「戻ったぞ」

「戻ったっす!」


 事務所に戻り一人色々検索していると、水守が東里さんを連れて探偵事務所へ戻ってきた。


「書類はちゃんともらえた?」

「ああ、一応な。最近の市役所って生徒手帳だけじゃあ、戸籍謄本出してくれないんだな。しらなかったぜ」


 市役所ってそうなっているのか。高校生の頃、身分確認が必定な書類を取ろうとしたことが無かったから知らなかった。

 大人になった今では身分証明は免許書があれば事足りるけど、学生のうちは免許なんてもってないしな。


「それならどうやってもらえたの?」


 東里さんが免許書を持っていたとは思えない。


「柊佳ちゃんの財布の中にマイナンバーカードがあってな、それで貰って来た」

「というか、マイナンバーカード財布の中に入ってたんだ」


 まだ作っていない人も多いが、どうやら彼女は作っていたらしい。

 作った方がいいとは思っているんだけど、まだ作っていない自分の自堕落さを突き付けられるようだ。


「財布の中には普段財布に入れてるものと、あとはお金がちょっと入ってたんっすよ」

「お金か……」


 その財布の中身はあんまり使わない方がいい気がする。硬貨はともかくとして紙幣は不味い気がするのだ。

 多分だけど、同じ番号のお札が今オリジナルと東里さんの財布の中に存在しているんじゃないだろうか。

 生徒手帳などが複製されている以上その可能性は高い。神様がそのあたりを工面してくれているとありがたいんだけど……そこまで気を使っているとは思えないんだよな。


「そういえば、こっちの時間軸に来た時に持っていたものを確認してなかったけど、やっぱり制服でこっちにきたの?」

「そうっすね。あの制服と鞄を持ってこっちにきたっす」


 この時間軸に制服と鞄を持って来ていたか。

 こちらに来た時と死んだ際の服装は同じだったとするなら、通学中か帰宅中に殺された可能性は高いのかもしれない。


「鞄ね。そう言えば鞄の中に何が入ってたの?」

「えっと、財布と家の鍵。それと筆記用具が入ってたぐらいっすね。後教科書とノートっすね」


 東里さんは鞄の中身を机の上に並べてくれる。

 ただそこにめぼしいものは特に見あたらなかった。神様からの手紙だとか、何かヒントになるものでもないかと思ったがそうはいかないらしい。


「あれ、可笑しいっすね」


 ただその鞄の中身を出した張本人は何か気づいたようだ。


「何かあったのか?」


 東里さんの反応を見て水守も身を乗り出してくる。


「えっと、逆っす。無いんっすよ、ここにあるはずのものが。けどまあ、関係ないとは思うんっすけど」

「一応聞いておきたいんだけど、何が無いの?」

「数学のノートっす。教科書を持って来ているってことはこの日も授業があったはずっすけど、他の奴はちゃんと教科書とノートがセットなのに数学だけないんっすよ」


 確かに言われてから並べてみれば、数学のノートだけ見当たらない。


「まあ忘れただけだろ」

「あんまり忘れ物したことないんっすけどね。とはいえ、それ以外考えられないっすもんね」


 何かヒントになるかもしれないと思ったが、水守の言ったように忘れただけと言うのがしっくりくる。

 まさか数学のノートで殺されたなんてことがあるわけがないし。


「あ、それならちょっと気になるんだけどさ。このノートの中身って見ても大丈夫?」

「別にいいっすけど、何か気になるところでもあるんっすか」

「うん、もしかしたら関係ないかもしれないけどね」


 何が情報になるのか分からない今、気になったことは徹底的に捜査しておくべきだろう。忘れただけだと、僕も思うけど念のためというやつだ。


 机に出されているノートの書かれている最後の方のページを、順に開いていく。

 授業の内容が随分と丁寧にまとめられており、これだけでも彼女が勉強の成績がいい事が伺えられる。


「うーん、他のノートに数学の授業を移したわけでもないのか」


 ノートを忘れていたということなら、他のノートに一時的に数学の授業の内容を取っているのかと思っていたのだが、どうやら宛てが外れたようだ。


「そうだ、東里さん。この内容ってまだ習っていない内容?」


 適当に開いた歴史のノートに書かれた最後のページを見せる。


「えっと、そうっすね。私の記憶だとまだ授業では習ってない範囲っす」


 となると、やっぱりこれは東里さんが事件にあった当時のノートということになるだろう。

 ただそれならなぜ数学のノートがなく、その内容がどのノートにもとられていないのかという疑問は残るのだが。


「他に無くなっているものとかってあったりするの?」


 数学のノートだけでは余りピンとこない。何かほかに無くなっているものがあればそれとの共通点で何か分かるかもしれない。


「そういえば携帯とか入って無かったよな。高校生なんだし、スマホとか持ってるんじゃねえの?」

「そうっすね。基本的にスマホは鞄の中に入れてるんっすけど、何故か入ってなかったんすよね」


 数学のノートと同じく携帯も抜き取られているのか。どう考えても両者ともにそれ自体が凶器になり東里さんが殺されたとは到底考えられない。

 携帯と数学のノート、なんだろう。共通点を見出すことすら出来ない。しいていうのであれば、何か書くことが出来るものってぐらいだろうか。

 ……だからなんだというのか。


 携帯はまだ、犯人からの呼び出しの履歴があったからとか考えられる。それならなぜノートまで無くなっているのだろうか。


「だめだ、わからない」

「ああ、とりあえず無くなったものに関しては置いとくとして、話を戻すけど戸籍謄本は何かあれば儲けものって感じで、期待はしていなかったけど。やっぱり何もなさそうだな」


 市役所から貰ってきた戸籍謄本を、封筒から取り出してくれる。ただそこに東里さんが話してくれていた情報と変わっているところはなかった。


「東里さんから聞いてた話と変わりはなさそうだね」

「そっちの方はどうだ?」

「手掛かりなし。というか、何を調べないといけないかすらわからない状況って感じ」


 現在の状況を正直に言うしかない。殺人事件の捜査というだけで、どうすればいいのか分からないというのに、それが未来に起こるだなんて言われたら尚更だ。


 先に決めた交友関係を調べるにも、直接話を聞きたいし明日以降の話になるだろう。


「柊佳ちゃんが忘れている事っていう以外のとっかかりがいるよな」


 正直なところ、東里さんとオリジナルの違いというのは手掛かりとしてあまり強くない。なんせあるかどうかもわからないのだから、それこそあればラッキーといったぐらいだろう。


「そういう話ならまずはルールを理解した方が良いと思う」

「ルールっすか?」

「うん。『オリジナルと出会ってはいけない』とか『三日後に殺人事件が起きる』だとか、今回の事件を解決するためにはルールがあるよね。まずはそこを理解しておくのが重要だと思うんだ」


 これからの行動の指針を決めるという意味でも重要だ。


「あとルール確認のついでに、出来れば神様との会話を神様が話したように言って欲しいんだよね」


 言ってしまえば神様は今回の犯人を知っている人物だ。

 その人の話にはどんなヒントが隠れているか分からない。


「えっと、あんまり自信ないんっすけど……大丈夫っすかね」


 東里さんは前髪をクルクルと触っていた。


「大丈夫。一言一句間違えずに言わなきゃいけないわけじゃないし、もしかしたら神様がなにかヒントでも出してくれてるかなと思っただけだからさ」


 手元のボイスレコーダーを起動させる。

 会話をすぐに記録できるボイスレコーダーはこの職業の数少ない必需品だ。携帯でもいいんだけど、携帯は他の事で使いたいことも多いためなんだかんだこうやって専用の機械を持っていた方が使い勝手がいい。


「そういうことなら出来るだけ頑張ってみるっす。

 えっと、たしか目が覚めたら何もない空間だったんっすよ。なんて言えばいいんっすかね、一面が真っ白な空間っていうんっすかね。ちょっと説明が難しんっすけど、そんな場所に自分は立っていた……いや、浮かんでいたっていう方が正確っすかね」


 真っ白な空間、そこが死後の世界ということだろうか。

 一般的にイメージする死後の世界とは大きく違っているような気もするが、今はそんなところに気にしても仕方ない。


「それでしばらくあたりを見てふわふわしてたら、何処からか声がしてきたんっすよね。それでその声の主が『お前は明確な殺意をもって殺された』って言ったんっすよ。えっとそれで、そんなわけがないって私が返したら神様が私の葬式の映像を見せて来たんっすよ」

「葬式の?」

「はい、そうっす。祭壇と遺影、その後に遺影を持っているお母さんが映っていたので間違いないと思うっす」


 葬式、それが本来辿るはずの未来の映像ということだろうか。


「えっと、それで本当に死んだんだって実感が湧いてたら

『そんなお前を生きかえらせてやろう。

 ただしお前にはその前にゲームをしてもらう必要がある。簡単な謎解きゲームだ。

 今からお前を事件が起きる一週間前の過去に送る。

 その事件が起きる一日前、つまり十月十二日の午後五時までにお前を殺した犯人、その張本人を指さして見事犯人は貴方だ、と宣言することができればお前の勝ちだ。

 だが一度でも間違えた場合又は、回答できずに制限時間が来てしまえばお前の負けだ。

 ゲームに負けた場合、お前が過去にいったことによっておこる影響はなかったことになる』って言ってたはずっす」

「過去に行ったことによっておこる影響を無くす。なるほど、タイムパラドックスの対策か。存在を忘れていたな」


 水守は納得したようにうんうんと頷いている。

 タイムパラドックス……たしか過去で事象を変えてしまったことによっておこる矛盾のことだったはずだ。


「タイムパラドックスは起きないってことは、君の話を聞いて動いた僕達が事件を未然に防いでも意味はないということでいいのかな?」

「そう言う判断で大丈夫だと思うっす」


 つまり『犯人は貴方だ』と指名すること以外の方法は考えない方がいいというわけか。

 東里さんと初めて会った時水守の奴はオリジナルを監禁などしていないことから、オリジナルとの接触禁止のルールを言い当てたが、どちらにしろ東里さんがオリジナルと出会う事は不可能だったというわけだ。


「私がそれで『本当に生き返れるんですか』って聞いたら、神様は笑いながら『もちろんだとも。この私の名に誓って、嘘などはついていないと誓おう』って言ったんっす」


 自分の名に誓うか、意味合いとしては僕達の言うところの神に誓ってに値するんだろうか。

 正直その言い回しでは信用に足らない気もするけど、それはきっと僕が宗教に余り興味がないからかもしれない。


「それでゲームのルールとしていってたのが、『お前は事件の死因に関する記憶と死ぬまでの七日間の記憶は全て無くした状態で過去に送る。そして過去に行く以上過去の世界線のお前が存在しているがそいつにお前の存在が気付かれてはいけない、もし気づかれた場合はお前の負けだ』って言ってたっす」

「それ以外の条件は?」

「えっと……特になかったはずっす」

「成程ね」


 とりあえず条件としてはこれで全てらしい。

 軽くまとめてみると、『六日後までに犯人に対して犯人は貴方だと指名する』、『指名は一度きりで間違えは許されない』『犯人を指名する以外の方法で東里さんが生き返る方法は無い』、『オリジナルに認識されてはいけない』、この四つが条件となる。

 タイムリミットが現在では二日後になっているのだが、これは彼女が既にそれだけの時間を使ってしまったということなんだろう。

 これであの事務所に来た時の服装についてもこれで納得がいった。


 しかし二日後か、想像していた以上に時間の余裕がない。


「あ、でもこっちに来るときに神様が言ってたっすよ。『私個人としては君に期待している。無事生き延びたまえ』って」


 神様が期待している?

 何かしらのヒントになりそうな気もするが、いまいちピンとこない。


「こんなところっすかね」

「うん、ありがとう。参考になったよ」


 ボイスレコーダーの電源を切る。先程の話には何点か不自然な点があった。


「成程な、不自然な点があるな」


 どうやらそれは水守も感じ取っていたようだ。


「だよね、僕も気になっていた」

「え、何っすか。自分嘘なんてついてないっすよ!」


 僕達の会話に勘違いをしたのか、東里さんが僕達の顔を交互に見回す。


「ああ、大丈夫。柊佳ちゃんの話を疑っているわけでは無いから。ただ本当だと思った上で気になるところがあるだけ」

「そうなんっすか? それならいいんっすけど」


 水守の返事を聞いて、表情が安堵のものに変わる。本当にコロコロ表情が変わる子だ、見てて飽きない。


「まあ、まず気になったのはわざわざ神様が一週間前に送ったのかということだな」


 そんなに気になるところだろうか。

 正直自分は特に気にならなかった箇所なんだけど。


「なんでそこが気になるの?」

「神様がわざわざ無駄な事をしてるのが気になんだよな。過去に連れていってタイムパラドックスを起こさないようにする、そんな仕掛けをわざわざするか?」


 水守から説明されてもいまいちピンとこない、それは東里さんも同じようで二人そろってポカンとした表情を浮かべていた。


「まあ簡単に言えばよ、神様の目的がピンとこないんだよ。柊佳ちゃんに謎解きゲームをやらせたいならこんな方法は取らない。

 神様なら、事件に繋がりそうな情報が落ちている不思議な部屋なんてものを作ればいいだけだ、これなら過去に行った痕跡を消すなんて面倒な事をしなくて済むし、過去の柊佳ちゃんに会ってしまって失敗するという線も消せる」

「ああ、確かにそうだね」


 わざわざ過去で謎解きをやらせる意味が薄いということか、そういう話なら理解は出来る。

 謎解きゲームをやらせたいだけなら、もっと小規模でもやらせることは出来たはずということか。


「その話でいえば、神様が東里さんに期待してるのも謎だよね」


 目的という面で見れば、ここも大きな疑問点だ。


「ああ、正直俺はそこが一番引っかかってる。なんで神様が柊佳ちゃんが生き返ることを期待しているのかがわからない。それとこれは揚げ足取りみたいになるかもしれないが『私個人としては君に期待している』この言葉がどうも引っかかるんだよな。私個人としては、なんてまるで期待していない連中がいるみたいじゃないか」


 言葉遊びだと言わればそこまでだが、確かに水守の言っていることは理解出来る


「他の神様は期待していないってこと?」

「それならこのゲームは柊佳ちゃんと話をした神様の独断専行ってわけになるけど、神様がそこまで柊佳ちゃんに惚れこむ理由があるのかね」

「うーん、東里さんがどこかの神社か教会の生まれだったりとかは」

「そういうことは無いと思うっす。正直宗教とは程遠い生活をしてきたっすからね」


 考えてみるが、全く答えは出そうにない。


 それは水守の方も同じようで、唸ってはいるもののその先の言葉は出てこなかった。


「俺としては気になったのはその辺だな。蓮は何か気になるところがあったか」


 これ以上何も出てこないと思ったのか、こちらに話をするよう促してくる。


「えっとそこ以外だと、わざわざ見せた映像が葬式の映像だって事が気になったかな」

「葬式? 別に気にするほどでもなくねえか」


 こちらは逆に水守は余り気にならなかったらしい。


「いや、気になるよ。だって死んでるところを理解させるなら死体を見せたほうがいいと思うんだよね。そっちの方が直感的に殺されているって分かりやすいはずなのに、なんでそんな遠回しな事をしたのかなって思ってる」


 僕が葬式と聞いて、引っかかった点はここだ。

 葬式も死んだ後に起こる事件としては可笑しくないが、殺されたことを知るにしては不自然だ。それこそ犯人の姿にモザイクでもかけながら死んだシーンを見せたほうが殺されたという事実は分かりやすいはずだ。


「確かにな、犯人を見せなければいいだけだもんな」

「だから、東里さんの死因はよくあるものではないと思うんだ。刺殺とか絞殺とかみたいなありがちなものではなくて、毒殺だとか爆発だとかみたいに死因から犯人を特定しやすいものだったんじゃないかな」


 刺殺や絞殺っていうのはやろうと思えば誰でも行うことの出来る殺し方だ。

 別にその死因を知ったところで犯人の特定はできない。だからこそ、東里さんが知っていても何の不利益も起きない。だからこそ神様は殺される瞬間を見せてもいいはずだ。


 だからこそ、神様は死んだ瞬間を見せたくても見せられなかったのではないかと思うとしっくりくる。

 そう考えると死因に関する記憶を全て失った状態で過去の世界に来たということにも説明がつく。


「そもそもの死因で犯人を特定しやすいものか、なるほど。確かにそいつは良い考えかもしれねえな」

「後は……」


 おそらく東里さんの母親は犯人ではない、ということだがこれは言わない方が良いだろう。


 東里さんが殺害されている以上、よほどうまくやらない限り犯人は捕まっていると考えていい。探偵ものの物語ならともかく、現代日本の警察組織は非常に優秀だ。だからこそ葬式に参列していることが確実な彼女の母親は、犯人候補から外していいと思う。


「まあ、そんなところだろうな」


 水守はこちらの言いたいことを察してくれたようで、この話を終わらせようとする。

 正直自分の母親が疑われていたなんて、子供に聞かせるような内容ではない。


「す、凄いっすね。これが探偵さんなんっすね」


 話が終わると、東里さんがこちらの方を尊敬の念を込めた視線で見ていることに気付いた。


「まあ、真似事みたいなものだけどね。それに今の推理が正しいとは限らないし」


 あくまでその可能性が高いと僕達が勝手に思っているだけだ。

 過去に来た理由もそういうゲームとして神様が遊んでいるだけかもしれないし、死因の話だってどんなに分かりやすくても死因は隠すというルールだったらまるで意味はない。


「それでも凄いっすよ。こんな私の話からそこまで不自然な点を見つけれるなんて!」

「まあ、俺は名探偵だからな。これぐらい簡単に出来るのさ、ところで柊佳ちゃん食べたいものとかあるかい? 夕食に寿司でもピザでも好きな物を出前でとるといい。安心しなさい、全部俺の奢りだとも」


 東里さんの言葉に水守は随分と気をよくしたみたいだ。

 今まで探偵として、推理力を褒められることなんて一回もなかったし。今は悦に浸らせてあげよう。

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