7

 時刻は昼の三時半、一度他の生徒の探索を辞め僕達三人は再び事務所に集まっていた。


 人数から分かるように、昼間中探し続けていたのだが目当ての人物は僕達も水守も見つけることは出来なかった。


「まあ、昼間に見つけれるとはあんまり思ってなかったしな」


 昼間であれば、こっちの時間軸にタイムスリップした生徒達も事件解決のために何か捜査している可能性が高い。

 確かに夜中の方が、他の生徒達の事を見つけれる可能性が高いだろう。


「それでそろそろ千紫万紅学園の放課後になるわけだが……とりあえず市川さんに話を聞きにいくんだよな」

「そのつもりだよ」


 市川さんも東里さんと同じ、帰宅部であることはオリジナルの話から分かっている。


「市川さんから話を聞くのはお前に任せていいか?」

「いいけど、その間どうするの?」

「他の生徒に噂とかそのあたりの話を訊いてみるつもりだ。他にも生徒がいるならドッペルゲンガーの噂とか広まっている可能性があるからな」


 確かにもしも他の生徒達も東里さんの様にタイムスリップしているとするのであれば、何か噂になっていてもおかしくはない。


「分かった。それじゃあよろしくね」

「えっと、その間自分はどうしたらいいんっすかね」


 困ったように、東里さんは尋ねた。

 何かしたいのは分かるけども、声とかが原因で他の生徒に東里さんの存在がバレることを考えると、一緒に生徒に質問しにいくという手は取りにくい。ただ、彼女一人で出来ることがあるのかと言えば謎だ。


「柊佳ちゃんは、市川さんが誰かを蓮に教えてから俺についてきて」

「大丈夫なの?」


 オリジナルが東里さんに気づく可能性がある事は出来るだけ排除した方がいいと思うのだけども。


「ああ、まあ俺一人で話しかけるよりは近くに女性がいたほうが話やすいだろうしな」


 水守はそう言うが、正直賛成しかねる。


 男性よりは女性の声の方が親しみやすいみたいな話は訊いたことがあるが、女性がいるから話やすいとはならないような気がするんだけども。


「それに一人でじっとしてろってのも無理だろ」


 東里さんには聞こえないように水守は声を潜めた。

 それは、そうだ。誰だって自分が死ぬかどうかの瀬戸際で自分だけは休んどけって言われて、はいそうですかと納得できるわけがない。


「分かったよ。くれぐれも正体がバレないようにね」

「へいへい、その辺は任せとけって。行くぞ、助手二号よ! 聞き込みの時間じゃあ!」


 訳の分からない掛け声の後に、水守は駆け出していった。


「え、助手二号って私のことっすか。ま、待ってほしいっす!」


 それについていくように、遅れて東里さんが事務所を後にする。

 まあ多分あの態度も、東里さんを不安にさせないためのものなんだろうな。あいつは馬鹿だけど、他人の心の機微には敏感な奴だ。

 あいつと一緒ならきっと大丈夫だろう。さて、自分もついていかないとな。


 学校の前に着き、しばらく待っていると少しづつ生徒達が外に出てきた。


「あ、あの子が志保ちゃんっす」


 そういって、東里さんが指さした生徒は髪を金色に染め、いかにも遊んでますといった風体の少女だった。

 正直な所苦手なタイプではあるが、話しを聞かないといけないなら仕方がない。


「それじゃあ、話を聞いてくるよ」


 気は乗らないが話をしないことにはどうしようもない。


「話終わったら、近くの喫茶店に集合な」

「『たまら』ね、了解」


 たまらというのはこの近くにある喫茶店の名前だ。


 チェーン店ではなく、個人店でありオバサン一人で経営しているこじんまりとした店だ。落ち着いた店舗で、所謂古き良き喫茶店と言ったところだろう。夜にはバーとして営業していてもおかしくはない雰囲気があるが、残念ながら夜には閉店している。


「それじゃあまた後で」


 二人と離れて、僕は市川さんの少し後をつける。


「すいません、少しいいでしょうか?」


 数分程歩き学校から距離が離れ、人通りが少なくなったことを確認してから話しかける。


「何? あたし忙しんだけど」


 市川さんは、不機嫌であることをこちらに隠そうともしない。

 近くで見ると、より話しかけづらい雰囲気が漂って来る。

 長い眉毛に、鋭い目つき。かなり着崩している制服に短めのスカート、それにアクセサリーが大量についている鞄。こういった状況じゃなければ絶対に話しかけない。自分みたいな人間が話しているところを他の人に見られたら、通報されてもおかしくないだろう。


「すいません、実は貴方の友達である東里柊佳さんについて尋ねたいことがありまして、お時間よろしいでしょうか」


 出来るだけ冷静を装いつつ、話しかける。

 こういう時に変に緊張していると相手からの信頼を失うことになる。


「なに、あたしのダチにあんた何かする気なの?」


 ギロリと鋭い眼光で睨みつけられる。

 相当気の強い人物であるらしい。そこまで敵視しないで良いと思うが、それだけ東里さんの事を友人として大切にしているんだろう。


「いえ、その方に危害を与えるつもりはないんです。ですけど、少しその方について妙な話を聞きまして」

「妙な話?」


 食いついた。

 とりあえず第一段階は、何とかなった。最悪なのは話も聞かれずに逃げられる事だったからな。


「ええ、先日、つまりは十月十日になるのですが、午後十二時に彼女に似た人物と私達が捜査している対象と接触したという情報がありまして」

「昨日の昼ってそんなことありえないって。だって柊佳はあの日学校にいたし、それはあたしだけじゃなくて他の人も見てるし」


 市川さんは乱暴に言い切った。

 彼女自身が直接みた事実だろうし、そういった口調になるのも分かる。明らかにこちらが間違っていることを口にしているわけだしね。


「ええ、そうらしいですね。ですけど、写真に写っている人物がどうしても彼女にしかみえないうえに、彼女は自分の名前を東里柊佳と名乗っているんですよ」

「は? なにそれ、意味わかんないんだけど」


 話しを聞くと、明らかに不機嫌になる。

 それはまあ、まじめに話を聞こうとしたらこんな与太話を聞かされたらそんな気持ちになるのも理解出来る。ただ僕としても、ここで引きさがるわけにはいかない。


「私にも正直何が起きているのかよくわかりません。ですが、もしかしたらこの一連の騒動は東里柊佳さんへの嫌がらせではないかというのが、当社の方針なんです」


 嫌がらせ、その言葉を聞いた時市川さんの眉間にしわが寄った。


「柊佳に成りすまして、あいつに風評被害を与えようとしてる奴がいるってわけ?」

「そうなります」

「……写真とかないの?」


 怪訝な様子でこちらに尋ねてくる。


「……申し訳ありません。当社にも守秘義務と言うものがありまして」


 念のため、先ほどファミレスで食事を取っている東里さんの写真を撮ってはいるが、これを出すのは出来れば避けたい。この事態を彼女に納得させるには有用かもしれないけど、この写真が原因でオリジナルに東里さんの存在はばれてしまうことになれば目も当てられない。

 もちろん市川さんに協力を拒まれるぐらいなら開示する予定だったが……


「守秘義務ね。探偵さんも大変なんだ」


 先ほどの乱暴な言い方から一変して、どこか暖かな言い方に変わった。


「申し訳ありません。それでご協力していただけるでしょうか?」

「うん、そういうことならもちろん協力するっしょ。それが柊佳のためなるっていうならさ。それがダチってやつじゃん」


 どうやら、写真は公開しなくて良かったことにホッと一息をつく。


「そうですね。それではその……市川さんはそういったことをする人物に心当たりはありますか?」

「それって、柊佳に対してこういうことをする奴ってことだよね。ちょっと待って、今思い出してみるわ」


 そう言って少しだけ考え込んだような様子を見せる。


「んー、しょうみ、これっていう人はいないんだけど、しいていうなら前田まえだ翔太しょうたって奴ぐらいかな」


 前田翔太、今まで聞いたことの無い人物だ。

 もしかしたら何か事件に関係しているかもしれない。


「その人物はどのような人なんですか?」

「えっと、ぶっちゃけこんなことするかまではわかんないけど、一か月前ぐらいかな? そいつ、昼休みに屋上で告白したの」

「屋上が解放されてるんですね」


 最近の学校にしては珍しい気がする。

 大抵のところは屋上には特別な事がないと入れないようにしてあることが多い、実際僕達が通っていた学校も屋上へは鍵がかかっていて入れなかったはずだ。


「そうそう、なんか自由な校風を謡ってるかららしいけど、その辺はあたしにはよくわかんないや。

 えっと、そうそうそれで前田は告白したんだけど、結局柊佳は振っちゃったんだよね。そんで屋上ってさ、結構人気なスポットでその様子を他の人達にも見られてて、振られたことがクラス中に広まっちゃったの。それこそあたしでも知ってるぐらいに。だからその、腹いせっていうのはあるかなって思ったけど、ここまで大げさな事はしないかも」


 告白に振られた腹いせか……確かになくはない。

 高校生にとって告白しただとか、されただなんて話題は一番ホットなものと言っても過言ではない。

 それを東里さんに悪意はないにしても、クラスメイトに知られてしまうというのは思うところだったあるはずだ。


「あとは……前田の事を好きな女子とかかな。その、前田って結構モテるんだよね、サッカー部のキャプテンになったし、顔も二枚目だからさ。だから前田の事が好きだった奴からの復讐とかはあるかもしんない」

「なるほど」


 前田翔太関係についても調査しておいた方がいいかもしれない。

 恋愛関係での諍いは大抵碌な事にならない、それは普段の業務の中で嫌という程分かっているが……殺すまでいくんだろうかという疑問が残り続けている。


 告白した時期が一か月前であること、そしてそれが既に知れ渡っていることから、何か行動するにしても何かしら予兆、あんまり考えたくないけど虐めとかそういうのがあったならそれが過激になって殺された可能性もあるとは思うけど……。


「他はあんまり思いつかないかな、ほら柊佳って基本的に良い子だし。むしろ良い子過ぎるっていうか」

「良い子過ぎるですか?」


 言い方的に、市川さんはそれを良い事だとは思ってなさそうだ。

 良い子である事は悪い事ではないと思うのだけど。


「あー、うん。あたしより先に他の子に柊佳の評判とか訊いたりした?」

「いえ、貴方が一番最初です」


 多分今頃水守の方で話は聞いてるだろうけど、僕はまだ訊いていない。


「なるほどね、それなら断言しとく。あの子の評判を訊いたら全員『良い子』っていうよ」


 それは力強い断定だった。

 それ以外ありえないと、彼女が強く信じているようだった。


「それはどういう意味ですか?」

「そのままの意味。あー、探偵さんは本人とは会ったことある?」


 探偵ではなく、探偵助手なのだけど……水守と会わない前提なら別に勘違いされていて困ることは無いか。


「ええ、一応」


 オリジナルにも東里さんにもあった事がある。


「それならどういう印象の子だと思ったか教えて欲しいんだけど」

「ふむ……」


 東里さんの印象か。少し考えてみる。


「天真爛漫という言葉がピッタリな人だと思います」

「うん、そうなんだよね。その言葉が一番ピッタリだとあたしも思う。いつだって笑顔だし、先生の手伝いとかも積極的にするから教師陣からの人望も多分厚いと思う。多分ああいう子の事を、『模範的な生徒』って呼ぶんだろうね」


 自嘲気味に、市川さんは笑った。

 彼女の風貌は所謂模範的な生徒とはかけ離れている。制服も着崩しているし、金色の髪なんて指導する先生によっては大ごとになるのは目に見えている。


「だけど、あの子ちょっと模範的過ぎるんだよね」

「模範的過ぎるとは?」

「んー、なんていうか本当に嫌な顔一つしないの。放課後に先生に雑用を頼まれても、掃除当番を押し付けれても一切。流石におかしくない?」


 呆れかえったような口調で市川さんは言った。


「それは……確かに変ですね」


 そこまでくると違和感がある。

 少なくとも僕なら、文句の一つや二つ言ってしまうし顔にも出るだろう。


「でしょ? あたしもさ流石におかしいと思ってさ、『嫌な事は嫌って言った方がいい』って言ったんだけどさ。なんて返されたと思う?」

「……内申の為だからとかですか?」


 というか、それぐらいしか思いつかない。

 嫌だけど、内心の為なら我慢できるとかならありえる……のか?

 それでも僕は嫌だけど。


「全然違う。あの子ね、本気で不思議そうな顔をしながら『別に嫌じゃないっすよ?』って言ったの。強がりだとか、そういうのじゃなくて、本気でこっちの言っている意味が分かっていないって顔だった」


 冷ややかな声で市川さんはそう言った。

 多分、あの学生の本文は勉強だと僕達に言った時と同じような感じだったのだろう。


「まあ、そんな子だからさ。そんなに悪感情を持たれているとは思わないんだよね。それこそ、前田関係意外だとね」

「成程、納得しました」


 皆からいい子だと認識されているとなると、やっぱり敵を作っている可能性は低そうだ。八方美人は嫌われやすいという話も聞いたことはあるけど、殺意を抱かれるほど嫌われるとは思えないしね。

 そうなると、やはり犯人が東里さんに対して殺意を持った理由としては、逆切れだとかそういった話になってくるんだろうか。


「もう一つ訊きたいんですが、その東里さんによく似ている人物に心当たりとかはありますか?」


 一応、アリバイ作りとしてこれは訊いておかないといけない。


「そっちはさっぱりかな。姉妹とかがいるって話も聞いたことないしなー」

「なるほど。それとこれは興味本位なんですが、他にもこういったドッペルゲンガーにも似た事象に心当たりはありませんか?」


 一応、他の生徒がこの時間軸に来ているかもしれない話も訊いておく。


「ないけど、何かそれって大切なことなの?」

「ええ、まあ。実にお恥ずかしい話なんですけど、うちで働いている社員の一人が、オカルトの方にはまってしまって『今回の件はドッペルゲンガーの仕業に違いない。きっと他の人間のドッペルゲンガーもいるはずだから探せ』と言ってきかないものですから……その、私としてはこうして訊いて回ったという実績を作っておくことが必要なんです」

「探偵さんって案外大変なんだ。お疲れ様です」


 市川さんはこちらを憐れむような目で見た。

 もしこの嘘の依頼が本当だったなら、水守なら言いそうなことだ。


「そうだ。これは出来ればで良いんですが、東里柊佳さんが虐めや悪意の向け先になった際には先ほど渡した電話番号の方に電話してもらうことは可能でしょうか?」


 明日急にことが動くことは無いとは思うけども、念押ししておく。


「それはいいけど、私が連絡したらどうするつもり?」

「犯人特定に役立てようと思ってます。ちゃんと立証出来れば、学校側ももみ消すことは出来ないでしょうし、虐めなどを止めることが出来るはずです」

「そういうことなら頼りにしてるよ、探偵さん」


 多少なりともこちらの事を信頼してくれているようだ。

 やっぱり探偵という看板が効いてるのかもしれない。

 フィクションのおかげかそこそこ探偵と言うと信頼してくれる人がいるのはありがたいことだ。この事はフィクションに感謝してもいいかもしれない。


「ええ、任せてください」


 そう告げてから市川さんと別れる。そのままの足で僕はたまらの方に向かった。


 店の中の入ると、まだ二人は来ていないようで先に席に座っておく。


 アイスコーヒーを頼んでから少し待っていると、二人の姿が見えた。


「悪い、遅れたか」

「いいや、僕も話を整理してたから大丈夫」


 水守は僕の隣に座り、東里さんは僕達の対面に座った。


「こんなお店があったんっすね」


 東里さんは喫茶店を見渡して、目を輝かせていた。


「まあ、高校生はあんまり来ないかもね」


 最近近くの駅前に、有名なチェーン店が出来たこともありここを利用している高校生はあまり見かけない。

 いや、それ以前から使用する高校生は殆どみなかったし、ただの場所の問題なのかもしれない。若干薄暗いし、入りにくい雰囲気があるのかもしれない。


「あ、でもこういう所に来たら、コーヒーを頼まないといけないんっすよね。自分コーヒー苦手なんっすよ。うう、どうしたらいいんっすかね」


 うろたえた、オロオロとしたような声で東里さんは告げた。


「大丈夫だよ、別に喫茶店に来たらコーヒーを頼まないといけない決まりなんてないんだし」

「そうなんっすか?」


 ただ僕がそう告げると、その顔がパッと明るくなる。


「そうそう、ほらメニュー表を見てみてよ」


 そこにはサンドイッチやドリアといった軽食はもちろんとして、ドリンクの方も充実しており、紅茶やココア、クリームソーダまで完備してある。


「あ、本当っすね。これなら私でも飲めそうっす」


 そういってメニューにかじりつくように、視線を向ける。

 喫茶店の時も思ったけど、やっぱり外食はあまりしてこなかったみたいだ。


 やがてきまったのか、何時ものように水守の奴はホットコーヒーを頼み、東里さんは結局クリームソーダを頼んだ。


 店主が注文してきたものを届け終わるやいなや、水守が口火を切った。


「それで市川さんから話を聞いて何かわかったか?」

「一応、聞けた話はあったよ、前田翔太って子なんだけど、知ってる?」

「前田君っていうとあのサッカー部のキャプテンの人っすよね。あの人がどうしたんっすか?」


 どうやら東里さんの記憶にも彼はいたようだ。


「いや、彼が一か月前に振られたって話を聞いて、それが原因の怨恨って可能性はあるかなって話を聞いたぐらい」

「ああ、そういえばそんなこともあったすね」


 東里さんは頬を掻いた。


 もし東里さんがこのことを覚えていなければ、犯人の可能性もあると思ったがやっぱりそんな簡単な話ではないらしい。


「殺すにしては流石に期間が空きすぎてないか?」


 水守も僕と同じことが気になったようだ。


「だよね、だから彼が殺したってのは考えにくいのかなとは思ってる。一応、軽く探りは入れてみようとは思うけど、正直無駄足になるきがしてるんだよね」

「たぶんそうだろうな。そんなところを深く探ったところで何も出てくる気がしねえ」

「やっぱりそうだよね」


 市川さんの話からは結局新たな容疑者候補が出てくることは無かったということだ。


「そっちの方はどうだった?」

「こっちは全然だな。ドッペルゲンガーの噂について聞いてみたりしたが、そういった都市伝説が最近あるって聞いたやつはいなかった。あとは、虐めとかそう言うのがあるのかも訊いてみたけど、それっぽい話は出てこなかったな。完全にないとは言い切れないけど、柊佳ちゃんが関わっているようなものはなさそうだ」


 東里さんが好き好んで人を虐めるようなタイプには見えない。逆にもしも虐められているなら市川さんあたりが知っていそうだし、そういったものは無いと考える方が自然だろう。


 こうして千紫万紅学園で話を聞いたことをまとめてみると、特に有用な情報を集めれることは出来なかったという一文で終わってしまう。


 何かもっと大事な事を見落としているきがするのだが、それが何なのかが分からない。


「まあ、一回休憩しようぜ。ずっと気をはったまんまじゃあやってらんねえ」


 そう言ってから水守は目の前にあるコーヒーを一口すすると渋い顔をした。


「全く。飲めないなら、頼まなければいいのに」


 こいつの悪い癖の一つだ。

 ブラックコーヒーが苦手な癖に、こういった場では絶対に砂糖もミルクも入れようとしない。

 なんでも「ブラックのコーヒーを飲んでるほうが探偵っぽいだろ!」とのことらしい。僕には正直よくわからないけども、彼の中ではそうなっているらしい。


「何を言っているのかな。私はブラックのコーヒーと決めているんだ、これを飲むと頭が冴えわたってだね」


 再び、コーヒーを口に含むがやはり渋い顔をした。


「水守さんも飲めないんっすね」


 それを楽しそうに東里さんが見つめていた。


「いやいや、飲めるとも。ほら、ついさっきも飲んだじゃないか」


 指摘するように、先ほどから嵩が若干減っているコーヒーカップを指さし名が水守は言った。


「えー、でもかなり渋い顔してたっすよ。本当は飲めないんじゃないっすか?」


 いたずらな笑みを東里さんは浮かべた。


「渋い顔なんてしていない」


 先ほどの表情でそう言うのは無理があると思うが……どうやら水守はそれで通すつもりらしい。


「大丈夫っすよ。そんな意固地にならなくても、私は砂糖とミルクたっぷりでも飲めないっすから、安心して欲しいっす」


 胸を張りながら、東里さんは言った。


「それのどこに安心できる要素があるって言うんだ」


 水守は肩を竦めていた。

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