四の浪 王都エルデン⑦

「はぁ、はぁ、スタンピードだ。魔物の大群が、街に向かってきている。仲間が、頼む、助けを……」


 静まりきったギルド内に響く、声。静寂の中、ボロボロの彼が倒れ込む音がして、ギルド内の空気が一変する。


「アナタ、ギルドマスターに連絡! アナタは私と彼を奥に!」


 今この場で最も役職の高いだろうギルド職員の声が指示を出し、それぞれが慌ただしく動き出す。ベテランや新人でも有能そうな冒険者の表情が引き締まって、そうでないもの達は困惑を代わりに顔へ貼り付ける。


「アスト、良いわね?」

「うん、良いよ」


 彼らは知らない仲ではない。親切にもしてもらった、なら、報いたい。小さな恩だけれど、力を尽くすには十分だ。


 幸いにも斥候の彼は疲れ切っているだけで命に別状がある様には見えない。魔力的には正常。今できる事をして待とう。


 三十分後、ギルドで待機する冒険者達の前にギルドマスターらしき人物が姿を見せた。文官らしい風貌ではあるが、それでもAランク相当の実力はあるだろう。


「今この場にいる冒険者達に強制依頼を発令する。Cランク以上と城の騎士達とで戦線を組み、Dランク以下は後方支援だ」


 強制依頼、ギルドが冒険者に対して受注を強制する依頼の事で、協力しなければ相応にペナルティが発生する。とは言っても街そのものが壊滅しかねない危機でもなければ発令される事は早々無い。参加しない事を選択し逃げる冒険者は意外と希だ。

 つまりは、今回もそれほどの自体という事。


「魔物の平均ランクはBランクオーバー。数は四桁を下らない。北門の前での防衛になる」


 最低でも平均Bランクの魔物が千以上。ギルド内がざわつく。

 当然ね。魔境からも離れたこの地で、どうしてそんな大群が……。


「群れは最短二時間後には街に到達する。一時間後までに北門の前に集合しろ」


 一時間後……。ギルドに備え付けられた時計の魔道具を見る。地球のそれと同じような機構を見ると、神代の魔道具では無いみたい。あの時計で一時間なら、日本に居た頃の感覚で良い。騎士と連携しながら大群を相手にする準備となると、少し短いか。


「もう一つ。現在、冒険者二名とその依頼主が群れの中に取り残されている。この事態を知らせる為に、彼を送り出した勇気ある者達だ」


 ちょうど後ろから現れた件の斥候役さんを指してギルドマスターが告げる。だけれど、そう、そういう事。


「彼らの救出に先行する勇士を募集する」

「危険なのは百も承知している。無理は言わない。だが、どうか、頼む、仲間を、助けて欲しい」


 斥候の彼が深く頭を下げる。最終的には力がものを言う冒険者にとって、簡単にできる事では無い。

 周囲がざわつくが、誰も声を上げない。当たり前、ね。相手が相手なのだから。


「私が行くわ」


 その中で手を上げ、存在を示す。冒険者達の中に埋もれてしまう背丈だから、少し浮いて。


「君は、ソフィエンティア・アーテルだったか」

「ええ。私なら空を飛べるから、他の人が行くよりは早く着くわ。離脱もまだ容易でしょう」

「空を飛ぶ魔物もいるぞ」


 案じている、というよりは成功率の判断が目的ね。


「僕もいるし、大丈夫だよ。ソフィアは強いしね」

猫精霊ケツトシー、なるほど。良いだろう、ならば――」

「待って、私も行く」


 この声は、ティカ。


「私も自分だけなら飛べるから、露払いくらいはできるわ」

「……分かった。君たちに頼む。何か必要なモノがあれば言ってくれ」

「それなら、人が三人入れるくらいの大きな籠が欲しいわ。それと、この杖に籠を括り付けられる何かも」


 籠の用意が出来たと伝えられたのは五分後の事だった。妙に早いと思ったら、果実を売るのに使われていた籠を持ってきたらしい。それに急増で強度を増す付与をしたようで、魔導の気配を感じる。


「門番には話を通してある。そのままここから飛んでいって大丈夫だ」

「分かった。助かるわ」


 仕事が早い。さすが、王都でギルドマスターをしているだけの事はある。


「嬢ちゃん達、二人を、頼む。だが無理だけはするな」

「最善は尽くすわ」


 この人は、仲間がもう生きていない可能性も考えているのだろう。今にも泣きそうな顔を見ていると、そんな気がする。


 気休めも言えないまま魔導を使い、外壁の外を目指す。後ろをちらと見れば、堅牢そうな城が見える。その内側で忙しく走り回っているのは騎士たちか。そして眼下には、彼らの守ろうとしている人々。


「急ぎましょ」

「ええ!」


 彼女と受けた初めての依頼の時よりも数段早く、北へ向かう。アネムの加護があるだけ有って、ティカも問題なくついてくる。

 地上を行けば二時間かかる距離も、空を行けば一瞬。すぐにそれらしき地平線を埋め尽くす影と、立ち上る砂煙が見えた。


「Sランククラスの気配は、今のところ感じられないね」

「ええ、強くてもA+くらいかしら?」


 アストは私よりも広い範囲の気配を拾えているはずだが、それでも安心は出来ない。それだけの規模だ。

 この数がこの勢いで街に到達すれば、どんなに良くても多少の被害は覚悟しなければならないだろう。


「ソフィア! 手分けして探す!?」

「そう――いいえ、その必要はなさそうよ」


 群れの先頭付近に三つの気配を感じた。既に群れに飲まれてしまっているけれど、まだ持ちこたえている。一人足手まといを抱えながらだから、時間の問題ではあるけれど……。


「回収している間、アストとティカで時間稼ぎをお願い」

「任せて!」

「りょーかい。先に行くよ!」


 言うや否や、アストが飛び降りる。追いかける様に急降下すすると、巨大化しながら剣士さんに飛びかかろうとしていた魔物を押しつぶすアストが見えた。


「助けに来たわ! その子は私の使い魔だから攻撃しないでね!」


 アストにぎょっとして身を固くしていた剣士さんと槍使いさんが安堵する気配を見せる。まあ、彼も魔力だけで見ればAランククラスだ。経験値的にそこまでの力はないけれど、二人が緊張するのも仕方が無い。


「嬢ちゃんか! 助かる!」

「は、早く来い! 私が死んでしまえばただでは済まされんぞ!」


 相変わらずね、あの男。助ける気が失せそうになるけれど、これも仕事。ちゃんと回収する。

 一応腐っても妖精種なのかそれなりの魔術で応戦はしているから、思ったよりは余裕がありそうか。でもこの魔力痕、やっぱり……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る