四の浪 王都エルデン⑨

「防衛の成功と、俺たちの生還を祝して、乾杯!」


 剣士さんの音頭に合わせ、グラスを掲げる。周囲にいるのは数時間前、緊張した面持ちでこのギルドに集まっていた冒険者たちと、何故か騎士が数人。

 騎士たちはここにいて良いのかと思わなくも無いけれど、皆楽しそうだし、まあいいか。


 それよりも、だ。


「はぁ……」

「ソフィア、まーだ落ち込んでるの?」

「ティカ……。それはそうよ。感情にまかせてあんな事……」


 どうせ魔物たちに踏みつぶされて荒れ果てていたとはいえ、かなりの範囲を焦土に変えてしまった。あれで八割は討伐出来たから、それだけの被害で済んだとも言えるのだけれど、それはそれだ。


「アレは仕方ないわよ。私だって友達にあんなことされたら怒る」


 あいつ嫌な奴だったし! と彼女は言ってくれるのだけれど、焦土化は拙いだろう、さすがに。感情任せというのが何よりいただけない。


「ティカ、いくら言っても無駄だと思うよ」

「えー?」

「まあ、僕は嬉しかったけどね。あのソフィアが、あんなに怒ってくれて」


 むぅ、そんなことを言われては、あまり自分を責める訳にもいかなくなるじゃない。とりあえず、アストを撫でて誤魔化そう。


「我らが英雄はまだ落ち込んでんのか」


 呆れたようにやってきたのは、私たちの助けたパーティの三人。彼らも苦笑いするくらいには分かりやすく落ち込んでいるらしい。


「まあ、あの力を感情任せに振るっちまうのが良くないってのは分からなくもないがな? 状況が状況だ、誰も責められねぇよ」

「そうそう。俺らにはそもそも嬢ちゃんを攻める資格が無いけどな」


 剣士と槍使いの二人が空いている席に座る。回復したらしい斥候役の人もならった。まだ体調は良くなさそうだけれど、お酒は我慢できないみたいね。


「そんな事よか、嬢ちゃんの二つ名はどうするよ?」

「二つ名? 要らない」


 二つ名なんて、恥ずかしい。有名になりたい訳でもないのに。


「もう手遅れだ、諦めな。あっちじゃ白炎の支配者だとか白の殲滅者だとか、色々出てるぜ?」

「何それ……。剣士さん、あなた楽しんでるでしょう」

「おうよ!」


 力強く肯定されてしまった。横の二人もサムズアップなんてして。人が反省中なのに悩み事を増やさないで欲しいのだけれど……。


「でも、ソフィアが白ってイメージ無いんだよねー。けっこう色んな魔術使ってるし、全体的に黒いし……」

「あの魔法も毎回あんな効果になるわけじゃないしね」

「あ、こらアスト」


 この子、ちょっとお酒の匂いがする。誰、お酒を飲ませたの。


「ほう、やっぱあれは魔法だったか。初めて見た」

「てーっと、嬢ちゃんは魔女か。すげーな」


 この人たちは好意的ね。それは良かったけれど、それはそれ。


「まあ、この国の連中は魔法に良いイメージ無いから他言はしないでおくさ」

「ありがとう、斥候さん」


 まったく、アストはしばらく魔石抜きね。


「ま、冒険者は大丈夫だろうさ。で、二つ名な。忘れるところだった」

「そのまま忘れてくれて良かったのに」

「はは、俺たちが忘れても他の連中が忘れねぇよ」


 く、ダメか。目立ちたくないのに……。


「う-ん、ソフィアの二つ名かー。黒の魔女姫、黒姫、柴瞳姫……」

「魔女はダメよ。というか何で姫ばっかりなのよ」

「え、だってソフィア、可愛いから?」


 ティカに言われると、少し照れる。けれど、それとこれとは話が別。


「絶対無し」

「えー! ……そういえばソフィアって、めちゃくちゃ物知りよね。変な事たくさん知ってる」

「だね。ソフィアって名前も知識だか知恵だかって意味があるって前言ってたよ」


 変な事って……。ていうかアストまで何口出してるの。


「あの魔法も知識が関係あるって前言ってたし……あ」

「アスト、ココア禁止」

「ゴメンって!」


 酔ってるからって手の内ばらしすぎよ。まったく。

 あー、ほら、剣士さんが悪い顔してる。


「良い事を聞いた。なあ皆、聞いてたか!?」

「おうよ!」

「なら、『知恵の魔女』ってのはどうだ!?」


 妙に静かな気がすると思ったら、皆聞き耳を立てていたの!?


「いいんじゃね?」

「ベースはそれだな。どうせならもうちょいカッコいい言い方にしようぜ!」

「なら『智慧』でどうだ? だいたい同じ意味だが、雰囲気的に」


 口の動き的に別の言葉なのだろうけれど、同じ音に聞こえる。翻訳の都合かしら? いや、そうではなくて。


「じゃあ決まりだな! 『智慧の魔女』だ!」


 魔女はダメじゃなかったの? なんでこんなに盛り上がっているの。ねえ? アストもティカも、一緒になっちゃって。


「はぁ、もう、何でも良いわ……」


 酒場の皆は本人のお墨付きだと一層盛り上がる。少し早まったかもしれない。

 

 ――この時はまさか、この名が世界中に広まるなんて思ってもいなかった。でも、もしかしたら、この呼び名が私の今の在り方を決めたのかもしれない。


 私が『智慧の魔女』なんて呼ばれるようになった宴から、はや一週間。私とアスト、そしてティカは始めに入ってきた門とは反対側の門の前にいた。以前は飛んで超えた北門だ。


「ソフィアは北だっけ?」

「ええ。学園都市に向かうわ」

「あれだけ買ってたのに、まだ本が欲しいんだってさ」


 本はいくらあってもいいの。だって、本なんだもの。

 そうそう、あの強制依頼の功績で私は無事Bランクになった。だから買えるだけの本を買ったんだけれど、付いて来たアストとティカは呆れていたみたい。


「智慧の魔女って名前、やっぱりぴったしだったんじゃない?」

「でしょ? 我ながら良い情報を出したと思う」


 二人は他人事だからいいかもしれないけれど、呼ばれる当人としてはかなり恥ずかしい。


「ティカは東の国だっけ?」

「うん、この国はもう十分見たかなって」

「そう。次に会えるのは、いつかしらね」


 東の国に行くなら、ここでお別れ。せっかく仲良くなれたのだし、いつかはまた会いたい。


「どうだろ? まあ、次に会う時までには私も魔女になってるよ!」

「簡単に言うのね」

「当然! 私はソフィアの友達だからね!」


 ふふ、ティカったら。


「ありがとう」

「良いの!」


 こんな感じなのに、意外と鋭い。これは、次の楽しみが出来た。


「それじゃあ、そろそろ行くね!」

「そうね。……ティカ」

「うん?」


 そのまま出発しても良かったのだけれど、彼女にはちゃんと言っておきたいと思ったから。


「また会いましょ」

「うん! またね!」


 私の言葉に、ティカは満面の笑みで返してくれた。アストが優し気な笑みを向けてくるのを感じる。

 

 弾むような足取りで歩いていくティカの後姿を数秒の間だけ眺め、私も歩き出す。

 次の町では、どんな出会いがあるかしら。少し、楽しみだ。

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