六の浪 ウィッチェル魔導国⑩

「つっ……。だ、大丈夫?」

「うん、なんとか。僕の方が下で良かったよ」


 本当に。アストの身体がクッションになってくれてなかったら、私が直ぐに動くのは難しかっただろう。半分は魔力で出来ている彼の肉体なら物理的なダメージは受けづらいし。


「魔女王は?」

「大丈夫、さっき貫かれたのは幻だよ」


 なるほど。良かった。


「今は、空に上がって障壁で耐えてるみたい」

「じゃあ急いで復帰しましょ」


 魔女王に死なれたら困るし、何よりウルに自分の母親を殺させるなんて出来ない。

 ああ、でもその前に。


「せっかく姿を隠したまま距離をとれたのだし、一発大技でもぶつけておきましょうか」

「ん、了解。乗って。危なくなったらすぐ離脱するから」


 お言葉に甘えよう。私の頭より高い位置にあるアストの背へ飛び乗って、いたずら鞄から魔石をいくつか取り出す。位置バレ警戒で、治療は後だ。

 アストのあっ、って声は、今回も無視。学園で使った時の倍ほどを使って、中空に魔法陣を描く。


「[虚無イネイン]」


 黒紫の魔力光が夜の森を照らし、神聖魔導が発動する。

 放たれたのは有を無に返す闇。概念を扱う神聖魔導の極地の中ではまだ簡単で、光属性と闇属性を利用した単純な魔術。けれど、普通の魔導とは一線を画す魔導の深奥に座す技だ。

 込めた魔力は、かつてウルと撃ち合った時の数割増し。あの獣でも、直撃すればただでは済まない。


 あれのスピードなら避けられてもおかしくないけれど、まあ向こうは海があるだけ。万が一跳ね返されでもしても後ろはずっと先まで大森林だ。


「ん、気づかれたよ」

「大丈夫、もう遅い」


 発動の直後から魔女王の攻撃が激しくなったのは、たぶん注意を引いてくれたのだろう。


「グルルゥァ[狐猫こびようの拒絶]」


 あれは、ウルの……。

 夜すら飲みこむ二つの闇がぶつかって、暗い森を照らす。

 奇しくも最終試練と同じような状況。私が先に撃っていて、挑む側という意味では逆だけれど。


「うわぁ、びっくり」

「互角、いいえ、少し押されてる」


 距離による減衰があるとはいえ、魔法陣による増幅分もある。上手く撃てば街一つを壊滅させるくらい出来る威力なのに。

 これは、いよいよ私一人では死んでいた。


「まあ、私たちだけじゃないのだけれど」


 空が青く染まった。轟音がなって、青紫の火柱が立ち上る。

 違和感があるから、たぶん拒絶の魔法も混ぜられている。防御の拒絶とか、その辺りだろうか。


「あの詠唱なしで魔法を混ぜるやり方、教われないかしら?」

「記憶再現の魔法を? どうなるかイメージがつかないなぁ」


 ん、抵抗が弱まった。

 こちらも出力を上げ、[虚無]の闇を届かせる。闇は火柱を貫き、その後ろの森までを消滅させる。

 手ごたえとしては、まずまず。


「アスト、回り込むようにお願い。途中で上に行く」

「了解」


 一応の攪乱も入れて、空へ。魔女王は既に魔導の制御を手放していて、様子見状態だ。


「しぶといですね」

「ああ。だが、確実にダメージを与えられている」


 ここまでくれば位置がバレるも何もないので、治療も行う。服も後で直さないと。

 傷を治しきる頃には火柱も収まった。獣は、血に塗れ、尾がいくつか消滅している。けれど狐の瞳に宿った殺意はちっとも衰えていなくて、どうやって私たちを殺すかを考えているようだった。


 雷を纏った竜巻を撃ちだしつつ、聞く。


「大丈夫ですか?」

「お見通しか。案ずるな、こちらが死ぬことにはならん」


 やはり、魔女王はまだ迷っているのね。ウルを殺すのが、本当に正解なのか。

 魔女王は為政者としても優秀だ。彼女が、治療する為でもなく様子見に徹していたのだから、その可能性に至るのは当然。合理的な決断を戸惑わせる、母の情。それが悪いとは言わないけれど、もし私たちが死んでしまったら、ウルを含めて誰もが救われない。


「それなら良いです」


 だから、最低でも死ぬわけにはいかない。仮に『女神の侍女』にここまでと判断される事になっても、生きる事は考えないといけない。


「来ますよ」


 雷嵐が止むのと同時に獣はブレスを吐き出し、重力魔術で妨害してくる。二回目の戦法を真面に食らうような間抜けはこの場にはいない。けれど、重力が魔術によるものという事実が、眼前の獣にウルを見せる。人間によって大系化された魔導が魔術である以上、人に関わらない魔物が魔術を使ってくることは、基本無い。


 再び飛び掛かろうとしているのが見えた。氷の槍を連射して意識を逸らし、怯んだ隙を魔女王の狐火が襲う。その内へ、炎に干渉しないよう術式を組みなおした雷を叩き込んだ。


「嫌ぁあ! お母様、先生! 止めてくださいませ!」


 魔女王の手が一瞬弱まった。ほんの一瞬だけれど、この獣には十分な隙だ。

 魔導の影響範囲から後ろへ跳び、離脱した獣は何を思ったのか、その場で腕を振りかぶった。


 アストは、私の足元。いったい何を?

 嫌な予感を覚えつつ、警戒態勢に入る。

 直後、振り下ろされた人の腕が消えていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る