六の浪 ウィッチェル魔導国⑨
⑨
「……アーテル殿、これは親としての我儘。私だけで、と言いたい所だが、ウルはそうも言っておられぬ存在になってしまった。すまぬが、子殺しの罪、共に背負ってはくれぬか?」
……本当に、強い人だ。強すぎる、と言った方がいいかもしれない。
応えよう。同じ老いを知らぬ魔女として。
「陛下が親の我儘を持ち出すのであれば、私は師として我儘を言いましょう」
「僕はソフィアがしたい事を手伝うだけだよ」
感謝する、と返す魔女王の双翡翠にはハッキリと覚悟が見えた。
彼女の魔法とその性質を決めるきっかけとなった生い立ちを考えたら、当然の選択なのかもしれない。それでも目を細めたくなってしまうのは、おかしな事ではないと思う。
だから杖を握り直し、もう一度、自分の覚悟を決め直す。
「良いでしょう。では、健闘を祈ります」
来た時同様、何の気配も残さぬままに『女神の侍女』が消え去った。それでいい。ここからは、彼女はただの観客。
私たちは、私たちの我儘でウルを殺す。
「さあウル、最後の授業よ。あなたの目指す魔女の本気を見せてあげる。私たちにかかっていらっしゃい」
直後、視界いっぱいを人の掌が覆った。急発進して飛び上がって来たウルの指の隙間を抜けると、獣の額から生えた人の身体が初めて細部まで見える。
「先生……!」
ウルだ。
「食らいなさい」
獣頭の眼前に生み出したのは大質量の氷塊。先のとがったそれをウルの姿をした額の突起に向けて撃ち落とす。
如何に目で追うのがやっとな程高速で動くコイツであろうと空中では避ける事は出来ない。
「きゃぁあ!」
「グルルァア!?」
獣と少女の悲鳴が重なった。地上に向けて巨体が落下していく。しかし身体をくるっと回転させて何事もなかったように着地された。
そこへ青紫色の何かが降り注ぐ。魔女王の炎魔導だ。
「さすが魔女王。凄い火力」
「出力じゃ完全に負けてるね。じゃ、僕は下行くから。ソフィア達は飛んでた方が良いんじゃないかな」
「そのつもり」
身体能力もそれなりに鍛えてるけど、あれに通用するほどではない。
杖から飛び降りて巨大化するアストを見送りながら、私も次の魔導の用意をする。さっきの一撃もちゃんとダメージは通っていたけれど、効果的と言うには不十分だ。だったら、私は補助に回って魔女王にメイン火力を担ってもらおう。
青紫の炎、狐火として知られるらしいそれが収まって獣の影が見えるのと同時に、
「ソフィア、違う! 防御!」
アストの叫びに慌てて障壁を張る。二重に生み出した壁の向こうが真っ白に染まって一枚目が割れた。またあのブレスのようなエネルギー波か。
薙ぎ払うように撃たれたのは、私と魔女王両方を狙うためだろう。
魔女王の方は、当然無事。拒絶魔法を応用した障壁らしい。
「アスト、下へ!」
獣の前屈みになる姿が見えたから、スピードを重視した雷の魔法を落とす。今のアストならこれでも巻き込まれはしないから安心だ。
飛び上がった直後に獣は雷に打たれて硬直するが、地に落ちてすぐまた飛び掛かってこようとする。その足を、アストが刈る。
森の中に線を引くのは、彼の尾の先から立ち上った紫の魔力光だ。獣に負けないくらいの速度で駆けてその爪を振るい、後ろ足の筋肉を断ったみたい。
再び足を止めた獣へ、青紫の槍が無数に降り注いだ。離れていてもじりじりと焼けそうなほどの熱量。肉の焼ける臭いが鼻を突く。
「この調子で削るぞ」
「はい」
今のところは優勢。ウルの戦闘経験を反映しているのか、その差のおかげで思ったよりは楽に戦えている。
無理をせず、このまま削っていけば――
「ぐぅっ、これ、は……!」
突如全身が重くなって、飛行魔術の制御が狂う。私も魔女王も一気に高度を下げてしまって、木々の先端がすぐそこまで迫った。重力の魔導だ。
どうにか体勢を立て直したけれど、迫る気配を躱す余裕はない。
私たちを囲むように異形の九尾がしなり、襲い掛かってきた。氷の塊を連続で撃ちだして迎撃を試みる。向こう側で魔女王も狐火を爆ぜさせてムカデのような尾や触手のような尾を弾いていた。
私が撃ち落とせたのは、狐の尾と猫の尾。続けて蛇の尾も。それ以上は難しくて、隙間からの離脱を試みるけれど、重力の影響が不規則で上手く移動できない。飛行魔術の制御に手を取られている内に次の尾に捕まる。
眼前にあるのは、龍の尾。
だめ、障壁も間に合わない!
「ソフィア!」
致命の一撃はアストの体当たりが逸らしてくれた。でもそれで終わりじゃない。
後ろから風切り音。振り向きつつ急いで障壁を張る。
しかしその狐尾は簡単に私の障壁を砕いて、私とアストを打った。
「くぅっ!」
骨のみしりと鳴る音を聞きながら森へ向けて吹き飛ばされる。その視界で魔女王が骨の尾に貫かれるのが見えた。
直後、背中に何度も衝撃が走る。何本もの木をへし折り、ようやく止まったのは獣から数百メートルも離れた後だった。
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