四の浪 王都エルデン⑥

 急にどうしたのかしら? ちょっと慌てた様子で入っていったけれど……って、なるほど。なんでこんな所にいるのかしら、あの男。えっと、名前は、セ? ゼ? ……忘れた。

 一緒に居るのは、今朝依頼書を取ってくれた人ね。ああ、そういうこと。


「あの依頼、スピリエ教からの依頼だったんだ。取らなくて良かったー」


 本当に。アレの護衛なんて、死んでもごめんよ。


「げ、こっちに来る……けどゼレガデは一旦別行動か。良かった」


 そう、ゼレガデだ。アスト、よく覚えてたわね?

 っと、冒険者の三人はこちらに気がついたみたい。


「よう、今朝の嬢ちゃんたちじゃねぇか。あんたらもこっちで依頼か?」

「ええ。もう報告も済ませて帰るところだけれどね」

「ほー」


 移動速度に違和感はあったみたいだけれど、スルーしてくれたみたい。それなりに経験豊富そうだし、当然なのかしら?


「あなたたちは遺跡調査の依頼だったかしら?」

「そうだな、それなりに長期間になるから、次に戻るのは早くて一週間後くらいか」

「そういえば、ここの村長がリッチの討伐依頼を出したって言ってたな。もしかしてそれか?」


 そう聞いてきたのは槍使いのお兄さん。金髪の剣士さんよりは若そうで気持ち体格も細め。どことなく似ているから、二人は兄弟なのかもしれない。


「そうね」

「お、じゃあもうリッチはいないんだな。正直助かる」

「あそこも行くのね」

「そうそう。なんか定期的に来てるみたいだな、あのダークエルフ」


 へぇ……。

 でも、依頼の事そんな簡単に話して良かったのかしら? と思ったら斥候役の人から怒られていた。まあ、そうよね。


「それじゃあ私たちはもう行くわ」

「おう、気をつけて帰ろよ」

「ありがとう、剣士さん。あなた達も気をつけて」


 杞憂なら良いんだけれど。そう思いつつ、私たちは帰路についた。


「それじゃあ、お疲れー。かんぱーい!」

「お疲れ様、乾杯」


 所変わって、エルデンのギルドの酒場。もうすっかり日も暮れて、晩ご飯時だ。


「それにしても、物語の本ねぇ。その為にランクを上げようだなんて、変わってる」

「いいでしょう、別に」


 言いながらアストを撫でるティオルティカ。猫なんかの可愛いものが好きなんだそうで、最初に声をかけてくれたのもスピリエ教である以上にそれが大きいみたい。


「悪いなんて言ってないでしょ」

「それもそう、ね。それより、美味しいお酒の飲めるお店とか知らない? チョコレートでもいいわ」

「お酒? 知ってたら今ここに居ないでしょ。チョコレートもだけど、そういうのは今度一緒に探そ」


 まあ確かに。彼女も私と同じくこの街の新参者だった。


「ええ、そうね。それも良いかも」

「でしょ! やった!」


 なんだか分かりやすく嬉しそう。悪い気はしない。特別急ぐ旅でもないし、またしっかり予定を立てよう。


「ティオルティカはどれくらいこの街にいるの?」

「そうね、あんまり考えてないかな。もういっかなーってなったら出発するつもり」

「私たちもそんな感じかしらね」

「ソフィアはめぼしい本を全部買ったらじゃないの?」


 そうとも言うけれど、あえて返事はしない。なんとなくアストの視線がじとっとしているし、素直に答えるのがなんとなく恥ずかしいから。


「ソフィアがこの調子なら、それなりに時間はあるんじゃないかな?」

「ふーん」

「……なんでティオルティカはニヤニヤしてるのよ」

「いやー? 可愛いなーって?」


 ティオルティカもそっち側なのね。まあ別にいいのだけれど。ええ。


 なんてやりとりをしている内に、頼んでいた料理もくる。元が別の国だっただけ有って、南部の街とは違った味わいだ。向こうは果実を使って甘めの味付けが多かったけれど、こちらはピリッとしたモノが多いというか。いつか立ち寄った病の村よりは薄めなんだけれど。

 果実の類いも一応あって、近くの森で採れるらしいイボイボした黄色い果実を摘まんでいる。街中では人が数人入りそうな大きな籠に沢山入った状態で売られていたのを見た覚えがあった。


「こういう地域の味も旅の醍醐味よねー」

「そうね、ティオルティカもそういうのが目的で転々としてるの?」


 冒険者の仕事上、同じ場所にとどまった方が仕事をしやすい。土地勘的にも信頼的にも。だから私の様に旅をしながらというのは、少数派だ。珍しいと言うほどでは無いんだけれど。


「そうよ。あとは、ほら、友達の事もあるから」

「ああ」


 アネムの事がばれるリスクを下げる為ね。下手にばれて国に囲われるのは避けたいタイプなのね。


「ティオルティカ、ソフィアの場合料理よりお酒だから。騙されちゃ駄目」

「騙すって……。否定はしないけれど」

「あはは、お酒も色々で楽しいよね」


 うん、ティオルティカは良い子だ。アストと違って。


「……なにさ?」

「いいえ?」

「まあ、良いけど」


 私だって料理も楽しんでいるんだけれど。特にチョコ。以外と地域でバリエーションがあって楽しい。でも、今のところ南部のチョコの方が好きかな。


 うん、偶にはこういうのも良い。アネムも人間のお酒が好きらしいし、探すなら個室のお店にしよう。


 疲れていた事もあって、この日は早めの解散となった。その後も何度か彼女たちと一緒に依頼を受けたり、約束通りお店探しに街を探索したりして、互いに愛称で呼ぶくらいの仲にはなった。彼女、ティカとアネムはアスト以外で初めてソフィアの呼び方を許した相手となる。

 そんなこんなでもうすぐ二週間。まだ昇級はしておらず、例の冒険者達とも再会はしていない。


「ちょっと遅くなってしまったけれど、まだ良い依頼はあるかしら?」

「どうだろ。ソフィアが遅くまで起きてるから」

「仕方ないじゃ無い。神話の項目が面白かったんだから」


 『智恵の館』に載っているのは図鑑的な文章で、物語としてはイマイチなんだけれど、その歴史の羅列でも一部の項目は物語の代わりとしてそれなりに楽しめる。神話と比較するように書かれているやつとか。そのせいで随分遅くまで読みふけってしまった。

 要は自業自得なんだけれど、まあ、お金に関しては余り困っていないし、別にいいかな。


 ギルドは、まあいつも通り。依頼書の張り出されている辺りにもちらほら人がいるけれど、うーん、微妙なものしかないかもしれない。

 まあ、一応見てみよ――うん?


「なんか随分焦った感じで向かってくる気配があるけれど、これっていつかの斥候さんだよね?」

「そうね、他の二人はいないみたいだけれど、何かあったのかしら?」


 暢気のんきなやり取りをしている間に気配はもうすぐそこ。入り口の扉がバンと音を立てて開けられる。気配に気がついていた人も、居なかった人も、弾かれたように一斉に視線を彼へ向けた。


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