14
次に目を覚ますと、そこは水守探偵事務所の中だった。
あたりを見渡してみるが、水守の姿しかみえず東里さんの姿は見えない。
「何が起きたんだ」
水守が混乱した様子で声を上げる。
どうやら彼も現状を理解出来ていないらしい。
「分からない。けどさっきまで僕達は喫茶店にいたはずだよね」
記憶を振り返るが、東里さんの声で「犯人はお前だ」そう言ったのを聞いたのが最後の記憶で、どうやってここに来たのか全く記憶にない。
「ああ、そのはずだけどな」
そう言いながら、水守は携帯電話の画面を見て息をのんだ。
「これを見てくれ」
そういって彼が見せてきた携帯の画面には、十月十三日十七時。あれから一日経ってしまっている。それはつまり東里さんが死んだはずの日にちになっているということだ。
時間が飛んでる? タイムスリップがあるならその逆もありえるということだろうか。
「行くぞ、ついてこい」
纏まらない思考の中、水守はヘルメットを手渡してきた。
学校に向かうつもりなんだろう、確かに事件がもし起きていたのなら学校前は騒然となっているはずだし、良い考えだ。
水守の運転するバイクで学校の前に辿り着いたものの、僕達が想像したような光景は一切広がっていない。
そこにはただいつも通りの日常が広がっているだけだった。
運動部はグラウンドで片づけをしているし、後者からは帰宅している生徒がちらほら見えるが、警察や野次馬のようなものは一切見当たらない。
「防げたってことでいいのか?」
不安げに水守が尋ねた。
「たぶん……それでいいんじゃないかな」
確証はない。ただもし人が死ねば大騒ぎになるはずだ。
その様子が見えないということは、事件は起きなかったと考えていい……と思う。
「一回、事務所に戻るか」
「そうだね」
このままずっとここにいても仕方ない。
変な目で見られるより前に、事務所に戻った方がいいだろう。
徹夜をしたにしては妙にすっきりとした頭に若干の違和感を覚えながらも、僕達は事務所に戻っていった。
テレビのニュースを付けながら、特に変わった情報が流れてこないことを確認する。
SNSもついでに調べてみるが千紫万紅学園で何か事件が起きたという書き込みを見つけることは出来なかった。
もし自殺騒動なんて起きればテレビはともかく、今の時代SNSで誰かが呟くに違いない。
そういった書き込みが見られない以上、今日は東里さんの自殺は起こらなかったとみてよさそうだ。
「いったい何があったんだ?」
流石に水守も、何が起きているのか分かっていないようだ。
「たぶんタイムパラドックスを起こさない為に神様がいろいろ手をまわしてくれたんだろうね、その証拠にほら」
僕は証拠に契約書を一枚みせる。
そこには昨日の日付で、犬の捜索を依頼された契約書が置かれていた。
全く見覚えのないこの契約書が解決済みのファイルの方に入っているということは、飛んでいる時間の間に解決していたという事だろう。それと一緒に何枚か見た覚えのない契約書がこの解決済みのファイルに入っていた。
ただ増えていたものと逆に、東里さんと食事をしたファミレスでの領収書が領収書を保存している場所から無くなっていた。
空き巣が入って来て盗んできたにしても、わざわざそんな領収書それだけを盗んでいくことは考えにくい。やはり元々そんな領収書は存在していなかったと考えた方が自然だろう。
「この時間軸の俺達は俺達で、この記憶してない時間を過ごしてたってわけか」
この妙に冴えてる意識もこの体はちゃんと睡眠を取っていたからだと考えれば納得はいく。
おそらくこの肉体は、あの日東里さんがこの探偵事務所に来なかった際に本来辿るはずだった日常を過ごしてきたのだろう。
「そうみたいだね。もっと早く気づくべきだったんだけど、僕達の記憶が残っている以上、事件の解決は出来ていたんだよ」
神様のルールでゲームに負ければ過去にいったことによっておこる影響は全てなかったことになる、というルールがあった。
それに従えば、もしも犯人当てを失敗していた場合は僕達の記憶から東里さんの記憶は綺麗さっぱり無くなっているはずだ。それが起きていないということはつまり、犯人を当てる事は成功したということになるんだろう。
「そういえばそうか。もし事件が解決できてなかったら柊佳ちゃんの記憶事無くなってるはずだもんな」
「そうそう」
ひとまずは事件を解決出来たようだ、そのことに安堵する。
これから東里さんがどういう選択をするのかは分からない。ただ、もっと良い方向に向かうことを願うばかりだ。
「よっし、これで、名探偵水守としての道を一歩進んだな。この調子でばんばん事件を解決してやるぜ!」
自信に満ちた調子で水守は堂々と宣言した。
「流石にもうこんな事件は来ないと思うけどね」
未来で起こる事件、今でも理解に苦しむ依頼だ。
今回解決出来たのは殆ど奇跡のようなものだ。
もう二度とこんな大事件が事務所に来てほしくないというのが本音だ。
「いいや、くるね。これは名探偵水守の大きな一歩であり、これから想像を絶する難事件が毎日のようにこの探偵事務所に流れ込んでくるのさ!」
楽しそうに水守は語るが、僕としては苦笑するしかない。
「いやだよ、そんな事務所。それに毎日ってこの事務所が事件を起こしてるって疑われるでしょ」
「これからもっと忙しくなるぞ!」
既に自分の世界に入ってしまった、水守に僕の声はもう届かないらしい。
もう二度とこんな大事件を担当するのはごめんだよ。
ただそう思う一方で、妙な充実感が僕の中に溢れてきていたのも事実だった。
「楽しみだな、これからどんな難事件が舞い込んでくるんだろうか。ぐへへ」
気色悪い笑い声と一緒に、水守は妄想の世界へと旅立ってしまったのだった。
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