二の浪 アインスの街④

 明日、またこの時間にここに集まる事になった。子どもたちはこの後、予定通り戦闘訓練をするらしい。

 私は資料室に行って、文字の練習だ。冒険者たちの勉強用に共通語の一覧表があるらしいので、それを使う。

 アストには訓練場に居て良いと言ったけれど、一緒に文字を覚えたいんだって。


 さて、書き取りをしながら子どもたちにどう教えるかを考えよう。


 翌日、昨日と同じように物語の本を探して街を歩き回った午後、ギルドの訓練場へ向う。お店に関してはせっかくなので、試験の後に皆で行く事にした。子どもたちも受けるようだから、打ち上げだ。物語については聞かないで欲しい。悲しみでこれからの授業に支障が出そうだもの。


 余談だけれど、少なくともこの地域や各ギルドにとっては紙は然程貴重なものではない。

 旧世界、グラシア教の最高神である『銀の女神』がこの世界を一つの世界として確立させる前にあったというもっと文明の進んだ世界から、いくつかの技術だけは保護して伝えたらしい。殆どその女神の趣味で選んだみたいで、製本に関する技術はばっちり。なんだか気が合いそう。お酒に関する技術も伝えられたみたいだけれど、こっちは受付のお姉さんが推している『黒の女神』の趣味みたい。たぶん、黒の女神様とも気が合う。

 それなのに物語の本が見つからないのは一体全体どういう事なのかしら?


 思考が逸れた。

 訓練場にはもうみんな集まっているようで、子どもたちと、何故かレイダさんの気配まであるので、帽子から覗きこむアストと互いに顔を見合わせる。昨日の話からして子どもたちだけだと思ったんだけれど。

 まあ行けば分かる。視界一杯のアストで多少心の傷が癒えたので、授業も問題なく出来るだろう。大げさな、という視線を感じる気がするけれど、気にしたら負け。


「お待たせ」

「いや、まだ時間になっていない」


 レイダさんに挨拶をして、子どもたちのよろしくお願いしますという声に答える。それから再度、レイダさんの方に視線を向けた。


「それで、レイダさん、わざわざ挨拶をしにきたの?」

「いや、俺も子どもたちと一緒に教えて貰えないかと思ってな」


 子どもたちに教えるって条件で約束をしていたので、どうしようかと、顎に手を当ててみる。ふと見ると、レイダさんが両手を合わせて頭を垂れていた。そのしぐさ、こちらでも通用するのね。ではなくて。


 まあ、一人増えたくらい大して変わる事でもないし、頷いておこう。

 

 さて、授業を始めよう。


「最初は魔力そのものの扱いからね。細かい使い方は後で教えるとして、まずは魔力を感じ取れるようにならないと話にならないわ。まだ感じ取れない人は輪になって手を繋いで」


 レイダさんは感じ取れるので、子どもたちだけが輪になる。その中に私も混じって手をつないだ。魔力を感じ取れるようになる方法は色々あるけれど、これが一番手っ取り早い。


「いくよ」


 右手から子どもたちの魔力を押しのけるようにして一気に流し、左手まで持ってくる。多少抵抗はあるけれど、魔力量と操作力に任せて強引に流した。


「ひゃんっ!?」

「うわっ!」

「ん!?」

「きゃっ!?」


 うん、ちゃんと感じ取れたみたいだ。自分の魔力に他人の魔力が反発する感触は静電気が走ったような感じなので、始めはびっくりするのよね。まあ、複数人の魔力どうしが体内で直接触れ合うなんて、あんまりないんだけれど。


「今あなた達の体内で動いたもの、それが魔力よ。今度は手を放して、それが自分の中で動く様子を想像して。イメージは水だったり熱だったり、何が合うかは人それぞれだから自分で試してみて」


 ここからはレイダさんも参戦。彼は元々出来ていたから現時点で言う事なし。こうして集中して見れば粗も分かるのだけれど、今気にする程ではない。

 子どもたちは、魔導士志望なだけあってリノは呑み込みが早い。カエラは苦戦しているけれど、もう少しかしら? ジュンが一番手こずっている。意外、と言ってはなんだけれど、リノの次に優秀だったのはジントだった。

 ん-、ジントは攻撃の魔導と剣を同時に扱う、いわゆる魔剣士の道があるかもしれない。

 それよりも今はジュンね。


「ジュン、もう一度魔力を流すから、今度は匂いを意識してみて」

「はい」


 真剣に頑張ってる子は応援したくなる。昨日の会話でこの子が強さを匂いで感じ取っていたことを思い出したので、ちょっとアドバイスをしてみた。


「どう?」

「……あ、分かります! こんな感じか!」


 うん、出来たみたい。嬉しそう。

 みんな、まだまだ拙いけれど、それは追々。


 続けて訓練方法を教えておく。私やアストがやっているのと同じものだ。お手本はアストにしてもらって、実践。本当は、安定するまでは先生役の人が傍で指摘しつつした方がいいのだけれど、一週間ではそこまでいかないと思う。魔力の扱いに長けた精霊猫ケツトシーのアストも、一年近く続けてなお安定しきっていないのだから。一人でやっていた私なんて、普段から維持できるようになるのに二年弱かかった。まあ、互いに確認しながらするなら魔力察知の訓練にもなるだろう。

 

 あとは、魔力量についてか。これは使うほどに増えるって一般的に知られているし、急激に増やすと危険もある。この子たちの今の魔力量なら問題ないけれど、私やアストが暴発させるとクレーターが出来るような惨事になる恐れがあるのよね。

 そういう訳で、魔力の効率的な増やし方は教えない。監督できない状況だと危険。この訓練だけでもそれなりに増えるだろうし。


 ふぅ、なんだかんだで一時間近く経っている。意外と楽しい。これから行く先でも、機会があればまた教師役をしてもいいかもしれない。せっかく最も真実に近づくすべをもっているんだし。

 残りの時間はこの訓練に使って、明日は魔導の基礎と簡単な魔術を教えよう。攻撃魔術は兎も角、生活魔術は全員が使えて損はない。

 魔導は物理現象を魔力の干渉で再現する事で発現させるものだから、もっと時間があれば日本の高校レベルの物理化学までは教えられたんだけれど、ちょっと時間が足りないかな。魔術の域を超えたいのなら独学で頑張ってもらうしかない。中途半端も危険だから。


 そんなこんなで日々は過ぎ、物語の本を見つけられないまま試験の日がやってきた。

 最初は知識を確かめる筆記試験。紙の質はあんまりよくなくて、昔バンクーバーのスーパーで買ったノートを思い出す書き心地だったけれど、それ以外は特に問題もなく回答を終えた。文字もばっちり。

 

 その後の戦闘試験では、コテンパンにされた。それはもう、清々しい程に。私と同じ位の背で、黒髪黒目の可愛くて綺麗な女の子。双剣を使って舞うように戦う人だったけれど、たぶん、めちゃくちゃ手加減されていた。

 それでも手も足も出なくて、魔法を使うか悩んだくらい。使っていても結局コテンパンだった気がするけれど。雷を斬るとか、意味がわからない。

 世界は広い、本当に。

 

 その人とは、試験のあと一緒にギルドの酒場でお酒を飲んだ。結構長く生きてるっぽいから、私と同じ不老なのかもしれない。

 それにしても、受付のお姉さんがカチコチになっていたのはなんだったんだろう?


 ――ずーっと後になって、この人が『黒の女神』様その人だって知ったんだけれど、その話はまたいずれ。


 そして、さらに数日が過ぎた。

 子どもたちやレイダさんと訓練場を出て、街へ繰り出す。試験の結果自体は試験の翌日には出ていたのだけれど、子どもたちへの指導をキリの良い所までする事にしたのだ。


 それも先ほど全て終わり、明日、このアインスの街を発つ。今夜は旅立ち前の最後の晩餐。授業の報酬として、レイダさんのお勧めのお店へ行く。


 彼の連れてきてくれたお店は、一本の木と三日月を模した看板を掲げた居酒屋だった。それも木の扉に小さく彫りこんであるだけで、一見したらお店だとは思わないだろう。店内はこの街でよく見かける大衆居酒屋という感じだったけれど、隠れ家的なお店ってやつかしら? 場所も路地裏に少し入った辺りだったし。


「ソフィア、この店、ココアがある」

「席に着いたらね」


 よほどココアが気に入ったみたい。この子がこんなに欲するなんて、あとは純度の高い魔石くらいじゃないかしら? 亜精霊にとってエネルギー補給の効率としては、魔素の塊である魔石の方が私たちと同じような食事を摂るより断然上だから、美味しく感じるんだろうけれど。


 注文は、みんなにお任せ。好き嫌いは無いしね。

 と思ったら見事に揚げ物やお肉ばかりになりそうだったので、野菜系を追加で注文しておく。

 ああそうだ、大事なお酒。これは、アインベリーという果実のお酒がこの領地の名物らしいので、それにした。


「それじゃあ、ガキどものDランク認定と、ソフィエンティアのCランク認定を祝して、乾杯!」

「かんぱーい!」


 乾杯文化もあるのか、と少し感心しながら、小さな樽のようなグラスを合わせる。こじゃれた、マナーに煩くするようなお店でもないので、しっかりコツンと。

 子どもたちはまだこの領地の法律的にお酒は飲めないので、ジュースだ。羨ましそうな視線も感じるけれど、あと二年、我慢してほしい。


 あ、これ美味しい。見た目は赤ワインだけれど、渋みは無くて少しの酸味と優しい甘みがある。カシスに近いけれど、あれほど甘くは無い。


「しかし、今回の試験官は凄まじかったな。嬢ちゃんの魔導をああもアッサリと凌ぐとは」

「まあ、私は魔力量の割に瞬間出力はまだまだ低いから、あの人レベルなら簡単に凌げるでしょうね。雷を斬るのはちょっと意味が分からないけれど……」


 レイダさん、お酒には余り強くないみたいでもう顔を赤らめている。呼び方も最初に戻っているし。


「そもそも魔導師自体多くないって聞きました。それどころか魔力を扱える人も貴族や上位の冒険者くらいだって言いますし」

「そうだな、リノの言うとおりだ。俺たちBランクの冒険者でも肉体を全体的に強化するのに使うのがやっとで嬢ちゃんみたいに意図的に部分的な強化が出来るやつなんて殆どいない。出来るやつもさっさとAランクになっちまうしな」


 確かに、レイダさんもある程度安定はしているけれど、強化は全身を一律にするばかりだった。攻撃しようとすればその為に使う部位に分かりやすく集中するけれど。フェイントに魔力を使っていた覚えも無い。


「俺たちがDランクに認定されたのも、自分の魔力を感じ取れていたのが大きいってギルドの人が言ってた。それが無かったらEランクだったって」

「Eランクでも十分優秀だぞ、ジント。普通は良くてFだ。戦闘力があっても知識が無いやつの方が多いからな」

「それは、レイダさんが教えてくれてたから……。先生は、俺たちと四つしか違わないのに知識も戦闘力もAランクの基準を満たしてたし……」


 んー、もしかして、ジント、少し自信を失ってる? しかも私のせいで。

 ぶっちゃけ、『智恵の館』の知識を読み漁りながら恵まれた環境で殆ど最適解の訓練を最初からし続けていた私と比べたらいけないと思う。四人が魔導的な資質において優秀かは、正直分からないけれど、もう少し自分を評価して良い。その辺を伝えた方が良いんだろうけれど、どう伝えようかしら? この位の歳の子は繊細なのよね。


「ジント、ソフィアがおかしいだけ。そのまま訓練を続けたら、まあ遅くても四、五年後には今の僕と同じくらいに魔力を扱える様になるよ」

「おかし……」

「まず、あの森で人間が四年も暮らしてる時点でおかしい」


 う、それは、まあ、そうかもしれない。あの森、何気に人間の手が及ばない魔境の一つに数えられているらしいし。子ども達が凄い目で見てる。レイダさんは、納得してるね? 何故そんな所に落としたの、カノカミ。面白そうだからか。


「でも、四、五年? そんなにかかる?」

「そう、そこも。僕、これでも亜精霊だよ? 人間の数倍は魔力の扱いが上手い、はずの。その僕が一年近く経っても無理な領域にソフィアは二年掛からずにいってる。おかしいでしょ、どう考えても」


 確かに、言われてみれば……。カノカミが何かしたのかしら?


「環境が恵まれていたのが大きいと思うんだけれど……。それより、聞きたい事があったのよ」


 この話をこれ以上続けていてもおかしい言われるだけな気がするので、逸らしておく。実際、聞きたい事があるのは本当だし。


「伝記でも旅行記でも何でも良いんだけれど、物語の書かれた本の売っている店を知らない?」


 この街に滞在している間、一日として欠かさずに探し続けたのに見つけられなかったのだ。悲しすぎる。


「物語? たぶん、この街には無いと思うぞ」

「嘘、でしょ……?」


 待って、泣きそう。


「ソフィア、落ち着いて。この街にはだよ」

「え、ええ。そうね……」


 ふぅ、落ち着いた。……さっきより引かれている気がするんだけれど、なんでかしら?


「そういうのはお貴族様が読む用だからなぁ。お貴族様の所には商人が直接卸しに行くだろうし、王都くらいになれば有るんだろうが……」

「シスターがどこかの国の学園都市にもあるって言ってました」


 ジュンの言うシスターは、翻訳の都合か。

 しかし王都か学園都市か、ね……。学園都市はいくつも無いけれど、どこかの国のと言うのなら他国のものだろう。この国の学園都市にも同じようにあっておかしくは無いけれど、王都を挟んで反対側だったかな。王都も遠いのに。


「領都には無いの?」

「聞いた事は無いな。俺も詳しいわけじゃ無いからわからんが」


 く、そうよね、この街を拠点にしているんだもの。わざわざ領都まで行かなくても十分仕事がある。どうしたものかしら……。


「ん-……」

「両方行けばいいじゃない」

「……確かに」


 カエラの言う通りね。どうして思い至らなかったのか。


「ソフィアって、ときどきバカだよね」

「アスト、物語が見つかるまでココア禁止ね」

「え、酷い!」


 私だって物語を読めないんだから、道連れだ。お酒は飲めるので魔石は勘弁しておく。


「ともかく、これで決まりね。明日から予定通り領都を目指して、その後は王都に行く」

「りょーかい。まあ、僕はソフィアと旅をするならどこでもいいよ」


 それにしても、学園都市、か。知識の扱いを考えていくのなら、伝え広めることも、意識した方がいいのかもしれない。

 まあ、ゆっくり考えよう。時間はいくらでもあるんだから。

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