さて、あの衝撃的な依頼を東里さんから受けて、僕は今一人で千紫万紅学園の前に張り込んでいた。


 目的としては『オリジナル』と水守が呼んだ存在を確認するためだ。


 東里さんの様子から嘘はついていないだろうとは思っている。

 ただ常識的に考えれば、未来から来たなんて話は信じがたい話であることも確かだ。


 嘘を付いていないように見えたのは、彼女が嘘を付きなれているだけの可能性だってある。

 だけどもし実際に東里さんがこの時間軸に二人存在しているということを確かめることが出来れば、それは何かしらの異常事態が発生していることの証明になる。


 捜査を進めていくうえで、この前提条件は何よりも先に確認しておかないといけない。


 一人でこの場に来た理由は二つ。


 一つは東里さんをこの場に連れてくるわけにはいかなかったという事、そしてもう一つは水守の奴も出来ればオリジナルに合わせたくなかったからというのが理由だ。

 東里さんはオリジナルに認識されてはいけないという制約があるし、水守の奴がもしもオリジナルと出会ってしまったらあいつが暴走し始めるのは想像に難くない。

 ただでさえ相手は女子高校生だ。自分たちの様な二十代後半の人間が話かければ下手すればそれだけで事案になる可能性すらあるというのに、暴走した水守なら即時警察の方に話が行ってしまってもおかしくない。これから難事件を捜査しないといけないのにそんなことで人員を失うわけにはいかないのだ。


 そのために東里さんの様子を見てもらうという名目の元、水守には探偵事務所に留守番をさせて、僕一人でこの場に来たわけだ。


 時刻は午後三時三十分。まだ帰宅している生徒の姿は一切見えない。基本七時間まで授業があるらしく、基本的に帰りは四時二十分程度になるらしい。


 毎日七時間授業だけで驚きではあるのだが、それだけでなく土曜日も午前中のみではあるが授業があるらしい。この辺りの意識の高さは流石進学校といったところだろう。


 少し早く来すぎたような気もするが、それでもオリジナルが帰るところを見逃すことに比べればましだった。

 東里さんから普段から正門の方から帰っているとのことだったので、見張るのが一か所で済むのは不幸中の幸いだ。


 九月が殆ど夏に呑み込まれてしまい、暑さがようやくましになってきた十月。

 花粉も少なく、張り込みをするには一番適している季節だ。


 一時間程張り込みを続けていると、ちらほらと下校してくる生徒が現れてくる。


 東里さんは帰宅部らしいので、もう少しすればオリジナルもここを通るのだろう。

 胸ポケットに挿しておいた、ボールペン型のカメラの電源を入れておく。


 そのことを自覚した途端、自身の心に一種の恐怖心が芽生えたのが分かった。


 本当に東里さんは二人いるのか?

 もし本当にいたらどうする、彼女の言うように三日後に彼女は殺されるのか?


 それを防ぐなんてこと本当に自分達に出来るのか?


 今までは心の中で、もしかしたら東里さんの話は嘘かもしれない。


 そう思っていたからこそ、現実感がわかなかった。


 だけど、今ここでオリジナルの姿を見てしまえば、東里さんの話は間違いなく本当のことで、自分達は人の命に対して責任をもって仕事をしないといけなくなる。

 それはとても恐ろしい事だ、自分達が失敗すれば東里さんは死ぬことになる。

 そんな重圧に耐えれるだろうか……、いや、耐えれるはずがない。


 たちの悪い冗談であってくれ、そう祈るしかない。


 だがそんな祈りは届かない。


――正門に東里柊佳、彼女本人の姿があったからだ。


 確認のため取らせてもらった写真と何度も見比べるが、違いを見つけることができない。


 あれは東里さん本人だ。


 背筋に冷たいものが走るのを感じながら、僕は携帯に登録してある連絡先から出来るだけ素早く水守と書かれた場所を押す。


 向こうも連絡を待っていたのかワンコールでつながった。


「もしもし、こちら水守」

「なあ、そっちに依頼人はいるか?」

「いるけど……もしかしていたのか?」


 こちらの言いたいことを察したのか、声のトーンが下がった。


「ああ、いた。お前の言うところのオリジナルって奴だと思う」

「見間違えってことは?」

「ない、何回も写真で確認したけどあれは彼女本人だよ。一応映像は取ってあるから、そっちの事務所で確認してもいい」


 あの距離なら間違いなく、カメラにもオリジナルの存在は映っていただろう。


「そうか、そうか、それなら彼女の言う話は本当だったという事だな」


 自分達は人一人の命の責任を背負ってしまった、その事実を理解していないのか、それとも理解したうえなのか、心底楽しそうに水守の奴はいう。


「ああ、そうだね。そういうことになると思う。とりあえず一回事務所に戻るよ」

「オリジナルに接触はしないのか?」

「まだ何の対策もしてないしね、下手に動いて警戒されても困るし」


 今までの依頼とはわけが違う。今までは失敗しても精々評判が下がる程度だ。それでも事務所としては大問題なのだが、人の命に比べれば軽いものだ。


 今回の依頼には万全の状態で事には当たる必要がある、それなら先にオリジナルに対しての接し方を決めてからの方が良いだろう。時間はないが、無策で突っ込むよりは幾分かましなはずだ。


「そうか、そういうことならまずは作戦会議だな」

「そうだね。慎重に明日以降の行動を決めていこう」


 そう言い残して、携帯の電源を切る。

 もう一度正門の方を見てみれば、やはり見間違えなんかではなく確かに制服姿の東里さんが見覚えのあるバッグを手に帰宅しているところだった。




 事務所に戻ると、オセロで遊んでいる二人の姿があった。

 東里さんはともかくとして、水守の奴はこの異常事態に一体何をしているんだろう。怒りを通り越して呆れてくる。


「今戻ったよ」

「おう、帰って来たか」


 東里さんの服装はいつの間に着替えたのか、制服ではなく白のTシャツに鮮やかなブルーのカーディガンを羽織って、下にはアイボリーのワイドパンツをはいている。

 多分水守の変装道具だろう。東里さんが着替えを持っていたとは考えにくい。


 この事務所には水守のもつ変装道具が常備されている。その中には女装ようのものもある、おそらくそれを貸しているのだろう。


 あいつに直接言ったらへそを曲げるに違いないが、今回ばかりはあいつの背が低く、東里さんが着れたことに感謝するしかない。


 ちなみにではあるが水守の奴は実際に女装をした時のための化粧の方法や、声からばれないように女声を出す練習をしており、初見なら男と分からないレベルまでの変装が出来るようになっている。

 情熱の方向性はどうかと思うけども、そういった技術の高さは素直に尊敬に値する。


「あ、お帰りなさいっす!」


 先ほどまでの緊張した様子は何処えやら、柔和な笑みを浮かべる東里さん。

 話し方も先ほどの敬語から、かなり砕けたものになっている。それほど打ち解けたということなんだろうか。


 それがオセロのおかげだというなら、オセロの評価を改めるべきだろう。

 流石オセロだ。こうして東里さんの態度が軟化したのはオセロの功績であって、水守の功績では断じてない、うん。


 そんな誰に向けたわけでもない言い訳を考えながら、上着を適当に掛けて、空いている席に座る。


「さて、蓮も戻ってきたことだし、さっそく対策を考えないといけないわけだけど、柊佳ちゃんは犯人に心当たりとかないの」


 何故だか水守の奴も芝居がかった話し方をやめて、いつも通りの話し方に変わっている。というかいつの間にか下の名前で呼ぶ仲になったんだろうか。

 こいつのコミュニケーション能力の高さはやっぱり目を引くものがある。


「やっぱりないんっすよね……もしかしたら心当たりごと消されてるかもしれないっす」

「えっと、どういう事でしょう」

「あ、蓮、お前もいつも通り話していいぞ。そっちの方が良いってさ。柊佳ちゃんが言ってた」


 素直な疑問を投げかけると、水守に遮られた。


「そういうことなら……出来るだけ普通に話すよ」


 水守の奴は砕けすぎな気がするけど……まあ、依頼人がそちらの方が良いと言っているなら僕が突っ込むのは野暮という奴か。


「それで心当たりが消されてるっていうのは?」

「その死因に関する記憶が消されてるって言ったじゃないっすか。たとえば誰かから恨みをかって殺されたとかなら、その恨みをかっていた記憶も消されてるんじゃないかって思うんっすよ」

「ああ、そういうことね」


 例えば被害者が復讐で殺されたとすれば、その復讐の原因となる事件さえ起こさなければ被害者は死ななかったため、死の原因はその事件にある。そう言い換えることも不可能ではない。


 かなり言葉を拡大解釈しているものの、あながち東里さんの言葉も否定できるものではないだろう。


「そうなると、容疑者の絞り込みは難しいな。その原因さえ忘れてしまうというなら、絞り込みようがない」

「どうかな、案外絞り込めるんじゃない」

「どういう事っすか?」


 東里さんは首を傾げた。


「今東里さんが記憶している交友関係と、オリジナルの交友関係が違っていたら、その人物が犯人って事になるよね」


 忘れてしまうというなら逆にそこを利用してしまえばいい。

 東里さんが忘れていること、それはつまり死因になるのだから。


「けど、そんなことありえるのか」

「ないとは言えないけど、例えば痴情のもつれとかならあると思うよ。東里さんに非が無くても逆恨みで殺された、なんてことはあるかもしれない」


 高校生レベルでそんな昼ドラみたいな展開があるとは思えないけども、事実は小説よりも奇なりと言う言葉もある。その可能性は捨てきれないだろう。


「確かにその可能性はあるか……」

「そういう事だからさ、一応東里さんの交友関係について教えてくれない?」


 こうして仮説を立てるのもいいが、なんにせよ彼女からの話を聞かないと何も始まらない。

 情報がない中で仮説を立てるのは、基礎の定まっていない所に建物を建てるようなものだ。


「交友関係っすか……えっと、特別仲のいい子っていうのは志保ちゃんぐらいだと思うっす。志保ちゃんっていうのは市川志保って名前の子のことっす、他の子とも交流はあるっすけど、そこまで仲が良いって感じじゃないっすね。部活動も入ってないっすから、学校での主な交流関係はそれぐらいっす」

「恋人とかはいたりするかな?」

「どうなんっすかね。私の記憶が確かなら、いないはずっす」


 痴情の縺れというのは殺人事件の動機としてはありえそうな話しに思えるが、東里さんはいまいちピンと来ていないらしい。

 恋人関係は関係ない気もするが、ただ忘れているだけの可能性もあるってなるとなんともいえない。

 今分かる事としては学校関係だと、その市川志保って子以外に何か特別な関係の人がいれば注意しないといけないってことぐらいか。


「学校以外の交友関係だと?」

「それは特にないっすね。習い事とかバイトとかもしてないすから……多分」


 ということは、学校以外の関係者が出てきたら要注意ってことか。


「それなら一応家族についても教えてもらえるかな?」


 僕が家族と言った瞬間、東里さんの表情が一瞬曇る。それと同時に何故か水守も表情が凍った。

 なんでお前がそんな表情をしてるんだ。


「えっと、兄弟とかは特にいないっす。それで……あれなんっすけど、実はうちって母子家庭って奴なんっす。父親の方は私が小さいころに死んだそうっす」

「女手一つで育て上げるなんて、凄いね」


 正直な感想だ。女で一つで育て上げることの厳しさは良く知っている。

 その重圧に耐えきれなかった人を見たことがあったから。


「そうなんっすよ! 女手一つで私をここまで育ててくれて、本当に尊敬してるんっす」


 自慢げに語る彼女の様子を見ている限り、家庭内で特にトラブルがあるようには思えなかった。


「家族関係は良好ということだな。うむ、それはいい事だ。他に交友関係はないか?」


 僕の事を気遣ってか、水守が話を変えようとする。それにしても話の代え方が下手すぎるだろう。

 もうすでに交友関係として訊ける所は訊いている。それ以外と言われてもあるわけがないのに。ようやく先ほどの表情の意味が分かった。大方こいつは東里さんの家族関係について既に知っていたのだろう。

 はあ……全く普段は一切他人のことはお構いなしといった様子なのに、こんな時だけこっちに気を使われてもな。


「えっと、えっと、多分ないはずっす」


 予想通りの返答が東里さんから返ってきた。


「ふむふむ、そうか。成程、我々のやらなければいけないことは明瞭になったな助手よ!」

「ええ、まあそうだね」


 ようは市川志保という子以外との交流関係、それとオリジナルから最近何かおかしいことがあったかどうかの事情聴取をすればいいわけだ。


「それでは柊佳ちゃんは、この事務所で待っていてくれ。ああ、休憩室にゲームなど置かれてるから、好きにそれで時間を潰してくれていいからな。私達は捜査に行ってくる」

「うわー、まるで探偵さんみたいっすね」

「みたいではない、私は探偵だ!」


 わざわざ壁に背中を預けてから、ビシッと人差し指で東里さんを指さしながら言う。

 これも探偵らしいポーズという奴なんだろうか。


「それじゃあ行くぞ、助手よ」


 有無を言わせない様子で、彼はスタスタと事務所の外に向かっていく。


 僕も、上着を手に取ってからそれに付いてく。


「探偵さん達頑張ってくださいね!」


 そんなエールを背中で受けながら、僕達は外の扉を開き……そしてすぐ真向いにあるファミレスの中に入っていった。

 あの強引な連れ出しは東里さんに聞かれたくないことがあるから外で話そうという合図であったことは、長い付き合いからなんとなく分かっていた。


 ファミレスに入ってすぐ、タブレットからドリンクバーを二つ注文し席に座る。


「さっきの話なんだが……」

「別に気にしてないから大丈夫だよ」


 境遇が似ているからってそれだけで気にするほど、繊細な心はすでに持ち合わせていない。


「……そうか」


 何故か水守は悲しそうな表情を浮かべた。

 ただそれも一瞬のことで、すぐにいつもの調子に戻る。


「それでこの依頼、お前はどう思う」

「どう思うって、何を聞きたいの」

「本当だと思うかって話だよ」


 水守にもまだ疑うという思考が残っていたことに驚く。

 てっきりこいつの事だから無条件で、東里さんの話を信じているものだと思っていた。


「本当だと思うよ。信じたくはないけどね。少なくとも東里さんが嘘を付いているようには見えなかったし、もし嘘なら僕が見たオリジナルは何だっていう話になる」

「そうだよな……やっぱりそうなるよな」


 水守は後ろ手で頭を掻いた。


「お前にとっては嬉しい話だろう。いつも殺人事件の依頼が来て欲しいとか言ってるし」


 正直意外だった。

 普段から難解な事件に憧れているこいつの事だし、今回の事も諸手を挙げて喜んでいるものだと思っていたのに。


「嬉しいさ、嬉しいけどよ……まさかタイムスリップだなんて現実的じゃない依頼が来るとは思わねえじゃん。ここまでのもんを望んでたわけじゃねえよ。しかもまだ起きてない事件を未然に防げって、なんだよそれ。」


 たしかに未来からきて殺人を止めて欲しいという依頼が来る確立に比べれば、こいつが望んでいた殺人事件の依頼が来る確立の方が高いに違いない。

 まあそれでもありえないと同義ではあるのだけど。


「つーか、そもそも今回の件引っかかるところがあるんだよな」

「引っかかるところ?」

「そう、どう考えても一つおかしい所あるだろ」


 おかしい所……言われて考えて見ても、一から十までおかしなことばかりで水守の奴が何のことを指して言っているのかさっぱり見当がつかない。


「人選だよ、人選。なんで柊佳ちゃんがそんな大層なことに巻き込まれてんのってはなし」


 こちらの様子を見て、これ以上待っても無駄だと思ったのだろう。彼は話を続ける。


「柊佳ちゃんの話が本当ならさ、言ってしまえば神様は彼女に生き返るチャンスを与えたわけだ。だけど俺も、一応探偵だし多少は人を見る目はあるつもりだけど、柊佳ちゃんって特に変哲もない女子高校生だろ。

 しいて言うならちょっと容姿は整ってるかもしれないけど、それでもめちゃくちゃ突出してるわけじゃない。クラスに一人はいるレベルだ。それならなんでわざわざ神様って奴はそんな子を助けようと思ったのかね」

「確かに言われてみれば……そうだね」


 神様が東里さんを選んだ理由か。それは気になる話ではある。


「彼女が不幸だから、神様が同情したとか?」

「同情ねえ。確かに道半ばで殺されるのは不幸かもしれないが、神様が同情するほど不幸だとは思えねえな。世界を見てみればもっと不幸な奴だってたくさんいる。その中から特別柊佳ちゃんを同情するとは思えねえ」


 確かに、言われてみればそうだ。

 世界で見てみればもっと命が軽い所だってあるだろうし、殺される以上に不幸な人たちなんてそれこそありふれている。


「それなら彼女が実は熱心な信者だったとか?」

「それぐらいで神様が奇跡を起こしてくれるなら、この世界はもっとまともになってるし、神様の存在がもっと身近になってるっての」


 言っておいてなんだけど、これはないだろうなとは思っていた。


「柊佳ちゃんが死ぬのはそれだけ不利益って事なんかね。俺にはよくわからんけど、未来で彼女が世紀の大発見をするとか?」

「いや、それはないんじゃないかな。それをするにしては余りにも方法が博打すぎる気がするんだよね」


 神様の利益の為なら、こんなゲームをせずに無条件に生き返らせるはずだろう。


「それもそうだな。時間を遡れる程のパワーがあるなら、特に条件を付けずに死者を蘇生するぐらい出来るし、柊佳ちゃんが絶対に死んでほしくないならそうするか。そうなるとよ、神様の奴は何を考えてるんだ?」


 神様が何を考えているかか……、少し考えてみる。


 何故神様は数いる人間の中から東里さんを救おうとしているんだろう。


 水守の言う通り、彼女が特別だからという線はないだろう。そして彼女が生きていないと神様に不利益が生じるわけでもない。それなら神様はどうして、生き返るチャンスを与えたのかが分からない。


 ただの気まぐれ、そう考えるのは簡単だ。

 偶然、幸運にも彼女が神様に選ばれたそう考えればいい。だけどそれだとしても違和感が多い。


 例えば信仰が神様の力になるとして、奇跡を起こして信者の数をもっと増やしたいと考えていたなら、権力者だとかその辺を狙えばいい。一般人に過ぎない東里さんを救う理由なんて無いはず。


「あ、もしかして」


 そこまで考えて一つの可能性に行き着く。


「何か思いついたか?」

「うん。まあ可能性なんだけど、神様が試練を与えたって考えられない?」


 神話などに出てくる神様はよく人間に試練を与えているイメージがある。そのイメージの通り、東里さんに神様は試練を与えたんじゃないだろうか。

 それならわざわざルールなんてもので東里さんの行動を縛って、被害者である彼女本人に犯人捜しをさせる意図というのも何となく理解は出来る。


「人間に試練をか、それで超人的な奴ではなく逆に平凡な柊佳ちゃんが選ばれた。まあ理解は出来るな。けどそうなると、試練の内容がなんで殺した犯人探しなんだ」


 この犯人捜しが、試練に匹敵するほどの苦難とすれば納得はできる。

 例えば東里さんを殺したのがジャック・ザ・リッパ-、通称切り裂きジャックと呼ばれるような後世にまで語り続けられる殺人鬼だとするなら、試練とする意味もあるだろう。

 ただそういった点で話をするのであれば、まだ化学技術が進歩していなかったからこそ、切り裂きジャックは正体不明の連続殺人犯になれただけであり、現代日本で同じような芸当ができるのかと問われれば疑問に残るところだ。


「それは……、まだ分からないかな」


 推測をたてようとしても、現状では情報が足りなすぎる。


「ってか、その話が本当なら犯人当てを失敗したりしたら俺らも不味くねえか。神様からの試練に失敗するわけだろ、天罰とか当たったりしねえよな」

「失敗したことを考えても仕方ないよ。僕達はもう依頼を成功させるしかないんだから」


 そうしないと東里さんが死んでしまうんだから。


 本当は続くはずだった言葉は心に秘めておく、言葉にすれば今より一層その現実を実感してしまい重圧に押しつぶされそうになるからだ。


「蓮の言う通りだな。もう成功させるしかないんだよな。依頼を受けたんだし後はやるしかねえよ。それにこんな難事件を解決したとなれば探偵事務所の名も売れるし、これからは殺人事件の依頼がバンバンと来るはずだ!」

「名は売れないんじゃないかな、たぶん」


 やる気になったのはいい事だが、後から落胆するよりは今の内に現実を突きつけておいたほうが良いだろう。


「そうか? なんせ未来の殺人事件を解決するんだぜ。流石に名は売れると思うけどな」

「ちょっと考えてみてよ。『未来で起こる殺人事件の犯人を見つけました』っていって誰が信じるのさ」


 水守はその可能性を考えていなかったのか、ショックを受けたような顔を浮かべる。

 そう、未来で事件が起こる以上僕達が出来ることは未然に防ぐことだけだ。そして、その防ぎ方もおそらく神様の不思議パワーによるものだろう。そこに僕達のようなただの探偵事務所が関与する余地なんてありはしないのだ。


「そっか、いやまあそうだよな。普通信じないもんなこんな話、そうだよな」


 自嘲気味に彼は笑った。


「まあでも、柊佳ちゃんの為にも、この依頼失敗するわけにはいかねえもんな。よし、この名探偵の水守の名に懸けて今回の事件、ビシッと解決してやるぜ」


 ただそれも一瞬の事で、すぐに元の調子に戻っていた。


「まずはどうする?」

「やっぱり彼女の交友関係を調べるべきじゃないかな」

「家族関係を調べるのはそこまで苦労しないけど、友人関係まで調べるのは難儀だぞ」


 交友関係を完全に洗い出すとなれば、かなりの時間が掛る。

 週末だけ又は普段は携帯で連絡を取り合うだけの人物がいた場合、三日間のタイムリミットのある今の状況では、調べ切るというのは通常の方法では不可能に近い。


「そうなるとやっぱり、オリジナルから直接話を聞く必要があるか」

「そうだね、僕もそれは思ってた。だけど問題は、僕達がオリジナルと接点がないことかな」

「それだよな」


 ため息交じりに水守は同意する。

 まさか馬鹿正直に「未来のあなたが僕達に助けを求めて来たんです」なんて言うわけにもいかない。

 せめて何かしら彼女に説明できる、交友関係を調べる大義名分のようなものがあれば話は別なんだけど。


「うーん……柊佳ちゃんの写真でも見せるか?」

「やれないことはないだろうけど、見せた瞬間に東里さん消える可能性があるけど、それでもやる?」

「無しだな」


 『オリジナルに東里さんの存在がバレてはいけない』これがどの範囲を指しているのかが分からないというのは非常に厄介だ。

 実際に遭遇するのはおそらく駄目だとして、写真に写った東里さんを見せるというのもこのルールに触れるギリギリのところな気がする。本当なら条件を検証したいところだけど、失敗したとき消えると言われればそんな博打みたいなことはできない。


「それなら何か依頼をでっちあげるか?」

「何かでっちあげようにも、交友関係を聞けるほどのものって無い気がする」


 とある対象者について調べてくれという依頼が来た場合、その対象者に直接話を聞くなんてことはまず無い。

 そんなことをすれば、むしろ警戒されるのは当然だからだ。そんなことはきっと探偵じゃない人でも予想は付くだろうし、むしろ不審がられるのが関の山だ。


「……あー、もしかしたら、これならいけるかも」


 しばらくの沈黙の後、何か思いついたように水守が話始める。


「何かいい案があった?」

「多分な。確認なんだがオリジナルに柊佳ちゃんの存在がバレなければいいんだよな」

「彼女の言い方を信じればそうだね」

「それならこういうのはどうだ?」


 そこで、水守が提案したのは確かに有効そうな方法だった。


「良いね、それ。それなら確かに東里さんが言ってたルールにも反してない」

「まあそれでも、多少怪しまれるだろうが……その辺は上手くやるしかねえな」

「無策で突っ込むよりは随分とましだと考えるしかないかな」

「まあ詳しい内容は明日までに考えればいいとしてだ……不味いな、時間が無い」


 左手に付けられた腕時計を見て、水守の奴は急に焦りだす。

 店内に置かれている時計を見ると現在の時刻は午後の四時半……ああ、そういうことか。


「早めに行った方が良いだろうね、戸籍謄本があれば家族関係については多少分かるだろうし」


 調べる対象がこちらにいるというアドバンテージを利用しない手はない。


「とりあえず、柊佳ちゃん連れて役所に行ってくる! お前は、なんか適当に調べといてくれ!」


 そういって彼は急いで外に出ていった。

 しかしまあ、適当に何か調べといてくれって、助手にこんな杜撰な指示をする探偵が今までいただろうか……まあ、あいつらしいと言えばあいつらしいんだけど。

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