四の浪 王都エルデン⑤

「跳んで!」


 アストの背に隠れる様にして一足飛びに接近。そのまま袈裟の方向に杖を振り下ろす。

 魔力の隠蔽も無しにした事だ。当然の様に躱されるけれど、それでいい。接近中から後ろで見ていた彼女なら、リッチよりワンテンポ早く、次の一手を打てる。


 私の期待は、裏切られない。後方より飛翔する真空の刃がリッチへ吸い込まれ、その腕を穿つ。そうして切り飛ばしたのは、主にスコップを握っていた方の腕だ。

 

 畳みかける様にして杖を翻し、真一文字に凪ぐ。

 身を屈め、なおも突撃してくるリッチの眼前には光の槍。光属性に偏らせ高密度の魔力塊として発動した魔導の術だ。効果は抜群、リッチの顔面を半分ほど消滅させる。


 このまま押し切る!


 杖を振り切った勢いのままに体を捻り、回し蹴り。半分となった腕によるガードも構わずたたき込む。

 思いっきり強化しただけ有って、この一撃はリッチの腕を砕き、肋骨にヒビを入れた。そのまま壁へ向けて一直線に飛んでいくリッチをアストが追う。そしてタックル。補強した壁が陥没し、リッチの体がめり込んだ。


 もう一押し。三度超高密度の光属性の魔力を使って術式をくみ上げ、魔導の術と為す。煌々と輝く光の槍、これで終わり。


 そう思って撃ち出したのだけれど、小癪にも障壁で受け止められてしまった。更にはリッチの骨の体が再生していくのが見える。

 これは、嘘でしょう?


「なんで高がリッチが神聖魔術なんて使えるのよ」


 物理現象に干渉するのが基本のこの世界の魔導で、たぶん、一番魔法らしい魔法。神の力の一端を借りて神秘を為す理の中の奇跡。それが神聖魔術。こんなBランクの魔物が使う様なものでは、決して無い。


 その認識をあざ笑うかの様な現実が今私の目の前にある訳だけれども。


「ティオルティカ、タイミングを合わせるわよ」

「おっけ!」


 先程と同じ魔導の行使。当然の如く障壁に遮られる。

 けれど確実にそれを砕き、道を作った。


 その道を辿るようにして先行放電(ストリーマ)が伸びるのが見え、慌てて口を開け耳を塞ぐ。

 直後、閃光が迸り爆音が地下全体を揺らした。


 振動が収まり、あたりが静かになる。けれど瞼を貫通した光に目を焼かれ、何も見えない。

 周囲に感じるのは、仲間達の気配だけ。


 ややあって視力が戻ると、リッチが居たはずの場所にはガラス化した土の壁があるばかりで、足下には歪に歪んだ魔石が一つ転がっていた。


「まったく、こんな所で雷の魔導なんて使ったら危ないでしょう」

「いやー、タイミング合わせて確実に仕留めるってなったら、これしか思いつかなくてさー。ごめんごめん」


 うっかり生き埋めになったり巻き込まれたりしてもおかしくなかったのだから、ちょっとくらい文句を言うのは許されると思う。アストなんて巨大化を解いた上でまだ耳を押さえて蹲っているし。


「まあ、結果オーライってことで!」

「仕方ないわね。はぁ……」


 とりあえず、リッチの討伐は完了したのだから良しとしよう。それにしても、本当に変なリッチだった。


「ん、アネム、どうかした?」

「ちょっと気になってねぇ……」


 ティオルティカの声に釣られてアネムの方に視線を移すと、彼女は神殿の中をのぞき込んで首を傾げていた。見た限り、死者を弔う場によくあるタイプの神殿でおかしな所は見受けられない。

 ああ、だからかしら?


「その神殿、ちゃんと働いていなかったの?」

「いいえ、そんな事は無いのよ。これ以上無くしっかりアンデッドの発生を抑えているわぁ」


 うーん、なるほど。確かにおかしい。それならここにリッチがいるはずが無い。それに、どうして理が歪んであんな不可思議な進化個体が生まれてしまったのやら。


「入って見ても良いかしら? 変な気配は感じるのだけど、ここからじゃよく分からないのよねぇ」

「だって。二人もそれでいい?」


 一応アストに方へ視線を向ける。頷いたので問題はないみたい。


「私たちは別に構わないわ。私も気になるところだし」

「ありがとー!」


 アネムとティオルティカに付いて私たちも神殿へ入る。入ってすぐの所は礼拝堂の様になっていて、左右には別の部屋への入り口がいくつか。思ったよりも部屋の数が多いみたい。


 うん? 何かしら、あの魔力の揺らぎは。ちょうど祭壇の上あたり?


「ここで儀式の真似事をしたおバカさんがいるみたいねぇ。何がしたかったのかはよく分からないけど……。召喚かしら?」


 なるほど、この揺らぎは儀式の跡なのね。他にそれらしきモノは見えないし、コレがあのリッチを生んだ何かで間違いなさそう。


「理を歪める様な召喚儀式、ね……。神でも召喚する気だったのかしら?」

「さぁ?」


 大精霊レベルであっても人間が呼ぶのは難しい。ティオルティカくらい親和度が高くても、一人では無理だろう。


「それで、コレは放っておいて大丈夫なの?」

「えぇ。コレくらいなら勝手に消滅するわ。おバカさんが何もしなければだけれどねぇ」


 核となる存在があれば別らしいけれど、中位精霊の彼女が言うのならそれも居ないのだろう。あのリッチがそうだったのかもしれない。彼女の言うおバカさん、この儀式の術者は別に居るはずだけれど、今ここに姿が無い以上どうしようもない。この依頼が出された時期と依頼主の村からギルドまでの距離を思えば、最近の事でもなさそうだし。

 何にせよ、私たちに出来る事はもうなさそう。


「ソフィエンティア、一応周りの部屋も見ていって良い? 何か残ってるかもしれないし」

「ええ、そうね。そうしましょ」


 ティオルティカも何か残っているとは思っていないようだけれど、念のためね。

 結局、特筆する様なモノは見つけられなかった。せいぜい、神話を描いた壁画があったくらい。暴走した古代竜と戦うこの国の初代王を描いたモノだ。


 そんな訳で、現在は昼食をとった近くの村の中。依頼主であるこの村の村長に報告するためだ。報告自体はもう終わったから、あとは帰るだけなのだけれど。


「あー疲れたー」

「そうね、思ったより大変だった。ここから街まで帰らないといけないと思うと憂鬱ね」


 アスト、げんなりしてるけれど貴方、飛んでいる間は杖の上で寝ているだけでしょう。


「壁画は綺麗だったから、得した気分はあるけどねー。あれ、実話なのかな?」

「そうみたいよ。まあ、神授の剣はただ付与が強力な剣ってだけみたいだけれど」

「ふーん。そんな国家機密みたいな話、どこで知ったの?」


 『智恵の館』で調べた、なんて言えない。んー、まあ、適当にごまかせば良いか。


「まあ、ちょっとね」


 冒険者ならこれで勝手に察してくれるはず。


「ふーん」


 うん、察してくれた。良かった。彼女のアネムの件もそうだけれど、冒険者ともなれば秘密の二つや三つ珍しくは無い。手の内を隠す的な意味でも。その辺りを探らないのは、業界の暗黙の了解というやつね。


「あ、ソフィア、帽子の中入るよ」

「ん? うん、どうぞ?」


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