8

 喫茶店でしばらく休憩をした後、僕達は必死にこの時間軸に来た他の生徒達を探した。

 寝床に戻ってくるであろう夜であれば、きっと見つかる。そう信じて。


 電車の終電が来るまでは、駅を回り。

 終電が来ても、公園や公衆トイレ、二十四時間営業している飲食店。橋の下や、もう一度駅に戻ってみたりしてみたがやはり生徒は見当たらない。


 携帯はさっきから一度もなっていないことを考えると、おそらく水守の奴も同じような状況なのだろう。


 そして気が付くと日が出てきていた。


 携帯を見てみると既に時刻は六時を回っている。それは残された時間が後十一時間しかないことを意味していた。


 だというのに、今も尚、東里さんを殺したはずの犯人については一切分かっていない。それどころか容疑者の一人すらまともに見つかっていないのだ。


 頭の中で焦りと不安ばかりが募っていく。


 そんな時だった携帯が久しぶりに音を鳴らしたのは。


 電話ではない、メッセージだ。

 何か水守が見つけたのかもしれない、そんな期待を持ちながらメッセージを開く。


『一度、事務所に戻って話をしよう』


 ただ望んだはずのメッセージにはそう簡潔に書かれているだけだった。


「一回、事務所に戻ろう」

「……はいっす」


 渋々ではあったが東里さんは僕に提案に乗ってくれた。


 事務所に戻るとまだ水守の奴は戻ってきていなかった。

 それから水守が戻ってくるまでの間、僕と東里さんの間に会話は無かった。

 疲れ切っているというのもあるが、東里さんに対して何を言えばいいのか分からなかったというのが本音だ。


 今彼女は僕のものとは比にならないレベルで、不安に押しつぶされそうになっているだろう。

 だけどそんな彼女を安心させるような言葉なんて持ち合わせているわけがない。殆ど前に進めていないようなこんな状況で、絶対に犯人を見つけるなんて言えるわけがない。

 なんせ彼女がここに相談に来た時と殆ど状況が変わっていないのだから。いや、時間が無くなっている分むしろ悪化していると言っていいかもしれない。


 息をするのさえ苦しくなるような雰囲気の中水守が事務所に戻ってきた。


 水守なら何か有用な情報を持って帰ったかもしれない、そんな一縷の望みを持って入り口の方向を見たが、入ってきた際の彼の表情で察してしまう。

 彼も又、僕達と同じで情報を得られていないのだろう。


 分かっていた、途中で連絡が来なかった時点で、彼もまた情報を得られなかったことぐらい。もし何か分かっていたのであれば、一度事務所に集まろうというメッセージではなく、電話口で詳細を話すだろうということは。

 でもそれでもなにかあったのではないかと、期待してしまったのだ。


「そっちは?」


 力なく尋ねる水守に対して、僕は首を横に振る事で答えた。


「やっぱりそうか……」


 それを見た水守はうなだれた。


「もう、無理なんっすかね」


 ふと、東里さんからこぼれた言葉は僕の気持ちを代弁していた。

 きっと、それは水守だって同じことで……


「無理って、そんなわけねえだろ。任せとけって」


 だが、そんな予想に反して、水守はあくまで毅然とした様子でそんなことを言うのだ。


「でももう、時間もなくて」

「大丈夫だって、俺はいずれ世界に名を轟かせる名探偵、水守祐也だぜ? 私にかかればこの程度の謎、謎のうちに入りませんよ」


 東里さんの不安にあふれた言葉を遮って、自信満々に言い放つ、水守の態度からは本気でそう思っていることが見て取れる。

 この時間になって殆どヒントもなく、犯人の目星もついていない絶望的な状況だというのに、こいつは本気でこの事件を解けると思っている。


 馬鹿だ、そう形容するしかない。

 現実が見えてない。


「……そうだね、水守探偵事務所として、今回の謎を未解決のままには出来ないか」


 だけどもそうだ。それこそが水守祐也という男だった。


 ただただ夢に真っすぐで、そしてそれ以外の現実を雑音と割り切れる男。こいつにとって、こんな状況諦める理由の内に入らないのだろう。


「おう、その通りだぜ、蓮。なんてったってこんなでかい依頼一生に一回あるかないかだからな、それを未解決のままだなんて探偵としての矜持が腐るってもんよ!」


 そういってドンと胸を叩いた。


「はいはい、それなら名探偵さんはこれからどうしたらいいと思います?」

「う……それはだな」


 手段を尋ねると途端に水守は言い淀んだ。

 ほら、やっぱり何も思いついていない。


 ただ名探偵になるという意思しかないのだ。

 だがそれが今の状況では、救いの様に思えた。


「それなら助手として意見を出してもいいですかね? 水守探偵」


 ただ僕は、この向こう見ずな馬鹿に憧れたのだ。


 だからこそ、水守の奴に探偵を誘われたときに、すぐに探偵助手になることを決めたんだったな。恩があったのは間違いないが、彼がまぶしく見えたのも又確かだ。

 だったらその夢に協力すると決めた僕もこんなことで諦めるわけにはいかない。


「ああ、もちろんだとも、伊藤君」


 水守はニヒルな笑みを浮かべる。


 突然始まった寸劇に対して、東里さんはどうしていいのか分からず僕達を見渡していた。


「ああ、安心したまえ。柊佳ちゃん、この水守、一度受けた殺人事件の依頼は失敗したことないのでな」


 まあこれが初めての殺人事件の依頼だし。嘘はついていない、ほとんど詐欺みたいなものだけど、まあ人を傷つけるようなものではないから良いと思うことにしよう。


「そうっすよね。まだ諦めるには早いっすもんね!」


 そんな言葉に励まされてか、東里さんは両手をぐっと握った。


 何とか水守の奴のおかげで気力は戻って来たものの、俄然状況が厳しいことに変わりはない。

 時間を無駄にする暇はないのだ。


「まず今の時点で事件が解けないってことは二つ可能性があると思うんだよね」

「二つっすか?」

「うん。一つはそもそも情報が足りない可能性、二つ目は今持っている情報を僕達が間違って解釈している可能性」


 もう一つ可能性としては残っているけども、それについてはわざわざ言及する必要はないだろう。

 ゲームとして成り立たないし、そんなことをする理由が神様にない。


「その二つなら今、やるべきは情報を集めるってことか」

「そうだね、そうなるんだけど……」


 残念な事にもう情報を訊けそうな相手には話を訊いてしまった。

 夜中の間ずっと探し続けてきた生徒探しを今からしても大して効果があるとは思えない。


「問題はこれ以上情報を手に入れる方法がなさそうって事なんだよね」

「あるだろ、一つ」


 水守は淡々とした口調でそう告げた。


「そんなのがあるの?」

「まあな……多少手荒らな方法にはなるが任せとけって」


 壁に寄りかかりこちらに人差し指を刺し、キメポーズを決めたあと、彼はどこかに電話を掛けにむかった。

 電話ということは、たぶん誰かに話を訊くってことなんだろうけど、一体誰に話を訊くつもりなんだろう。というか、その壁に寄りかかるポーズ気に入ったんだな。

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