四の浪 王都エルデン⑧

 何はともあれ、まずは安全確保。


「アスト、ちゃんと避けてね」

「え、ちょ、嘘でしょ!?」


 周囲に舞う土埃に作用して、大量の岩の槍を生み出す。一つ一つの大きさは私の背丈くらい。あのリッチみたいな特殊個体でも無い限り、Bランクにも致命傷を与えられる。ちゃんと出力を伸ばす訓練を続けた成果だ。


 よし、直径百メートルくらいは空白地帯に出来たわね。


「危ないなー、もう!」

「当たってないから良いじゃ無い」


 アストがこのくらい、避けられないはずないもの。私も一応気をつけていたし。

 とはいえ、この位の距離、この世界ならすぐに詰められてしまう。急いで地上に降りる。


「早く乗って!」

「お、おう!」

 

 若干引かれているけれど、仕方ない。彼らもすぐに切り替えて籠へ飛び乗ってくれる。


「アナタも早くなさい!」

「この狭いところに乗れというのか!? この私に!?」


 この期に及んで何を言っているの、この男は。


「あーもう、命が惜しかったら早く乗りなよ」

「な、く、貴様、何をする!」

 


 痺れを切らしたのか、アストがエスプレ教の男の首根っこを咥え、籠の中へ放り投げた。剣士さんと槍使いさんが受け止めたから問題なし。アストが元のサイズに戻って杖に飛び乗ったのを確認してから離陸する。

 すぐに魔術の届かない距離まで来たから、気にするのは空の魔物だけだけど、そっちもティカが漏らさず対応してくれている。


 あとは連れ帰るだけ。思ったより簡単に済むかな。


「く、くそ、この私を誰だと……」


 まだ文句を言っている。まあ、無視をすれば、ってよじ登ろうとしている?


「邪魔だ紛い物の獣め」

「え、ちょっ!」


 訝しむ私の視線の先で、男はアストの尾を掴み、放り投げる。

 

「ふぅ、乗り心地は良くないが、その狭苦しい籠よりはましか」


 ……はい?


「危ない!」

「ティ、ティカ、ナイスキャッチ。ありがと」


 幸いにも落ちていく彼をティカが助けてくれた。そうで無かったら、アストは、あの群れの中。いくらアストでも、ただでは済まない。


「おい、何をしている。さっさと離脱しろ!」


 コイツは、何を言っているの?


「あなた、アストに何をしたか、分かっているの?」

「あの精霊猫の事か? アレがどうした。あんなモノの生死より私が無事である事の方が大事であろう」


 本当に、コイツは、何を言っている?

 コレの命が、アストより大事? そもそもこの事態が、コイツの引き起こした事なのに?


 いいえ、一旦冷静になろう。冷静に、これからする行いを正当化しよう。


「一つ確認しておくわ。これを引き起こしたのはこのゴミで間違いないわね」

「ゴ、……!?」

「ゴミは黙ってて」


 抑えている魔力を打つけて黙らせる。汚い声なんて、聞いている暇は無い。


「あ、ああ。ソイツが行った儀式でこの魔物達は召喚された。召喚陣は破壊したから、後続はもう無いはずだ」


 何か勘違いしたみたいで、余計な情報を付け加えられる。いえ、駄目ね。街を守るなら必要な情報。これからする事には関係ないけれど。


「あなた達は依頼主を守るべく奮闘したが、依頼者は制止を無視して群れの中に戻るという愚行におよび死亡。良いわね」

「そ、それは……」

「良いわね?」


 有無は言わせない。


「……ああ、そうだ」

「兄さん!? ……いや、そうだな。ああ、その通りだ」


 これでいい。


「い、一体何の話だ!」


 謝罪の一つでもあれば、そう思って威圧を解いたけれど、いいえ、自分を偽るのは止めよう。これからの行いを正当化する為に、謝罪なんて無いと分かって威圧を解いたのだ。噛みついてきた蟻に向ける慈悲なんて、生憎持ち合わせていない。私は、それほど優しくない。


「こういう事よ」

「は……?」


 何が起こっているか分からないと間抜けな顔で、蟻は落ちていく。どんどん小さくなっていく顔はまだ私に蹴落とされたと気がついていないみたい。


「アスト、一瞬浮遊の制御をお願い」

「ん、りょーかい」


 ティカの腕の中からアストは杖に飛び乗って、魔術を行使する。


 さて、それじゃあ、終わらせよう。


「『大地よ、聞かせておくれ、その悲しみを。空よ、見せておくれ、その喜びを」


 周囲を包む私の莫大なまでの魔力に、三人が息を飲むのを感じた。

 

「私は知りたい、世界の記憶を。代わりに捧げましょう、この魔力を」


 それを無視して紡ぐ。この地の記録過去を呼び覚ます、この歌を。

 

「求める智慧よ、今ここに」


 選んだのは、神話に語られる記憶。ゴミも、魔物も、全てを焼き尽くす、古の竜の吐息。


「[記憶再現メモリーリナクト]』」


 宣言に呼応して呼び出された白炎が地上を埋め尽くす。どんなモノにも等しく死を与え、魂のみの存在に帰す。

 眉唾物の神話として現在にまで語りがれて来た災厄が、再び今に刻まれる。この煌々とした輝きは、きっと王都にも届いているだろう。冒険者達には、これで私が魔女とバレてしまったかもしれない。

 まあ、それは別にいいのだけれど。


 重要なのは、今、あのゴミが燃え尽きた事。

 ああ良かった。あれもちゃんと、燃やせるゴミだったのね。


 魔法を解いた時、そこには、殆ど一切の命の気配が残っていなかった。


◆◇◆

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