6

「さて、それでは生徒探しと行こうか」


 時刻はすで朝の九時を過ぎている。学生は通学し終わっている時間だろう。

 水守はいつもの鹿撃ち帽にインパネスコートを脱ぎ去り、グレーのシャツに黒のパーカーを水守は身に着けていた。これから外の街を歩くにあたっていつものあの服装では目立ちすぎる。

 一度警察に職務質問を受けてから、外に出る際にはちゃんと私服に着替えるようにしているらしい。


「それで、どうする? 手分けして探すか?」

「手分けした方がいいとは思うよ」


 なんせ時間がない。

 今日を入れても二日しかないのだ、情報は出来るだけ多く手に入れたほうがいい。


「なら、俺は一人で回る。ちょうどバイクもあるしな、出来るだけ遠くを見てくるから、お前らは学園の付近を見てくれないか」


 確かに移動方法を考えると妥当な判断だ。

 免許書は持っているけど、自分は乗り物を持っていないからな。


「それなんだけど、駅周辺もこっちに任せて欲しいかな」


 バイクで回らなければいけない場所は多岐にわたる。それなら、徒歩でも移動が簡単な駅周辺ぐらいは僕達で探しにいったほうがいいだろう。


「それもそうだな。それじゃあ、駅周辺と学校付近は任せた」


 そう言いのこして、水守の奴は外に出て行った。


「探偵事務所って何でもあるんっすね」


 それとすれ違うように服を着替えた東里さんが現れる。

 明るめのウェーブのかかったカツラに寒色系のカラーコンタクトを付けている。パッと見で東里さんだと分かるのは殆ど不可能だろう、その上でベージュ色のモール糸で編まれたオーバーサイズのニットに白のカーゴパンツと落ち着いた服装をしている。


 これであれば高校生には見えないだろうし、本来なら学校に行かないといけないこの時間でも警察から声を掛けられることもないだろう。


「流石にここまでの準備は流石に水守の奴の暴走だけどね」


 普通の探偵事務所でこれほどの装備を整えているところはそうないだろう。

 まあ、他の探偵事務所に行ったことが無いので実際は分からないけども。


「それで今からクラスメイトを探しに行くんっすね」

「うん、その予定だよ。多分結構遅くまで捜索することになると思うけど……頑張ろう」

「はい!」


 力強い返事だった。


「それで何処に行くんっすか」

「まずは駅周辺を探してみようかなって思ってる」


 家出している人物を探すのであれば、駅は定番の場所だ。


「なんで駅なんっすか?」

「もし、いるなら他のクラスメイトもおそらく東里さんと同じ条件でタイムスリップしているはずだよ。その時一番困るのは住む場所なんじゃないかな、実家はオリジナルがいるから頼れるわけはないし、親戚の家も友人の家もオリジナルに話が行く可能性が高い。だからといって、ホテルだとかネットカフェみたいな場所を利用しようにも今度は年齢が問題になる。残る選択肢はあまり多くないはずさ」


 他の選択肢としては公園なども家で先としてはあげられるが、そのあたりまで捜索候補にあげはじめると、高架下や河川敷、あとは公衆トイレなども選択肢として挙がってくる。


「確かにここに来るまでは寝泊りする場所に困ったっす」


 探偵事務所に来るまでの事を想い出したのか、東里さんの表情に影が差す。


「東里さんは何処に寝ていたの?」

「えっと、その駅前にあるスーパーの公衆トイレっすね……」


 若干言いにくそうに東里さんが口にする。

 トイレにずっといたって言いにくいよな、言い淀む気持ちは理解できる。


「それならそこは調べなくて済みそうだね」


 これで一か所候補は消せたわけだ……正直な所無数にある選択肢が一つ消えたところで前に進んだ気はしないのだが、進んだと思うしかないだろう。


「野宿事情に随分と詳しいんっすね」

「前に家出した子供を探して欲しいっていう依頼があったからね。その時は駅で見つけたから、まあ願掛けも兼ねてかな」


 それに駅なら移動が楽だというのも理由の一つだ。


 残念ながらこの水守探偵事務所に社用車、何てものは存在してないのだ。水守としても車を乗り回すのは探偵のイメージに合わないのか、導入しようとしない。もしあったところで普段使いしないだろうから、無駄な出費が重なるのは目に見えているけども。


「よーし、それじゃあ出発っす」


 最寄り駅にたどり着いたが、通勤ラッシュを終えた後ということもあってかひとっこひとり見つからない。

 駅員もいないような無人駅だとこんな光景は珍しくもない。


「うーん、誰もいないっすね」

「流石に一駅目で見つけれるとは思ってないよ」


 この付近の駅で考えれば探索するのはあと三つ、それと駅員もいる大きな駅にいる可能性を加味してもそれに追加で後二つ程探してみるべきだろう。

 駅の時刻表を見てみるとつぎの電車は三十分後のようだ。こういう時ばかりは都会の一時間に何本も来る電車が羨ましくなる。


 電車を待つべく、駅のベンチに二人して座っていると気まずい沈黙がその場を支配した。


 うーん、最近の女子高校生と会話って何をすればいいんだろうか。タピオカだとか、そう言う話?

 いや、あれ流行ってるの都会だけだしそもそもこっちの方だと店舗は殆どないんだよな。そもそも最近流行ってないって聞くし、今は何だっけ、海苔巻きみたいな奴が流行ってるんだっけ。でもどうせあれも、都会だけだろうしな。

 ああ、自分のコミュニケーション能力の無さが恨めしい。水守の奴に何か話し方でも聞いておけばよかった。


「伊藤さんは将来の夢ってあったんっすか?」


 そんなことを悩んでいると、突然東里さんから訊かれる。


「突然どうしたの」

「さっき将来の夢が無いって言った時に伊藤さん、不思議そうな顔をしてたっすから変なのかなって思っただけっす」

「ああ、あれね」


 僕としてはただ目標もないのに勉強に取り組める、先見の明に驚いていただけだ。


「うーん、と言っても僕もそんな夢とかないタイプだったんだよね。水守の奴は逆だったけど」


 あいつは夢に向かって一直線、というか猪突猛進な奴もいないだろう。


「水守さんの夢って何だったんっすか?」

「何だと思う? あいつのことをよく見てたら分かるかもしれない」


 東里さんは少し考えるような素振りを見せる。


「うーん、もしかして探偵っすか?」


 自身なさげに彼女の考えを口にした。


「正解。もしかしたら東里さんは探偵に向いてるかもね」

「だって、探偵をやってて楽しそうっすもん。あの人!」


 あいつ程夢に真っすぐな奴を僕は知らない。まあその努力の方向性はどうかと思うけども。


「それってすごいっすね。将来の夢をちゃんと叶えたってことっすもんね!」


 どこか興奮した様子で東里さんは言った。


「本当すごいことだよ。中学の頃からあいつはずっと探偵になりたいって言ってたんだけど、周りは誰もあいつが本気で言ってると思ってなかったし、成れるとも思ってなかった。

 けどあいつは一応夢を叶えて、こうして最低限生活できるレベルには稼いでる」


 水守は見事夢を叶えていると言えるだろう。

 まあその実態が望んでいるものと多少異なっているかもしれないが、それでも凄いことにかわりはない。


「中学の頃から知ってるって、長い付き合いなんっすね」

「うん、まあね。幼稚園の頃からの付き合いだし、幼馴染ってやつになるのかな、一応」


 偶々家が近くて、その腐れ縁が今までずっと続いている。

 水守の奴に高校の頃よく、


「蓮が美人の幼馴染だったら良かったのに。それでお前が人質とかになってそうなったら俺がかっこよく救うんだ」


 なんてことを言われていたのが懐かしい。

 流石に人質を助けるというのは探偵の粋を超えている仕事だとは思う。ただあいつはもしもの時に備えて格闘技の道場に通い始めたので、本気でそういうピンチに備えているらしい。


 絶対探偵の仕事じゃないと思うけどね、僕は。ただまああいつの想像する、名探偵とやらは人質の救助も業務の内に入っているらしい。


「そういう夢の話を聞きたいなら水守に聞いた方が良いかもね」


 聞いたら聞いたで探偵をずっとオススメされそうな気もするけど、自分のような人間から話を聞くよりはよっぽどいい話が聞けるだろう。


「確かにずっと夢を追いかけてたんっすもんね。凄いっす」

「本当凄い奴だよ。あいつは」


 ああ見えて、あいつはただの探偵馬鹿ではないのだ。

 まあ言動を見ているとそうとしか思えなくなるのは、あいつの長所であり短所でもある。


「伊藤さんはなんで探偵になったんっすか?」

「あー、一応、僕は探偵じゃなくて探偵助手なんだよね」


 非常に細かいところではあるが訂正しておかないといけない。


「それって何が違うんっすか?」

「正直なところ僕も良く分かってないけど、僕の事を探偵っていうと水守の奴があんまりいい顔しないから」


 推測にはなるが水守の中には探偵事務所に探偵は一人だけという考えでもあるのだろう。

 大体のフィクションでは探偵事務所には名探偵が一人いるだけだし、探偵事務所に二人探偵がいるというのはあいつのポリシーに反しているのかもしれない。


「でもお仕事の内容とかは変わらないんっすよね」

「変わらないね。まあその分給料も変わらないから別に言い方が変わるぐらい気にならないよ」


 名称程度の細かいことを気にしていると、水守の奴に付き合いきれない。


「えっと、よくわかんないっすけど、わかったっす。それならえっと、なんで探偵助手なんてやってるんっすか?」


 これ以上聞いても無駄だと思ったのか、東里さんは本題に戻す。


「水守に誘われたからかな」


 正直なところ僕が探偵事務所で働いている理由はそれ以上でもそれ以下でもない。大学で生活し、いざ就職活動をしようと思っていた際に水守の奴に誘われ、特にやりたいこともなかった僕は水守探偵事務所に入社したというだけだ。


「それだけっすか?」

「うん、それだけ。けど案外満足してるよ。仕事は地味だし、争いごとに巻き込まれることも多いけどね」


 不倫の証拠を依頼で見つけたら、離婚したのは僕達のせいだなんて言われて理不尽に争うごとに巻き込まれるということもまあまあある。

 ただそれを差し置いても僕は今の状況が気に入っていた。


「それにあいつと一緒に働くと退屈しないんだよね」

「それは……何となく分かるっす」


 この短い付き合いでも、何か思うところがあったのか東里さんはウンウンと頷いた。


「それにあいつには恩があるからね。だから頼みを断れなかったっていうか」

「恩って何のことっすか?」


 尋ねられてから、自分の失言を悟った。

 不味いな、あんまりこういう話をするつもりはなかったんだけど。


 なかったことにしようかとも思ったが、彼女の顔は興味深々という言葉が張り付いていると錯覚するほどの表情が浮かんでいた。


 話すしかないか……。


「ちょっと、中学のころちょっと嫌なことがあってね。それが原因で何もやる気が無くなった時があったんだよね、それこそ死のうかなって思うぐらいには重症だった。けど、その時にさ水守の奴がずっといろいろなところに連れまわしてくれたんだ」


 あの頃のことは今でもよく思い出せる。


「探偵と言えば、謎解き! よし、謎を探すぞ助手!」


 とか言われて、放課後は拉致されるようにあたりを連れまわされた。


 最初こそ欝々しいと思っていたものだが、いつの間にかそのことを心の底からそのことを楽しんでいる自分がいた。


「まあ随分と強引だけど、そのおかげで吹っ切れた……というと大げさだけど、まあ、多少持ち直したんだよね」


 そういえば、僕の事を助手と言い始めたのはあのあたりからだったなと思い出す。

 まさか大人になってもあの時の続きをしているとは、中学の頃の僕に言っても信じてくれないだろうな。


「まあだからその恩返しでもあるんだよ。あいつの夢に協力してるのはさ」

「なんかすごい話っすね」

「そうでもないよ。まあ東里さんもすぐ見つけれるよ、将来の夢とかさ」


 自分が夢を見つけれなかったのに、どの口がと思いつつ口にする。


「そうっすかね」


 東里さんもそう考えているのかは分からないが、不満げな様子で返事が返ってくる。


「なんかよく分からないんっすよね。将来のこととか」


 それはもの寂しい言いぐさだった。


「そんなもんじゃない? 僕だって今はこうやって探偵事務所で働いてるけど、学生時代はまさか探偵事務所で働くなんてことになると思ってなかったよ。それに将来どうしてるかなんてわからないしね。一応今は仕事があるけど、いつ仕事が無くなってもおかしくない職業だし」


 未来に何があるかなんて誰も分からない……いや、それは正確じゃないか。

 少なくとも今この場には二日後に起こる事を知っている人物が二人もいるのだから。ただまあ、見通すことが難しい事に間違いはない。


「まあだからさ、なりたいものはゆっくり見つけていけばいいんじゃない?

 まだこれから先は長いんだからさ」


 先が長いのは事件が解決出来ればという前提が付くけども。ただその事実を口にする勇気もなければ無神経さも持ち合わせていない。

 ここにいるのが水守ならたやすくいってしまえたのだろうけど。


「見つかるっすかね?」


 不安げに東里さんは尋ねてきた。


 うーん、さっきまでの調子で気安く「見つかるよ」と言ってあげるのは簡単だ。

 だけど、それは僕の本心ではないし、それではきっと彼女も納得してくれないだろう。


「見つからなくてもいいんじゃない。案外見つからなくて生きてる人も多いと思うよ、何となく生きてるって人」


 というか僕の事だ。


「そんなもんなんっすかね」


 その音色からは納得できないという心中がありありと理解出来た。


「そんなもんさ」


 ただ僕には東里さんを納得させるだけの言葉なんて持っていなかった。


 みんながみんな水守みたいにはなれない。


 生きる目標なんてないけど、何となく生きていてる。


 少なくとも僕はそうだ。

 水守の夢をかなえてやりたいとは思うけど、それが目標かといえば同意しかねる。

 殺人事件には巻き込まれたくないし、国家規模の犯罪なんて存在すら知りたくない。


 何時かは僕も何となく生きている内に目標を見つけるかもしれない。結婚をして家庭を守りたいって思うかもしれないし、何か新しい趣味を見つけてやりたいことを見つけるかもしれないし、はたまた何も見つけられないかもしれない。

 いまのままただ何となく生きていくだけかもしれない。


「そんなもんでいいのさ、結局生きてることが一番大切で、どう生きたかなんて二の次なんだから」


 けどそれでいいと思うのだ。


 人生なんて何となく生きているだけで十分なのだ。


 まあこんなことをまだ二十年そこらしか生きていない僕が言ってもあまり説得力はないかもしれないけど。


「僕にもっと経験があればきっともっといい事を言えるんだろうけどね」


 なんだかこんなことを話しているのが照れくさくなって、それを誤魔化すために、無難な着地点に落ち着かせる。


 若年層の僕にはこれが限界だ。


「そんなことないっすよ。その……えっと、勉強になるっす」


 口ではそうは言っているものの、表情は納得が言っていないと雄弁に語っている。


「なら良かったけど。そうだ、流石にそんな将来のことは分かんないけどさ、この事件が解決したら何をしたいか考えればいいんじゃないかな」


 あまりこういう暗い空気は好きではない。


 水守がいてくれればきっと上手い感じに空気を換えてくれるのだろうけど、残念ながらあいつは今頃バイクの上だ。


「解決したらっすか?」

「うん、そうそう。考えるのが未来すぎるから、分からなくなるんだよ。もうちょっと近くの事なら、何か分かるかもしれないでしょ」


 最初から大きい目標を追いかけると想像がつかないから、自分の力量に有った小さな目標から。

 完全に何かの本からの受け売りである。自己啓発の本とかには、大体書かれてそうな言葉だ。


「やりたいこと、えっと、そうっすね。ファミレス、又行きたいっす!」


 随分とあのファミレスを気に入ったみたいだ。

 そういえば、パスタも美味しそうに食べてたもんな。


「それぐらいなら事件が終わらなくても行けるよ。他には?」

「えっと、あとはあのゲーム又やりたいっす。後は志保ちゃんとまた話がしたいっす。お母さんと一緒にご飯を食べたいし……」


 一つ一つ、指で数えながら東里さんはやりたいことを口にしていった。


「いいじゃん、まずはそれぐらいの事を夢にしようよ。そんな小さな夢を持っていけばいいんじゃないかな」


 僕がそう言うと、東里さんはこちらの方を向いた。

 その表情は真剣そのもので、こちらに何か告げることを決心したかのように見える。


「私は……」


 東里さんは何か口にしようとしていたが甲高い踏切の音によって遮られる。


「あ、電車来たみたいっすよ!」


 先ほどの表情から一変、再び人懐っこい笑みを浮かべる。

 この態度の変わりようから、もうさっきの話は話すつもりはなさそうだ。


「それじゃあ、クラスメイトを探しに行こうか」


 何を告げようとしていたかは分からないけど、東里さんが感じていた悩みがこれで解決していると良いけど、そんなことを考えながら電車に乗った。

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