼女はそのころだと小学校に入るか入らないかぐらいの年齢なんだから、やったことが無いのも理解はできる。
時の流れとは残酷なものである、もう僕達の青春ともいえるこのゲームが十五、六年前の発売されたって言うんだから。それはまあ、僕達も年を取るわけだ。
「オリジナルから色々話は聞けたよ」
「おう、どうだった?」
キリが良いのもあるのか、それともこのままゲームを続けていても勝てないと分かっているからか、コントローラーから手を放して水守はこっちに振り返る。
「特に収穫はないよ。東里さんが言ってた情報通りの事しか、オリジナルも話してくれなかった」
「そうか、まあ話が聞けただけよしとするしかないか」
水守は冷静にそう口にしたが、情報源として一番有効だと思っていたところから何も得られなかったダメージは大きい。
彼女を殺した犯人への手掛かりが少なすぎるのが現状だ。
「まずは現状を確認してみたほうがいいかもね」
少しでもここから情報を多く得るべく、一度今までに手に入れた情報を整理することにする。こうしておけばこれからの方針も決められるし、何が足りないのかもわかりやすいからだ。
事務所に置かれているホワイトボードに
『東里柊佳殺人事件
いつ
どこで
だれが
なにを
なぜ
どのように』
と目次を書きだす。東里柊佳殺人事件という文字を視認した東里さんは表情をしかめた。
しまった。
当然ながらこのホワイトボードは本人も見るんだし、流石にそこはもうすこし配慮をするべきだった
「おまえ、そこはもうちょっと配慮するとかさ」
こちらを非難する様な水守の言い方だった。
「分かりやすさ重視だよ……いや、うん。ごめん」
とはいえ、これに関しては全面的に自分が悪かった。
「大丈夫っす。これを事実にしないために頑張ればいいんっすもんね!」
一回り年下の女子高校生に、こんなフォローをさせてしまった自分が情けなくてしかたない。
「それで、これは何っすか?」
雰囲気を変える為か、努めて明るい様子で東里さんは尋ねた。
「5W1Hって奴だよ。聞いたことない?」
「あ、それなら聞いてたことあるっす」
5W1H、状況を理解するうえでこれほど役立つものはないと思っている。
「とりあえず分かっているところから書いていこうか」
「分かりやすいのはいつだよな」
「そうだね」
いつの横に今から二日後の日付、十月十三日と記入する。
「えっとなにをは東里柊佳、つまり私を殺害したって事になるんっすよね」
「そうなるね」
殺人事件が起きるとぼかして書こうかとおも思ったが、本人が言っている以上変に配慮する方が逆に失礼かと思い、そのままなにをの横に東里柊佳を殺害したと記入する。
それにそういった配慮をするなら最初からしないと意味がない。
「それで、誰がだけどここはとりあえず犯人とおいておこうと思う。ここが分かればいいんだけど、ここが分かるっていうのは時間の解決を意味しているから」
「おう、了解だ」
だれがの横に犯人と記入する。
「次は何故だけど、ここは動機ってことになるかな」
「動機で一番ありえそうなのっていえば怨恨だろうな」
水守の言う通り、突発的な事故ではなく明確な殺意を持って殺したというならその可能性が一番高いだろう。
動機として痴情の縺れというのも考えられるが、今の所それらしい情報は手に入れることが出来ていない。もしそういった関連の話があったとしても市川さんに話を聞けば分かるところだ。
後殺害の動機として思いつくのは金銭目的、それと口封じだろうか。ただ東里さんが高校生であることを考えると、その可能性としてはそのどちらも低い気がする。
通り魔的な犯行も可能性としてはあるけども、東里さんが犯人を指名しないといけないという事、それと事件発生の一日前に指名する時間がある以上、東里さんと一切無関係な人間が犯人という可能性は低いだろう。
もしそうならゲームとして成り立っていない。
「そうっすね、自分も恨みをかった可能性が高いと思うっす。……なんでそんな恨みをかったのか記憶はないっすけど」
まだ短い付き合いではあるが、彼女が自分から恨みをかいに行くようなタイプには思えなかった。逆恨みだとか、そういった方がまだ理解出来る。
「怨恨の内容までは分からないけどそれでいいと思う」
これで埋めやすい所は全て埋まったはずだ。ここからは先は埋めていくのが難しくなってくる。
「どこで……だけど十三日ってのは平日だよな」
念のために事務所に置かれているカレンダーを見てみると十三日は平日になっていた。
「そうだね」
「それなら三択だ、自宅か学校、あとは通学路ってところじゃねえか」
東里さんはよっぽどのことが無ければ平日は学校に行って、家に帰るだけの生活をしているらしい。これは本人からの話であるので間違いはない。
だから水守の考えは間違いではないのだけど、
「犯人に呼び出されたという可能性が無ければそうだね」
可能性として、犯人からどこか別の場所に呼び出された可能性はある。
呼び出す内容しだいではあるが、その呼び出しがよっぽどのことに該当する可能性はあるだろう。
「そうか、犯人に呼び出される可能性もあるのか」
東里さんの持ち物から携帯が無くなっていることを考えると、むしろ呼び出されて他の場所で殺された可能性の方が高いように思えた。
犯行現場を今の段階でどこでを絞り込むのは難しそうだ。
「うーん、それならどのようにっすか。どのようにってことは私の死因を推理すればいいんっすよね」
「そうなるかな」
私の死因って、多分今後聞くことのない日本語だろうな。
「今分かってるのは死因で犯人が特定できそうという事と、明確な殺意を持って殺されたってことぐらいか」
「死因で犯人が特定できるは不確定だけどね」
とはいえ、その情報があったとしても犯人を絞ることは出来ない。
「一応聞いとくけど、その爆弾とか毒を作れるクラスメイトとか心当たりとかは」
「ないっすね。今の時代調べたらそういうのも作れるかもしれないっすけど、流石に心当たりはないっす」
ああ、そうか。毒の作り方とかインターネットを探してみればありそうだ。そうなると毒殺とかでも、犯人を特定できるとは限らないのか。
「うーん、となると犯人を特定できるような死因ってなんだろう」
三人そろって頭を悩ますが、なかなか案はでない。
「あ、車で轢くとかどうっすか?」
「確かに法律的には車を運転するのに免許は必要だけど、運転するために必須ってわけじゃないから、特定は出来ないかな」
無免許で運転すると法律的にはいけないというだけで、免許をもたないと車のエンジンがかからないというわけではない。
「そもそも死因で犯人を特定出来るって思ったのが間違いだったのかもしれない。けどなら何で葬式なんだろう……」
引っかかるのはそこだ。結局葬式の場面を東里さんに見せたのも、死因の記憶をなくすというのもそういうルールだったからなのだろうか。
「あ、もしかして死体を見せても意味がなかったんじゃないっすか」
「えっと……どういうこと?」
死体を見せても意味がないというのは、いまいちピンとこない。
「あんまり考えたくないっすけど、放火のせいで顔が特定できないとか、何かに押しつぶされて原型を保てない状態とかなら死体を見せても意味ないっすよね」
ああ、そうか。それなら確かに死体を見せることが出来ないことに筋は通る。
死体を見せても、それが本人だと分からないのであれば死体を見せる意味は薄い。
「……そうなると放火か?」
押しつぶされて死んだのであれば死んだ瞬間が直感的に分かりやすい、ただ放火で死んだ場合いつ死んだのかというのは分かりにくい。
火に包まれている光景を見せたところで、奇跡的に生き残る可能性だってあるからだ。たしかにこれなら、葬式の場面を見せたことに違和感はない。
「その条件なら放火の方がありえそうだな」
僕の違和感に関していえばそれで全部説明がつく……はずだ。
「これで死因が分かったんっすね!」
「そうだね……」
東條さんは目を輝かせるが、何か見落としているような気がする。
ただそれが何なのかは分からない。
「とりあえず焼死って線で進めてみるか?」
「うん、とはいえ確定は出来ないけど」
埋めてみたら案外矛盾点に気づくかもしれない。
そう思いつつ、どうやっての部分に放火と書く。ただこれは暫定でおいているだけだと分かりやすいように、後ろにクエスチョンマークを書き足しておく。
「焼死なら、場所は自宅だろうな」
「さすがに室内だろうね、うん」
ドラム缶だとか外でも燃やして殺すことは出来るけども、それなら事前に準備が必要なはずだし、ドラム缶の中で火がつけられたら流石に死ぬと分かるような気がする。
どこにの部分に自宅と書き出す。
『東里柊佳殺人事件
いつ 十月十二日
どこで 自宅
だれが 犯人
なにを 東里柊佳を殺害した
なぜ 怨恨
どのように 放火?』
こうして完成したホワイトボードを再び見てみるが、矛盾しているような点は特にないように思える。
ただそれは矛盾していないというだけであって、これが正しいという証明ではない。
「なあ、ちょっと気になったんだけどよ。放火って学校って可能性はないか?」
とんでもないことに気づいてしまったかのように、顔を真っ青にした水守がつぶやく。
「学校? まあ確かにありえなくはないけど、わざわざ学校を燃やすの?」
東里さん一人を殺すにしては大がかりすぎるし、確実性がない。
むしろ東里さんをそれで殺せたとしたらそれは奇跡か何かだろう。もし無差別的な殺人だったなら、神様が東里さんに出した条件はいささか不条理だ。
「お前が言いたいことも分かる。だけどよ、もしもこれが柊佳ちゃんへの殺意による犯行ではなく、千紫万紅学園に対する復讐としての犯行だとしたらどうだ?」
「それなら……まだあるかも」
学園事態に憎しみを持っている人物。
例えば千紫万紅学園で虐めが起きており、そこで自暴自棄になった生徒が実行犯も、見て見ぬふりをしていたクラスメイトも、助けてくれなかった先生もまとめて殺そうと思ったとかなら説明はつく。
「けどそれなら何でその中からこのゲームに東里さんが選ばれたのかという疑問が残るんじゃない?」
「いや、違うんだよ蓮。柊佳ちゃんは選ばれたんじゃない、柊佳ちゃんも選ばれたんだとすると、全部説明がつかないか?」
水守の奴が何を言いたいか理解した。
「放火による大量殺人事件で、他の死亡者もここに来てるってこと?」
水守はコクリと頷いた。
確かに神様が東里さんを選んだ理由としてはしっくりくる。
ただもしこれが本当ならあの『私は君に期待している』という言葉の意味が変わって聞こえてくる。このゲームは神様の暇つぶしであり、担当をした神様は東里さんの生存に賭けていたのではないか?
もしこの推理が当たっているとすれば、それは神様なんてものではなく悪魔と呼んだ方がふさわしいだろう。
「とりあえず今夜やることは決まったな」
「そうだね」
今夜やることそれは死亡者の生徒探しだ。
もし、想定通り他の死亡者もタイムスリップしているとするなら、一番困るのは住む場所のはずだ。
実家にはその死亡者のオリジナルがいるから頼れるわけがないし、親戚の家も友人の家もオリジナルに話が行く可能性が高く頼れない。だからといって、ホテルだとかネットカフェみたいな場所を利用しようにも今度は年齢が問題になる。
そうなると残る選択肢はあまり多くない。今のような夕方に向かうより、夜中に向かった方が生徒を見つけれる可能性は高いだろう。
「とりあえず、一回頭休ませるか。ほれ、柊佳ちゃんと対戦してこい」
そういって水守は先ほど放りだしたゲームのコントローラーを手渡してくる。
「え、いいんっすか!」
東里さんは目をキラキラと輝かせた。
よっぽど、水守とやった時にお気に召したのだろう。
自分としても、一度休みたい気持ちはあったため、その誘いに二つ返事を返す。
やみくもに捜査をするよりは、依頼人との距離を縮めるのに時間を使った方が有意義なのかもしれない。
「そのゲームは僕も結構やりこんでたからね、自信あるよ」
実際高校の段階なら、水守の奴よりも僕の方が強かった。
しばらく触っていないとはいえ、それでも今日触ったばかりの素人に負けるわけがない。少し大人げないが、ここは本気で勝たせてもらおう。
「な、なんでこんなことに」
数分後、僕の目の前に広がったのは一切ダメージを与えることが出来ずに倒れ伏す、僕の操作キャラクターの姿だった。
「やった! また勝ったっす!」
東里さんは両手を上げて喜んでいる。
こういうところを見ると、実際の年齢よりも幼い印象を覚える。まだ高校生の時点で僕からすれば大分幼いのだけど。
「随分と上手だけど、本当にこのゲーム初めてなの?」
「水守さんも聞いてたっすけど、本当に初めてっすよ! こんなゲームこの探偵事務所に来て初めて知ったっす」
「初めてでこのセンス……さては他の格闘ゲームをかなりやりこんでいるな」
そういう彼女からは嘘を言っているような雰囲気はない……というか、こんなことで嘘を付くような人ではないだろう。
流石にこのゲームが死因なんてことはないだろうし。
「いや、それもやったことないっすね。そもそもゲーム自体あんまりやってなかったっすから」
今の若い子達ってゲームが産まれた時からあるわけだし、それにネットで有名な人達がゲームしたり、テレビなんかでも芸能人がゲームをするような番組があるから、ゲームが僕達の時よりもさらに身近なものになっているイメージがあった。
もちろん、それでもゲームをしないような人たちがいるというのも分かるが、今日の反応を見ている限り東里さんが、そういった人たちに属しているとは思えなかった。
「ああ、別に買ってもらえなかったとか、そう言う事じゃないんっすよ。母子家庭っすけど、そこまで余裕がないって程じゃなかったみたいっすから」
取り繕うように、東里さんは言った。
「けど、あんまり興味がわかなかったんすよね。他の子達が、盛り上がっているを聞いてもそれでって感じで」
「東里さんって普段は何をしてるの?」
「普段っすか? うーん、勉強っすかね」
その答えに思わず固まる。
水守の方を視線をやると、彼も信じられないようなものを見る目で東里さんを見ていた。
「あれ、何か私変な事言ったっすか?」
「い、いや、うん。変な事ではないよ、変な事ではね」
多分彼女は嘘を付いていない。本当に普段は勉強しているんだろう。
……そんな高校生が実在していたのか。
少なくとも僕の周りにはそんな奴はいなかった。勉強なんて出来ればやりたくないって言ってるような奴ばかりだったし、宿題なんてものは学校の別の授業の時間にやるような奴ばかりだった。
今から思えば、あの時勉強をちゃんとしておけばよかったと思わなくもないが、高校生の頃からちゃんと勉強する奴がいるとは思わなかった。
「凄いな、東里さんは」
「まあ一応これでも、特待生っすからね!」
誇らしげに胸を張る。
ノートの段階で成績は良い方だと思っていたけど、これほど良いとは思わなかった。
「特待生だったんだ」
「そうっすよ。特待生だから学費全額免除だったっす!」
「そいつは凄い」
高校の頃と言えば、僕は平均点よりちょっと上ぐらいだった。水守の奴に至っては、赤点付近を前後しているような奴だったから、彼女は僕達とは比べ物にならない程の優等生になるんだろう。
「それなら大学も良い所行けるだろうね」
「そうっすねー、目指すは国公立っす」
千紫万紅学園は進学校を名乗っていることもあり、大学進出率もかなり高かったはずだ。そこの特待生となれば、かなり学校側からは期待されているんだろう。
「将来は何になりたいの?」
「何にっすか?」
僕が尋ねると彼女は何故か考え込むような表情を浮かべる。
「将来の夢なんて決まっているだろう。探偵、それは全人類の夢であり……」
「うーん、別にないっすね。しいていうなら公務員とかっすかね」
水守の演説を遮るように、東里さんはきっぱりと言い放つ。
「そうなんだ、少し意外」
「そうっすかね? まだ私高校生っすよ、そんな将来の夢とかちゃんとあるほうが珍しいと思うっすけど」
確かにそう言われればそうだろう。
高校生は、小学生の頃よりも現実というものをなまじ知ってしまっている分、将来の夢をちゃんと持っている人間の割合が学生の中だと一番少ないイメージまである。実際僕自身は将来の夢なんてたいそれたものがなく、その場の流れに身を任せ続けた結果としてこの水守探偵事務所にたどり着いた身だ。
「そうだけどさ、何かなりたいものがあるからそこまで熱心に勉強してるのかなって思ってたからさ」
むしろそれぐらいないと勉強なんてものやってられないというのが、僕の意見だ。
「え、でも学生の本文は学業っすよね」
心底不思議そうに首を傾げる東里さんの姿がまぶしくて僕達は直視出来なかった。
「まあ、そうなんだけどね」
結局僕達に出来ることといえば曖昧な苦笑いを返す事だけだった。
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